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女神  作者: 勝目博
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永久に

最終回。

病室に戻って5時間後、亮二は目を覚ました。身体はだるい。胸には引っ張られる感じが残っている。

麻酔がまだ効いているのか、痛みはない。心拍数を示す機械が、規則正しく波を打っていた。腕には何本もの点滴がつながっていた。喉が渇いた。亮二は少し頭を浮かせ、周囲を見回した。母と弟の明は、椅子に座り眠っていた。母の手は亮二の手を握っていた。亮二は母の手をぎゅっと握り、小さくゆすった。

「うん、あ、気がついたね」母は目を覚まし、亮二の頭を撫ぜた。

「うん、ちょっと喉が渇いた」母は亮二に白湯を飲ませた。飲み込むたびに胸が引きつった。

「痛いのかい」顔をしかめる亮二に、母が尋ねた。

「ううん、突っ張るだけ。痛みはないよ」二人の会話で、明も目を覚ました。

「お帰り」明の顔は笑っていた。

「二人とも聞いて。父さんに会ったよ」亮二は手術中に見た現実とも思える夢や、今までの出来事を二人に話した。母は声を出して泣き出した。明も目頭を押さえている。

「ずっと見守ってくれていたんだね」亮二は父の気持ちが嬉しかった。自分の治療費を亮二の為にと残しただけでなく、ずっと考えてくれていたのだ。冬のことはもちろんショックだ。しかし、それも父の愛によるものだと思うと、不思議と心は癒された。

 翌日の朝に明は帰っていった。仕事があるようだ。次の休みも顔を出すと言っていた。母はゆっくり出来るらしい。とりあえずは亮二のアパートにとまることにしたようだ。朝に来ては夜に帰る。そんな日々が一週間ほどした時に、亮二は母に言った。

「もう大丈夫だよ。痛みもないし、あいつが心配だ」亮二は下の弟のことが気がかりだった。

「そうだね、いつまでも面倒見てもらうわけには行かないし・・。一度帰るとするかね」弟は、友達の家で世話になっていた。弟は、心配をよそに楽しんでいた。母もその2日後に家に戻っていった。医者の話では、術後の経過もよく、あと2週間で退院出来るそうだ。退院も近づき、抜糸が終わった日の夜だった。看護士が亮二の体温を測りに来たときに、うれしい出来事が起きた。

「いかかですか。もうすぐ退院ですね」亮二が返事をしようとした時、光の冬が現れた。

「まだその気ならば、退院してから行きなさい」

「えっ」亮二がその声に気がついた時には、既にいつもの看護士に戻っていた。しかし亮二には、その意味がはっきりと理解できたのだ。亮二は退院が待ちどうしかった。もう一度冬に会える。そう信じていたのだ。亮二は歩行練習も始めた。足は完全になまくらになっていた。一歩が辛い。しかし、家に帰れば一人だ。亮二は一生懸命に歩き続けた。退院の日には、かなり回復していたが、安全の為に杖が渡された。母も退院に合わせて上京してきて、課長も車を出してくれた。

「無事に退院できて良かった」母も課長も喜んでくれた。明は仕事の都合でこれないらしいが、休みのたびに病院に来てくれ、空白の3年を埋めるのには十分だった。課長は仕事の話もしないで、送るとすぐに会社に戻っていった。水入らずを邪魔しないよう、気を使ってくれたのだ。部屋は綺麗に片付いていた。母のお陰だ。母は暫く実家に来ないかと誘ってくれた。母の気持ちは嬉しかったが、亮二にはやらなければならないことがあった。冬の店に行くことだ。2日後、母は残念そうに家に戻った。亮二の足は、以前のように回復していた。胸の痛さもない。生まれ変わったように、気分は良かった。明日は冬に会いに行く。そう決めた途端、亮二の心も生まれ変わった。

