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女神  作者: 勝目博
11/13

涙と笑い

母と弟。亡き父の愛に包まれ、亮二は決心した・・。

一睡も出来ずに朝を迎えた。不思議な体験のあと、亮二はずっと起きていた。起きていれば、夢だったとは言えないと思ったのだ。こうして今考えても、あの出来事は事実に相違なかった。落ちたカップはそのままで、レコードも何枚かは床に散らばっていたのだ。話から察すると、黒い影は死神であろう。そして光の冬は神?そうだ、冬が気がかりだ。亮二は慌てて冬の店に電話を掛けた。呼び出し音は聞こえるが、出る気配はなかった。冬もかなり具合が悪そうだった。病院でも行ったかなと考え、亮二も病院行きを思い出した。急いで用意をして、亮二は家を出た。

 長い時間を検査に費やした。夕方近くになって、ようやく医者の所見が聞かされた。

「言いにくいですが、急いだほうが良さそうです。難しい手術で5割でしょう」亮二が家族は来れないと医者に伝えると、医者は亮二に真実を話した。亮二は落ち着き、恐怖も戸惑いも見せなかったからだ。5割の意味も、亮二にはしっかりと伝わったが、亮二は少しもうろたえなかった。光の冬が付いている。そう思ったのだ。手術は三日後に決まった。それほど緊急を要したらしく、スケジュールの調整で、やっと決まったのだ。亮二は母に連絡を入れた。母は前日の昼には来ると言っていた。そして課長。課長も当日に顔を出してくれるようだ。後は冬。冬には会って伝えたかった。しかし冬とは連絡が付かなかった。翌日店にも出かけたが、シャッターが降りたまま、外から呼んでも出てこなかった。中の様子を窺ったが、人の気配も感じられなかった。亮二は焦った。このまま会えなくなるのでは。そう思ったのだ。その翌日も、冬とは連絡が取れなかった。今日は亮二の母が来る。仕方無しに亮二は母を迎えに行った。

「あたしからも、連絡入れるよ。それより、お前は、明日のことだけ考えてなさい」母の言葉はきつかった。それほど心配しているのは亮二にも理解できた。今は手術に専念しよう。亮二はそう思った。今まで冬は、何も言わなくても、分かってくれていたのだ。今回もキット・・・。そんな期待に亮二は賭けた。

「案外綺麗にしてるんだね」亮二の部屋に、母が来るのは初めてだった。

「お前は、昔からしっかりしてたからね。心配はしてなかったけど。まさか、冬さんに掃除させてはいないだろうね」

「大丈夫だよ。まだ、ここには来た事ないから」光の冬が、冬でなければ亮二の答えは正しかった。

「そうかい。美味しいものでも作るかね」母は腕まくりをしながら、台所に向かった。

「かあさん、ごめん。食事制限で食べられないよ」手術の注意書きに、前日の夕食は抜くように書かれていたのだ。亮二はおとなしく書面の注意に従った。

「遠慮しないで、かあさんは食べて」亮二の優しい言葉が、母の胸を締め付けた。

「そうかい、じゃあ、簡単に済ますかね」そう言いながら、突然、母は台所で泣き崩れた。

「ごめんよ。亮二。父さんを許しておくれ」

「何言ってるの、かあさん。父さんにも、かあさんにも感謝してるよ。冬にも会えたんだ。生んでくれたお陰だと思ってるんだ」亮二は駆け寄り母を抱きしめた。母は何度も亮二に謝っていた。気丈夫な母のこんな姿を、亮二は初めて目の当たりにした。亮二の頬にも涙が伝わったが、亮二は必死に堪えた。その夜は、久しぶりに二人だけの時間を過ごせ、思い出話に花が咲き、遅くまで語り合っていた。

 翌朝、バッグに荷物を詰めているとき、ドアが激しくノックされた。弟の明だった。

「もう、この前言ってくれれば、昨日から休めたのに」開口一番、明はまくし立てた。

「ごめんよ、まだ決まってなかったから」亮二は答えた。

「でも、心配はしてないよ。兄貴を信じているから」亮二は明に抱きついた。

「お前らしいよ。でも、お前の言葉を、俺も信じる」亮二は、笑った。みんなも笑った。誰一人、残り五割のことなど、考えてはいなかった。部屋を出ようとした時に、課長もやってきた。

「ふ〜間に合った。車を借りてきたからな」課長はわざわざ、会社のワゴンを借りてきてくれたのだ。母は丁寧に挨拶を交わし、課長も恐縮していた。あとは冬がいてくれれば・・・。

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