少女漫画マインド春日とリアリスト宇津井くんの七夕の過ごし方
こちらに投稿するのは初めてですが、楽しんでいただけると幸いです。
「宇津井くん。ちょっと待っててね」
肌がべたつく梅雨まっただ中。
夕方に雨は上がったけれど、湿気はなかなか無くならなくて蒸すようだ。
学校の最寄り駅に着くと春日は目をキラキラさせてそう言うと軽やかに駆け出していった。
その先には飾りつけを纏った笹が置いてあり、長机に色紙とペンが置いてあった。
駅がイベントの1つとして設置しているのだろう。誰でも自由に書いていいみたいだでちょっとした人だかりができている。
高校の最寄り駅だけあってうちの制服がかなり多い。
ただでさえお祭り好きの浮かれた人間過多な校風だしそれも当然か。
いや、まずい。
僕はあまりにもロマンだとかイベントだとかいうものに疎くて明日が七夕だということを忘れていた。
つまりそれは願い事を書くということだ。
春日は派手でこそないものの、黒髪と上品な顔立ちをした美しい子で、学内でもかなり目を引く。
しかしその中身が、少女漫画やロマンス小説への憧れと暴走で出来ていると知っている人間は少ない。
今回は一体何のお願いだ。
テストでいい点取りたいとか、健康で過ごしたいとかそんなのだったらいいんだけれど。
僕は願い事を熱心に書き込む春日の背後にそっとよった。
『宇津井くんが』
「ひっ」
盗み見の途中で春日が背後を振り返って小さく悲鳴を挙げ、短冊を胸に抱き込んでしまった。
ちっ、全部見れなかった。
だけどやっぱり僕との願い事か。
『ペアルックがしたい』
『二人だけのあだ名で呼び合いたい』
『かっぷるつなぎで手を繋ぎたい』
春日から過去にお願いされた願いごとが頭によぎる。
そのたびに周りを巻き込んで大騒ぎになった。
今回も絶対にろくなもんじゃないんだろうな。
「宇津井くんダメだよ。見たら願い事が叶わなくなるよ」
春日は眉尻を下げて困った顔をする。
美少女は得だ。
少し困った顔をするだけで相手に「ごめんね」と言わせる力がある。
だけど春日と付き合うためにはそうも言ってられない
そもそも短冊の願いとはそんなものだったかな。
それに間違いなく僕にとっては叶わない方が平和だ。
そう反論しようとしてふと気づいた。
春日の声が大きいので、注目を集めはじめている。
僕は歩く広告塔みたいな女の子と付き合いながら、目立ったり噂されたりということが好きではない。むしろ嫌いだ。
もし春日の短冊を笹に飾ろうものなら、ここに群がっている学校の人間にニヤニヤ眺められて、光の早さで伝わって明日には学校でひそひそ囁かるはずだ。
絶対に回避したい。そんな羞恥プレイはごめんすぎる。
春日は羞恥心がうすいのか慣れて鈍くなっているのかあまり気にしないけど、僕は平穏を愛する高校生男子だ。
なんとかここで静かに願い事を回収しなくては。
「何を願ったのか気になって」
「う…宇津井くん??」
当たり障りなく耳元で小さくそう言うと、春日はみるみる赤くなった。
なぜ?そんな恥ずかしい願い事なの?
ぼくはますます短冊を回収する必要性を感じた。
「教えて」
さらに近づいて耳元でささやくと春日はぎこちなく首を左右にふる。
珍しく頑固だ。いつもはこれで目をうるうるさせて頷くのに。
「おいあれって…」
「いちゃついてるー」
僕たちの距離が近づいたことで周りがさらにざわつきはじめた。
本末転倒だ。断じていちゃついていないだろう!