 春の日差しは優しく亮二を包み込んだ。ポカポカと暖かい。亮二は電車内で眠りそうになったが、寝る間もなく渋谷に着いた。人々の服も薄着になり、春の陽気を堪能していた。僅か2ヶ月程度の間だが、久しぶりの坂道は懐かしく、こんなにも急坂だっのか、と亮二を驚かせた。坂の途中には、新しい店も出来ていた。以前は空き店舗だったが、小さな花屋が出来ていた。亮二はその店に入った。狭い店だが多くの花に埋もれていた。亮二は奮発して大きな花束を作ってもらった。見慣れたわき道。亮二の足は自然と速くなった。道を曲がると駐車場。そして数件の民家。そして冬の店・・・・。ない。冬の店がない。冬の店があったところには。何の変哲もない家があるだけで、店と呼べる面影はなかった。亮二は慌てて周囲を見回した。かつて亮二が冬の部屋を見上げた場所に、間違いはない。冬の店は、冬はどこに行ったのか、亮二は途方にくれた。亮二は当てもなく彷徨った。その周辺を歩き回ったのだ。しかし結局は冬の店は見つからなかった。光の冬は言っていた。冬は娘だと。それが事実ならば、冬の店は光の冬が料理を作っていたことになる。光の冬が人間以外、神の使いと考えれば、突然に店がなくなっても不思議ではなかった。ほかにお客がいなかったのも、亮二にしか見えなかったと仮定すれば、つじつまが合う。亮二は一冬の間、現実と夢の間に身を置いていたのだ。しかし光の冬は確かに言った。「その気ならば行きなさい」と。

 亮二花束を捨てた。どこに行けばいいのか見当も付かなかったのだ。アパートに戻り、亮二は泣いた。声に出して泣き続けた。翌日、会社に顔を出し、暫く実家に戻ると伝えた。課長は一言、待ってるぞと、亮二の肩を叩いた。亮二は揺られる電車の中でも、冬のことを考えた。どうしても諦め切れなかったのだ。しかし、思惑とは裏腹に、冬の居場所はわからなかった。母は暖かく迎えてくれた。美味しいものを作るんだと、張り切って台所に立ったが、肩が震えるのを亮二は見逃さなかった。亮二は散歩に出た。母の姿を見ていられなかったのだ。雪はまだ残っている。ふと見ると、畑に大きな穴が開いていた。人が転んだような穴が、まだ残雪に残っていたのだ。亮二は思い出だした。冬とふざけ畑に転がったこと、冬が結婚のことを言い出したこと、つい昨日のような気がした。その時亮二ははっとした。二人が結ばれた納屋のことを。亮二は、走った。心臓の鼓動は激しくなる。息も苦しい。それでも亮二は走り続けた。この程度で負けるものかと・・・・。納屋は、確かにそこにあった。夕日の中に浮かぶ納屋は、とても6畳の広さがあるとは見えなかった。あの出来事も、夢と現実の隙間だったのだろうか。亮二は納屋の扉を開いた。農機具が収まった狭い空間には、冬の姿はなかった。息が切れた。亮二はその場に座り込み、胸を押さえた。そんな亮二の耳に、雪を踏む音が聞こえた。

「花束、もったいなかったね」振り向くと冬が立っていた。

「冬、本当に冬だね」亮二は立ち上がった。冬は亮二を見つめ、黙って頷いた。

「冬」亮二は思いっきり冬を抱きしめた。冬の温もり冬の匂い。全てが冬のものだった。

「会いたかった」冬も亮二に抱きついた。

「でも、なんで?」

「貴方の気持ちが私を引き止めたの。もう、何の力もないただの人間。それでもいい?」亮二は何度も頷いた。たとえ幽霊でもいいと思っていたのだ。答えは言うまでもなかった。

「私の母から、1つだけ言付けがあるの。二人の子供に、遺伝は残らない。って」亮二は冬を抱え、踊りだした。僅かに冬は重たく感じた。おそらく、魂がしっかりと根付いたからだろう。亮二はそう思った。



――――――― 完


最期まで読んでいただきありがとうございました。書きながらも思ったのですが、近頃は、親族の愛が薄くなったように感じます。子供を殺したり、親を殺したりと、悲しい事件が続いています。恋愛と言いながら、家族の愛に重点を置きすぎたように思いますが、ご了承いただきたく思います。ありがとうございました。


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