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女神  作者: 勝目博
8/13

亮二に知らされた、亡き父の愛と母の愛。

家の明かりは消えていた。母と弟は寝たようだ。冬を送り出してから、4時間も過ぎている。冬をホテルに送った後も、亮二は一人星を眺めていたのだ。しかし、用心深い母は玄関の鍵をかけずにいてくれた。弟の部屋からは、微かに音楽が流れていた。襖を開けて中を覗くと、弟は寝息を立てていた。音楽は首にかかったヘッドホーンからもれていたのだ。亮二がいた頃は、この部屋で三人が寝起きを共にしていた。上の弟も就職が決まり、隣の県に引っ越した。会いたかったが、仕事が忙しいらしい。コックの仕事には、曜日は関係が無いのだ。隣の母の部屋は静かだった。亮二はそのまま部屋を通り越し、居間へと足を踏み入れた。母はまだ起きていたのだ。暗がりの中、一人亮二を待っていたらしい。

「かあさん」

「話があるんだろう。座ったら」亮二は胸が熱くなった。

「実は・・」言葉に詰まる亮二を、母はたしなめた。

「はっきり言いなさい。結婚の話じゃないんだろう」母には分かっていたようだ。

「実は、俺、病気なんだ」その言葉に、母はうつむいた。テーブルに置かれた手が、小刻みに震えているのが、暗がりの中でもはっきりと見えた。やがて母は顔を上げ、小さな咳払いのあとに口を開いた。

「医者は、何て言ってる」

「早いうちに、手術を受けろと・・・。俺、倒れたんだ」母は両手で顔を覆った。

「心臓かい」母には、この日が来ることが分かっていたようだ。

「父さんと一緒なんだね」母は無言で頷いた。指の間から涙が溢れ出し、テーブルを濡らし始めた。肩は振るえ、小さな嗚咽がもれた。亮二は母の肩に手を置いた。その手を母はぎゅっと握り締め、作り笑いで亮二を見つめた。涙を拭いて母は気丈夫に話し始めた。

「あれは、お前が3歳の時だった。一向に泣き止まないお前を医者に見せたんだ。その時初めて知らされたのさ。心臓に疾患があるとね。しかも遺伝性だとも聞かされた。お父さんも、私も検査を受けたよ」

「父さんだったんだね」亮二の言葉に、母は頷いた。

「でも、医者が言うには、まだ幼いお前に手術は勧めたくない。症状が悪化するとは言い切れない。と、治療をせずに様子を見ることにしたんだ。ところが、医者が正しかったのかね、その後はすくすくと育ち、お前は元気に学校へ通い出した。覚えてるかい、2年の時に大きな病院に行ったろう」亮二は記憶を引っ張り出した。確かに何度か病院には行っていたが、何の検査か分からぬものも受けていた。

「覚えてる」

「医者は言ったよ。今の所問題はないってね。ただ、大人になって、成長が止まった時が心配だと」亮二ははっきりと思い出した。簡単な検査と言いながらも、医者の話に喜ぶ両親の姿が思い出されたのだ。

「そのあとは、本当にお前は元気に育った。父さんも、母さんもそれだけで十分だった。やがて父さんが倒れ、私は覚悟だけはしていたよ。もちろん、発病などしてほしくない。絶対にしないと思っていたよ」

「何故、父さんは治療を受けなかったの」亮二は疑問を投げかけた。

「当時は、そんな技術がなかったのさ。それに、お前のことも気がかりだった。父さんはいつも言っていたよ。俺より亮二を考えろ。俺の治療費は亮二のために取っておけと、何度もね」母は手の甲で涙を拭った。亮二の目にも涙が溢れてきた。胸が苦しい。心が苦しいのだ。

「手術を受けるんだろ」

「そのつもり」亮二の気持ちは固まった。父が自分の命をなげうってまで、考えていてくれたのだ。その気持ちを粗末にすることは出来ないと、亮二は心から思った。母は立ち上がり、箪笥の引き出しから、一通の通帳を亮二に手渡した。預金通帳だ。中を見ると、今でも欠かさず毎月入金されていた。その金額は、400万にも上っていたのだ。

「お前が、仕送り以外に送ったお金も入れてある。お前のお金だよ。遠慮せずに使いなさい」亮二は声を出して泣き出した。そんな亮二を母はしっかりと抱きしめた。

「必ず、必ずよくなると約束しとくれ。お前に何かあったら、父さんに顔向けが出来ないからね」

「よくなるよ、必ずよくなる」亮二は力強く答えた。

「兄さん」弟も聞いていたらしい。亮二に飛び付き泣きじゃくった。

「心配するな。よくなるからな」弟は、しきりに頷いた。

「兄ちゃんは、あの人と結婚するんだ。元気にならなくてはいけないんだ」亮二は自分自身にも、そう言い聞かせた。

「亮二、彼女は良い子だよ。冬さんのためにも元気におなり」母も、心から賛成したようだった。

冬はその光景をじっと眺め、一粒の涙を残して姿を消した

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