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女神  作者: 勝目博
4/13

記念日

デートで向かった先々で、亮二を驚かす数々の出来事。それは・・・・。

冬が亮二を連れて行ったのは、センター街の中ほどにある、お好み焼き屋だった。小さい店だがおいしいのだろう。店内は込み合っていた。しかし運がいい。丁度、席が1つ空いたところだった。店員はしばらく冬の姿に釘付けだった。その眼は、妖精にでも出会ったように、幸せさえ溢れているようだった。

「あっ、すいません。今片付けます」我を取り戻した店員は、空いたテーブルを丹念に磨き上げ、二人を案内してくれた。その間、店内はシーンと静まり返り、冬の姿を見つめ続けていた。店内はもちろんのこと、センター街でも同じだった。通りすがりの人間が、全て冬に注目するのだ。携帯でおしゃべりの最中だった学生まで、話を止めて見ていたのだ。騒がしい通りも、一瞬の静寂に包まれ、普段は聞けない鳥のさえずりさえ聞こえたのだ。ところが冬はお構いなし。他人事のように亮二に話し、屈託もなく笑っていた。ここまで来ると、亮二の優越感も影を潜めた。それほどまでに皆の目には、崇拝の心までもが映し出されていたのだ。席に着くと、店内も喧騒に包まれ始めた。亮二は思い切って冬に尋ねた。

「どう言う事なの。冬は芸能人」的外れな質問に、冬は声を出して笑い始めた。

「まさかでしょ。芸能人が、ウェイトレスをするかしら」そう言われればもっともだった。しかし皆の視線がどうしても気になった。

「じゃあ、何でみんなは、冬さんを見るの」

「私に聞かれても・・・、誰かと勘違い?きっとそうよ。ね。選んで。ここ美味しいのよ」その笑顔に亮二は何も言えなかった。ただ、冬に似た芸能人などいない。それだけははっきりとしていた。冬の言うように、お好み焼きは美味しかった。冬が作ってくれたから余計にそう感じた。お好み焼きをじっと見据えて、下唇を軽く噛みながら、二つのへらでひっくり返す。その表情がとにかく可愛かったのだ。東京に就職して丸三年、若い亮二が始めて掴んだ幸せの時間だった。二人はあっという間に4つも平らげた。驚いたことに、料金はタダになったのだ。伝票を渡して財布を出すと、店員が大きな声で叫びだした。

「おめでとうございます。キャンペーンのB賞大当たりです」亮二には何のことかわからなかった。すると店員が出てきたレシートを見せ、壁の張り紙を指差した。張り紙には、A賞、食事券5000円、B賞

お食事無料、C賞・・・と続いていた。そして、差し出されたレシートには、赤いインクでB賞と印刷されていたのだ。亮二は財布をポケットにしまい、照れくさそうに店を出た。

「ありがとうございました。ぜひまたご一緒にお越しください」店員の声は外にも聞こえた。ところが冬は外にはいなかった。辺りを見回すと、向かいの雑貨店を冬は覗いていた。冬に向かって歩き出したとき、一人の老婆が一生懸命に拝む姿が眼に入った。

「ありがたや、ありがたや」老婆は冬に向かって拝んでいたのだ。亮二は変人でも見るように老婆をながめた。しかし老婆の衣装は派手ではないが、きちっとしたもので、きれいな指輪もしていたのだ。とても変人には見えなかった。亮二は首を傾げながら、冬に近づいた。

「ねえ、聞いて今の店・・・」

「タダだった」

「えっ、何で知ってるの」亮二は驚いた。冬は伝票を渡す前には、店を出ていたのだ。

「だって、あんなに大きな声ですもの、外にいても聞こえたわ」屈託のない笑顔で冬は答えた。冬の言うことは、亮二にも素直に納得できた。

「ねえ、あれ可愛い」冬が指を差したのは、小さな繭玉人形だった。雪ん子のように笠をかぶり、小さな藁の靴を履いていた。雑貨店とは言え、珍しいものだと亮二も思った。田舎に行けば、繭玉で出来た起き上がりこぼしなどの人形も売っているが、東京の真ん中では、そう見るものではなかった。

「買ってあげるよ。ちょっとまってて」亮二は店に入っていった。値段は見えなかったが、高くはないだろう。少々高くても、冬が気に入ったものならば、買ってあげたかったのだ。今日と言う日の記念としても。ところが、この店でも幸運が待ち受けていた。店舗の入り口でもらった券が、500円の当たり券だったのだ。繭玉人形も500円。これには亮二も驚いた。無料で食べた食事に、500円の金券。買いたいものも500円。出来すぎていた。これも予感の1つなのかと思ったが、冬以上の幸運はなかった。

「はい」亮二は小さな箱を冬に渡した。

「ありがとう。今日の記念ね」亮二の気持ちと、まるで同じだった。その時、亮二にも、老婆の祈りの意味するところが判りかけてきた。冬は本当に女神かも知れないと・・・・。

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