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女神  作者: 勝目博
10/13

訪問者

不安を覚えた弟からの意外な問いかけ。そして謎の訪問者。亮二はどうなるのか・・・。

渋谷駅に着く頃には、冬はとうとう熱を出した。熱い、熱いといいながらも、身体は冷たく冷え切っていた。かなり調子が悪そうに見えた。しかし冬は医者にも行かず、家に帰ると聞かなかった。別れ際、冬は家の前で驚きの言葉を発した。およそ亮二が想像もしない言葉だった。

「必ず、手術を受けてね。亮二さんは狙われているの」

「えっ、なんだって。何で知ってるの?誰に狙われているの」

「心配しないで、手術を受ければ、狙われないわ。話はお母さんから聞いたのよ」母は亮二に黙って話したようだ。しかし、『狙う』とはどういう意味かが解らなかった。冬は亮二の制止も聞かずに、家に戻ってしまった。どっちにしろ、冬はもう知ってしまった。なるべく早く手術を受けて、元気になる必要に迫られた。亮二は2階の窓を見上げた。部屋の明かりは灯る素振りを見せなかった。辺りはもう真っ暗だ。亮二は諦め、駅に向かって歩き出した。携帯を取り出し、母に連絡を入れた。

「かあさん。昨日はありがとう。うん、今、送ったところ。そう、かあさん、冬に言ったの?」答えは違った。弟も話してはいないようだ。冬は誰から聞いたのか、不思議だった。しかし、考えれば不思議な事ばかりだった。亮二が田舎に行くことも知っていた。そして老婆に道行く人々。唯一、明だけは違った。

明は何かに気が付いたように思えた。母との電話を切ったあと、そのまま明の番号をプッシュした。今日は早番だといっていた。案の定、2度のコールで明は電話に出た。

「今日は、ごちそうさん」

「無事着いたんだね」昼に会ったが、その声は懐かしく感じた。

「ところで、明。お前の言葉が気になってさ〜」亮二は挨拶のついでとも、言えそうな口ぶりだった。

「冬さんはいるの?」冬には聞かせたくない話のようだ。

「もう、送り届けたよ」明は安心したように話始めた。

「結婚するのかい」帰り際の言葉と同じだ。

「そのつもりだけど、何故だ」

「冬さんは・・・」明は口ごもった。どう言っていいか解らない様にも聞こえた。

「はっきり言えよ」亮二ははっきりと苛ついた。明は亮二の結婚を喜んではいないのだ。祝福してもらいたい出来事なのに、一番仲の良い弟が意味不明なことを言う。つい言葉が荒れた。

「冬さんは人間かい」その答えに、亮二は笑いそうになった。突飛過ぎたのだ。

「馬鹿なこと言うな。兄ちゃんは冬さんと・・・」亮二は納屋での出来事を思い出したが、そんなことは言えない。冬の手前もある上、恥ずかしさもあったのだ。

「どうした?」明は次の言葉を待っていた。

「冬さんとは、キスもしたんだ」どうにか考えついた答えだった。

「人間に決まってるだろう」

「それならばいいけど・・・。ちょっと気になったんだ。影が、いや、身体全部が薄く見えたんだ」亮二は正直驚いた。明は霊感が強い。今では知らないが、子供の頃は強かった。幽霊とかを見るわけではなく、死の迫った人が分かったのだ。元気だった叔父の突然の死も、明には事前に分かっていた。

「叔父さん、具合が悪いの」楽しく大声で笑う叔父に、当時5歳の明が話しかけた。その場のみんなは驚いたが、叔父は頭を撫ぜながら、明に言った。

「大丈夫だよ。ありがとうね」その3日後、その叔父は他界した。突然の心臓発作にみまわれたためだったが、誰一人想像すらしないことだった。明を除いては・・・。その明が言うのだ。一概に嘘と決め付けるわけにはいかない。だが、気のせいとしか思えなかった。冬の温もりを感じ、冬の全てを知った今、亮二には明の言葉を否定するしかなかった。

