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塔攻略は師匠と共に  作者: 葉山
いばらの塔 第一階層
11/16

11 塔の探究


「くっ!」

「斬り込みが甘い。酸を恐れるな、もっと踏み込め」

「は、いっ!」

「一匹だけに集中するな。常に全体を見ろと言ったのを忘れたか?」

「ぐぅ、ふんっ!」

「痛みを堪えようとするな、自分のうけた傷の度合いを測れ。把握しろ」


 カラバが黒曜石の双剣を振るうたび、ぐちゃりとゼリルーの体液が飛び散る。べしゃりと顔に掛かった水を煩わしそうに袖でぬぐい、きゅ、と靴音を響かせて別のゼリルーへととびかかる。

 ひらりと白い上着がひるがえると、どこか薄暗いこの塔内でカラバが輝いて見えた。

 その動作一つ一つを見つめる緇雨の叱咤の声が、容赦なくカラバへと投げかけられる。


「う、わぁっ!?」

「また酸が掛かったか……」


 じゅわり、とカラバの袖が焼けた。慌てて飛びずさり、酸を少しでも減らそうと壁へとこすりつける。

 その様子を呆れたように見つめていた緇雨は、やれやれと口にしながらディアボロスメイスを構えた。おざなりにブレイブシールドを構え、それでいて視線だけは真剣にゼリルーを見つめる。

 緇雨が動く。悪魔をモチーフにした鎚部分を素早く振り下ろし、ゼリルーを潰さないような微妙な力で押さえつける。


「カラバ、よく見ろ」

「あいててて……あ、はいっ!」

「ゼリルーのほとんどは水と核で構成されている。それなのに形を維持できているのは何故か?」

「薄い膜が表面を覆っているからですよね。薄いけれど、弾力性に富んでいて、力を込めないと切れない程度の膜」

「そうだな。それがあるからこそ、私がこうしてゼリルーを押さえつけることができるわけだ」


 ぶるぶると、激しく揺れて緇雨から抜け出そうとしているゼリルーだが、緇雨がそれを許すはずがなかった。近づいてよく見てみろ、とカラバを促す。


「水……体液の中に薄らと気泡のようなものがあるのが見えるか? 小さいものではない、お前の拳くらいのものだ」

「えぇと、これですかね?」

「そう、それだ。それがゼリルーの胃袋であり、人々に危険視される酸だ。強力な胃液と言ってもいいものだな」


 目をよく凝らせば見える、と言ったそれを間近に見つめるカラバに、もしゼリルーが逃げ出したら、襲ってきたら、と言った不安な様子は一切見受けられない。この師匠がゼリルー相手にそんなことを許すとは微塵にも思ってはいないし、なにより、それだけ緇雨のことを信用していた。

 ぷるり、と震えるゼリルーを興味深そうに見つめるカラバに、緇雨は少し下がるように伝える。


「斬るときはそれを避けるようにしろ。そうすれば酸が掛かることはない」

「一瞬であれを見つけろっていうんですか!? えぇっ、そんな無茶な……」

「慣れれば感覚で分かる。ほら、放すぞ」

「わかるかな……」


 目を凝らしながらも、緇雨がメイスを放した瞬間に深く切り込んでくる。

 ばちゅん、と水が弾ける音が響いた。しぶきが二人に降り注ぎ、滴が掛かる。


「できるじゃないか」


 掛かったのはただの水であり、酸ではない。カラバが上手くやれたことに満足そうに頷いた緇雨だったが、カラバは難しいです、と斬りつけた方の手の感覚を思い出しながらしかめ面をしていた。

 そんなすぐにできるようなものではないと、気休めにもならない言葉を掛け、緇雨はカラバにポーションを渡した。溶液が掛かった腕に掛けろと言う事らしい。

 メイスを持っているのに回復魔法じゃないのか、とがっかりとしながらも痛みを長引かせるような趣味はないので、カラバはありがたく負傷した部分にポーションを掛け治していった。


