12 ローズリーフ
「今わかる範囲でいい。この塔は何棟にまで増えている?」
「おおよそですが、10は超えているかと」
「ふむ。調査は難航中と聞いたが、他のものはどのようにして調査をしているんだろうな?」
「単純に、塔の攻略としか……僕は聞いてないですけど」
「ふむ、あの馬鹿が言うような、声が聞こえた、と言う来訪者がほとんどか」
「しゅて……?」
いや、こっちの話だ。とはぐらかす緇雨に、カラバは不服そうに頬をふくらませた。ぷくりと膨れた頬を鷲掴むと、たこ口となったカラバの間抜け面を見れた。その表情に軽く噴き出してから、憤るカラバを適当になだめると、緇雨はゆっくりとディアボロスメイスを構える。
「師匠、まさかとは思いますが……」
「察しがよくて何よりだ」
「やっぱりですか師匠!? わーっ! 後ろに来ている人いないと思いますけど、流れ弾には気を付けてくださーいっ!」
わたわたと後方に向かって叫ぶカラバも大慌てで緇雨から距離をとり、ぴたりと壁に張り付いて防御の構えをとる。
その様子を満足そうに横目で見ると、緇雨は詠唱に入った。
たくさんの光の矢を形作るための魔法。ディアボロスメイスに魔力が集まり始めると、次第にその力はうねりを作り、緇雨を中心として渦となる。詠唱に集中する緇雨は、やがてその狙いを定めるために視線をディアボロスメイスから中心部を支える壁へと向けた。
ゆっくりとメイスを振りかざす。
「【セイントレイ】」
高々と掲げられたメイスの先に、いくつもの光弾が現れる。
室内なのに、まるで夜空に星が輝いているようだと錯覚してしまいそうな光弾たちは、やがて緇雨の指揮により、一斉に下降を始める。勢いをつけて、目標へ向かうさまは流れ星と言うには、物騒な音を立てて。
光の軌跡を残しながら、光弾は壁にぶち当たり大きな衝撃音を響かせ消える。
ドドドドド、と手をついている壁から、足の裏の床から伝わってくる振動に、カラバは思わず首をすくめた。
「ふむ……」
緇雨と言えば、もうもうと埃がたっていることを気にも留めず、己がもたらした結果について考察していた。
「私の力ですら、微塵にも傷がつかないとはな……」
「師匠、壊れたら壊れたで大問題ですからね……!」
「それで謎が解明されたのならば、何も問題はないだろう」
「どうしてそうポジティブに物事を考えられるのか、そっちの方が僕には謎ですけどね!」
あわあわと慌てるカラバは放置し、緇雨はそっと壁を撫でた。
傷一つない、埃っぽい石壁。反響音から頑丈だと言う事は分かっていたが、それでも中級の光魔法ですら耐えきるこの構造。普通の建設方法で造られたものではないだろう。おそらくは、ノンノピルツの魔法理論を用いた建設方法ではないかと考えられる。
「うむ?」
ふと、思考の中で何かが引っかかった。
そう、普通の建築方法ではない。普通でなければ何か。魔法だ。だが魔法で造ったにしては頑丈すぎる上に、保てる魔力はどこからあふれているのか、と言う疑問が浮かんだ。
「呪いは魔力によって構成されている、と考えれば、呪いが維持されていることも、この塔が消えることなく建っていることにも理由付けはできる」
「師匠?」
「だがしかし、その源となっている魔力はどこから……? しかも際限なくあふれるほどの魔力など……そんな夢物語のような存在があるとでも言うのか?」
「師匠、師匠。自分だけで思考の海に潜らないでくださーい」
思考の海に溺れちゃいますよ、と意識を浮上させようとするカラバに、突拍子のないことを考えすぎたと緇雨は小さく謝り、意識を戻した。
考えるのは後にしよう。分からないことも、判断材料も、考察すべきことも、今ここで急いでするようなことではない。
そう考えなおし、聖女の像を持ち上げる。
「すまんな、カラバ」
「いいえ、師匠。これも弟子の役目ですから!
「ふむ。では、そのまま先導してくれ。二階層へと進むぞ」
「はい師匠!」
そうして再び歩み出した師弟であったが、直ぐにその足を止めることとなる。
ゼリルーの襲撃でもなく、他の者に声を掛けられたわけでもない。石廊が続く通路に、行き止まりが見えたのだ。そして塔の中心部側には、鉄で形作られた頑丈そうな扉……二階層へと続く扉が、待ち受けていた。
「師匠、ローズリーフの準備はいいですか?」
「あぁ」
ぽん、と己の胸ポケットを叩いて、そこにラプンツェルからもらったローズリーフがあることを確認する。入れたまま取り出してはいないのだ、落としてはいないだろう。そう思いはしたが、念のためと胸ポケットに手を突っ込む。
「うん?」
いくら探っても、厚手のコートの中にその感触が……ない。
薄紅色の厚い花弁の感触が、どこにもないのだ。胸ポケットに入れたのは気のせいだったのかと、あちこちのポケットを探し、最後には導きのランタンまでも確認したが、見つからない。
心なしか慌てる緇雨の様子に、カラバは何か思い当たる節があるのだろう。ぽんと手を打って口を開いた。
「師匠、もしかして、一枚しか持っていませんでしたか?」
「あぁ」
「それならなくなって当然ですよ。ローズリーフの効力はいばらの呪いを防ぐこと。一階層に滞在中の間だけ、その効力を発揮します」
「ようするに、使い切り、と言うわけか」
「はい。しかも、階を登るごとに呪いの力は強くなります。二階層では二枚、三階層では三枚と、更に枚数を使用しなければ進むことはおろか、立つことですらできません」
「そうなのか……」
せっかくここまで来たというのに、先に進むためのローズリーフがなければどうすることもできない。
その事実に深くため息をつき、再びローズリーフをもらいうけなければいけないのかと肩を落とした。
アルトグレンツェからピラカミオンまでは、ワープ屋を利用しなければ直ぐには戻れない。ラプンツェルから貰い受けるにしても、時間が掛かりすぎる。
その時間と労力を考えるとさらに深く嘆息し、緇雨は脱力した。
「あ、えぇと師匠。とりあえず、ローズリーフを揃えてからまた来ますか……?」
「そうするしかないのだろう? 仕方ない」
ローズリーフ。
魔力の結晶で形作られた薔薇の花びら。いばらの呪いを防ぐ力を持ったと言われる、これも呪いが発生してから存在が表になったモノである。
その存在も調べなければと頭のどこかで思いながら、とぼとぼと踵を返した。
元気のない緇雨の様子に、カラバがどこか心配そうにつきそうも、それに構っている余裕はなかった。
「ローズリーフ。それはどこから現れたものなのか。魔力の結晶と言うのなら、何故今までなかったのか……」
「師匠。師匠目がうつろですけど!」
「あぁ、まるで茨も塔も、ぜんぶ、魔力が作り出したものだと言えるのかもしれないな」
「師匠どこからその考えが出てきたんですか! ちょっと突拍子もないですよ!」
「世界の謎に関わるのなら、魔女に聞くべきか、それとも見通す者に聞くべきか。はたまた姫に聞くべきか……」
「どうしよう! 師匠がショックで壊れたー!」
煩いぞ、馬鹿弟子。
ぱこんとメイスで叩く緇雨に、よかったいつも通りだけどでもしっかりして師匠! とカラバはわたわたとしながらまとわりついていた。
それはまるで、子犬が飼い主に構ってくれとでも言っているかのような光景と似ていて、塔から出てきたその様子を、場違いなものだがどこかほほえましいと、門番が小さく笑みを零したという。