「心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だ。安心しろ」亮二は言い放った。

「そうか、なら、いいけど。兄貴には幸せになってほしいからな」兄貴思いのいい弟だった。明には分かっていたのだ。亮二が高卒で遠くに就職した理由を。だから明も兄貴に見習い、高卒で働きに出たのだ。母は病気のことはまだ言ってないようだった。またの再会を誓って亮二は電話を切った。明との再会の為、親父の意志の為、かあさんとの約束の為、何より冬との為に早く手術を受け、元気になる必要があった。金はある。両親が亮二の為にこしらえてくれたお金だ。明日は病院に行こうと心に決めた。

 その夜亮二は重苦しい雰囲気で、目を覚ました。明日にでも春が来そうなこの時期に、寒さで目が覚め

得体の知れない重圧を受けたのだ。部屋はいつもと変わらない。だが、どこかがおかしい。部屋全体がうごめいているようだ。天井のどこかで音がする。何かが弾けるような音だ。カーテンも揺らめいている。隙間風では無さそうだ。不意にテーブルのカップが下に落ちた。就寝前に飲んだ紅茶のカップが、急に倒れ床に落ちたのだ。レコードのぎっしり詰まった本棚が、ぎしぎしと揺れだした。天井の常夜灯もチカチカと点滅を始めた。亮二は恐ろしさに身を固めた。普通ではない。地震でもない。その証拠に、寝床自体は揺れていないのだ。突然カーテンが大きく揺れ、黒い霧が現れた。その霧は徐々に密度を増して、人の形に変化した。亮二は何も言えずに凝視した。動きたくても動けなかったのだ。その影はゆらゆらと浮いていた。明らかに人間と思えるが、その顔は見えない。ただ、瞳だけが不気味に光っていた。

「お前は、死ぬ運命だ」その影が喋った。実際には喋ってはいない。亮二の頭に話しかけたのだ。

「その金を使うのか?その金で、母と弟たちは楽になれるものを・・・」亮二ははっとなった。確かに自分の事しか考えていなかった。

「お前の親父は、自分の命と引き換えにした。お前は弟を見捨てるのか?」さらにその影は驚きの言葉を発した。

「弟も、同じだ」病気は遺伝性。確かにそう言っていた。自分だけではない?弟も?亮二はそのことまで考えなかったのだ。弟たちも同じ血を引いている。可能性はあるのだ。

「それじゃ、弟も?」亮二はやっと声を出した。得体の知れない影だが、不思議と恐ろしさは消えていた。それよりも、これから弟に降りかかる災難を心配したのだ。

「下の弟。三年後だ」影はそれだけを答えた。亮二は自分の身勝手さに落胆した。もしも、この金を使ってしまったら、弟はどうなるのだろう。亮二は頭を抱えた。その時、不気味な影が怯んだ。亮二の隣りに光り輝く物体が現れたのだ。その光の真ん中には、冬がいた。白い衣をまとった冬がいたのだ。冬は黒い影と対峙し、激しく言い放った。

「消えなさい!己の居場所に戻るのです」影も負けてはいなかった。

「邪魔をするな。こいつは俺のものだ」亮二は訳が判らなかった。光の冬は確かに冬だ。その声も冬の声だ。しかしそこにいる冬は宙に浮き、突然、部屋に現れたのだ。

「冬・・・」亮二は思わず呟いた。光の冬は優しく亮二を見つめ静かに答えた。

「私は冬ではありません。これの言うことは全て嘘。惑わされてはいけません。二人の弟は心配ないですよ」笑顔も冬そのものだった。いきなり黒い影が、光の冬に突進した。ところが黒い影は、輝く光に弾き飛ばされ、カーテンの隙間から消えていった。

「いいですね。あれの言った事は忘れなさい。嘘で騙すのがあれの手口。惑わされないように」そして光の冬も消滅した。亮二は目を疑った。今、ここで起きたことは、事実としか思えなかった。光の冬は誰なのか、黒い影は何者なのか?亮二の理解をはるかに超える出来事だった。

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