「うーん、強くなった気がしたんですけど……まだまだかぁ」

「そんな簡単に強くなられたら、師匠なんかいらないだろうが」

「あ、それもそうですよね。でも、ゼリルー相手でもダメダメかぁ。来訪者の人たちはもっとこう、すいすい楽々進んでいるように見えたんだけどなぁ……」

「そう言った類は、良質な武器と腕力だけで進んでいるのがほとんどだろう。強敵が現れた際にそれが通用するとは思えん」

「基本を大事に、でしょう? 地力がモノを言うんだって、師匠よく言ってますもんね」

「……お前がそれを分かっているのならいいんだ」


 耳に胼胝(たこ)ができるくらいには聞きなれてますからね、それ。

 苦笑しながらもしっかりと理解している様子に、言い聞かせていたことは無駄ではなったと緇雨は安心したように息をついた。物分かりがいい弟子でなによりである。

 一階層を少し歩き進んだところで現れるゼリルーたちを相手にするのに、カラバが嫌気がさしているのではないかと考えた緇雨は、そっと聖女の像を床に置いた。

 弟子の成長具合を確認することばかりに気をとられていたが、目的はそれではない。ようやく本職である探究作業に入ろうかと思い至ったのである。

 幸いにして、この一階層にいるゼリルーはカラバがそれなりに相手をしていた。魔除けとなる聖女の像もあることだし、別のことに気を回しても大丈夫だろう。そう判断した。


「師匠?」

「カラバ、警戒は怠るなよ? この塔を調べるぞ」

「はいっ! 探究ですね! お付き合いさせてください師匠!」


 ぶんぶんとしっぽを振る幻覚が見えそうな喜び方をするカラバに苦笑しながらも、緇雨はメイスを構えた。

 こつん、と軽く石壁を叩いてみる。小さな音が通路に反響するだけで、硬質な感触が返ってきた。次にとん、と地面に杖先で叩いてみる。壁を叩いた時と全く同じような反響と手ごたえ。一つずつ石をずらしても結果は同じである。


「ふむ。幻覚ではない、と」

「師匠、何故幻覚と思ったのですか?」


 こうして探究する際に、カラバには疑問に思ったことはなんでも口に出すように言いつけてある。一人でぐるぐると同じことを考え続けないようにすること、また、当たり前だと思う事も含めた一つ一つの事案について言葉にして考えていくことを目的としている。時折、自分では考えつかないような疑問も出てくるのだから、馬鹿にはできない方法だと緇雨は思っている。


「本来、いばらの塔……祈りの塔は単塔であり、一本だけだった。それが呪いの影響で増えた、と考えるのならば、この塔はどこから現れたか。もしかしたらこの塔自体が幻覚なのではないかと思ったのだ」

「でも、今師匠がいくつか壁や床の石を叩いたら、本物だった、と」

「あぁ。しっかり反響している。魔力で作られたものだとしても、ひと月もその形を保つことは、今の技術では不可能だろうと考えられる」


 ふむ、と腕を組んでぐるりと通路を見渡す。


「そもそもの問題は、私たちが祈りの塔の内部が、本当にこのような薄暗いものなのかと言う事なのかが分からないということでもあるな」

「えぇと、祈りの塔……紛らわしいから僕はいばらの塔って言いますけど、これって入れたのは聖女様だけだったんですっけ?」

「あぁ。世界の平和を祈るのが聖女の役目。聖女以外の何人も本来なら入ってはいけない場所だ」


 まぁ、今はこのような状況だから、数多くの騎士が出入りしているが。

 そこまで考えて、緇雨はふと思い至った。

 窓の外には嫌と言うほど見えているのに、塔内には全くその姿が見えない。


「茨は、何故塔の中に入ってこない?」

「あ、そういえばそうですね」


 茨は、蔦である。植物ならば根が生えているはずで、その本体になる部分がこの塔の中心部にあるのではないかと緇雨は推測していた。だが、その推測ならばこの塔の内部にも茨の侵食があってもおかしくないはずである。

 それがない。茨は何故か塔を囲うように、塔に縋るようにして生えている。


「茨は呪いの象徴と言うが……、茨とは何なんだろうな?」

「うーん、なんだろう。呪いと共に現れたから、茨は呪いの一部みたいに腫物扱いしていたように思えるんですけど……違うんですかね?」

「答えは……出ないな。判断材料となるものがない」


 別の視点から斬り込んでみるか、と再び視線をさまよわせ、他に何か気付くことがないか考える。

 塔の出現。茨の侵食。呪いとは何か。同時に現れたローズリーフが呪いを緩和させるのは何故か。疑問はあれこれと出てくるものの、答えは何一つとして出てこない。


「あ、そういえば……」

「どうしたカラバ」


 ふと、カラバが顔を上げた。少し困ったように眉を寄せて、関係ないことかもしれないですけど、と前置きをしてから口を開いた。


「この塔、いくつもあるじゃないですか。ルクレティア様はこのうちのどれかにいらっしゃるんですよね?」

「そう、だといい……と皆が願っていることだがな」

「そうですよね。それなら、他の塔のてっぺんには、“何”がいるのかなって」


 増殖した塔のてっぺんには、何があるか。

 そんなものは実際に見てみないと分からないというのが答えだが……。


「少なくとも、ロクでもないものに変わりないだろう」

「うへぇ」


 今は石造りの天井しか見えないが、この先に待ち受けているものを思うと、緇雨とカラバは揃って嫌そうに顔をしかめた。

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