はぁ。
ついため息がこぼれる。
一旦ひいて短冊を笹につるすのだけでも阻止しよう。
「帰ろう」
春日の片手をとって改札へ歩き出す。
いつもは手をつなぐと嬉しそうに笑うのに今日は短冊を片手で胸に抱いたまま名残惜しそうに何度も笹をみる。
なんだかそれにイラつく自分がいる。
僕への願い事なのだから僕に直接言えばいいのに。
そんなことを思うけど、春日のお願いを悉く却下した過去があるから口になんてとても出せない。
だけど願い事を他の誰かに願われると無償に腹が立つ。
それが空想上の人物でもだ。
そんな自分にもバカらしくて腹が立ってくる。
いつもなら、電車を待つ間も乗っている間も春日の話をきいたり色々きかれたりするのに、今日はしゅんとしたまま何も話さない。
春日の声は性格のわりに落ち着いていて聞きやすく心を穏やかにする。
電車の音に混じって耳の奥で「宇津井くん」と春日が呼ぶ。今はとてもそれが恋しい。
目の前にいるのに呼ばれないことが恋しくて、そにれもなんだかイラつく。
僕はこんなにイライラしている人間だっただろうか。
~次は○○駅~
次は春日の最寄り駅だ。いつもよりずいぶん長く感じた。
うつむいてしょんぼりする春日の白くて柔らかそうな頬を眺める。
眉尻は悲しげに下がったままで、未だにぎゅっと短冊を握りしめている。
どうして春日はこんなに落ち込むのだろう。僕にはさっぱりわからなくてそれに一番イラつく。
「宇津井くんごめんなさい・・・」
いつものハリのある落ち着いた声ではなくて、囁くようにそう言い落すと春日は手ににぎっていた短冊をそっと渡してきた。
『宇津井くんが好きって言ってくれますように』
僕はガツンと殴られた気持ちになった。
なにも言えず石膏像みたいに固まった。
春日は拒絶されたと捉えたんだろう。
何かをこらえるようにぎゅっと唇を一度結ぶと、小さくごめんなさいとまた囁いて空いたドアからするりと降りてしまった。
春日とのはじまりはそれはもう衝撃的だった。
なぜなら彼女の土下座から始まった。
全ては僕の勘違いだった。
彼女から渡されたラブレターをよく頼まれるようにクラスのモテ男に渡してしまったのだ。断られたと思った彼女は何を思ったのかぼろぼろ泣きながら土下座で付き合ってほしいと懇願した。土下座でだ。
ベタベタの少女漫画脳なのに土下座でお願いにいたる発想は理解できないけど、僕はとても驚いた。いや、正直引いた。
学年一の美少女だろうが土下座はない。
人気がないとはいえ、高校の踊り場だ。いつ人が来るかもしれないのに、学年一の土下座した美少女と僕を見たらなんて思われるか。そしてどんな噂をされるか。
そんな自己保身的なことを考えて、とりあえず訳をきいて帰ってもらおうと話をきくと、僕の勘違いだったことがお互いわかった。
春日は涙の残る顔をみるみる真っ赤にして、口をぱくぱくさせた。
それがちっとも噂の美少女ではなくて、妙にかわいく感じた。
それから素直に明るく衝動的な春日にふりまわされるように半年経った。
その間僕は1度も春日に好きと言っていない。
「最低」
ざらりとした砂を吐き出すように口から飛び出した。
いつもにこやかでおおらかな彼女のあんなに不安にゆれた顔を初めてみた。
おそらくずっと不安だったんだろう。
そんなのちっとも気づいて無かった。
あまりにも毎日春日が好きだと笑うから、なんだか僕もずっと好きだと言ってるような気になっていた。
春日かこぼした「ごめんなさい」という言葉が耳に残って、悲しいような腹立たしいような分別しにくい感情が湧いてくる。
どうして春日にあんな顔をさせてしまうんだろう。
僕は苦いものを飲み込むように短冊を丁寧に2つ折りにしてポケットにしまった。
次の日の朝
高校の最寄り駅で壁に体を預けて春日を待った。
春日は僕を見つけると改札の向こうから驚いたように立ち止まった。
口がぽかんと空いている。
それから、はにかんだように笑って手を振った。
こっちがくすぐったくなるような可愛さだ。
僕はこっちに走りよってくる春日にほっとした。
いつもは夜中まで、会話の速度でメッセージを送ってくるのに、昨日は何も送って来なかったから内心そわそわしていた。
正直不安だった。
もう連絡をくれないつもりなのかとか、もう僕が嫌になってしまったんじゃないかとか色々考えてしまった。
何度も夜中に春日へ電話をかけようか悩んだ。非常識だからやめたけど。
夜中の3時にかかってきた電話に喜べる人間はきっと少ないから。
「宇津井くんどうしたの?」
春日は不思議そうに小首をかしげた。
僕は春日に登校は別にしてほしいと頼んでいた。
建前は朝に待ち合わせするのは非効率的だとかなんとか言ったが、本当は目立ちたくないからだった。
登校はだいたいの生徒のタイミングが重なるので一緒にいると下校より目立つ。
でも、放課後までとてもこの不安交じりのソワソワをやりすごせなかった。
なんて言っていいものか悩んでいると、春日の方が不安そうな顔をした。
また。
「ごめ…んぐっ」
その言葉が聞きたくなくて、とっさに春日の口を手でおおってしまった。
柔らかい唇が手にあたる。
「ごめんっ」
慌てて放すと春日はそっと自分の唇にふれて顔を赤くする。
もう何度か唇を重ねたのに、そんなことで赤くなる春日は間違いなくかわいい。
「ごめんね、謝るのは僕の方」
ポケットに2つ折りした短冊を春日へ返そうとすると、春日は目に見えておろおろする。
「いやだ。わ、別れたくない」
「え、」
春日は僕のシャツをギュッとにぎって、子どもみたいにみるみる目から涙を溢れさせた。
大粒の滴が春日の白くて柔らかそうな頬を滑っていく。
「わがれだぐない」
僕のシャツを両手で掴むものだから、涙は頬をつたってぼとぼと服や床に流れていく。
「ち、ちがうよ。別れるなんて言ってないよ」
わ、わかれる、?首を左右に振って否定する。
僕はあわてて、小学生男子みたいな対応しかできない。とても恥ずかしい。
春日に似合いの男なら、春日の涙をもっとスマートに止められるだろうし、そもそもこんな泣き方をさせないだろう。
「だっで、ぎのうおねがいごとみて、ごまっだ顔した」
春日にそこまで言わせてやっと春日か悲しんだ理由を知った。
彼女はきっと僕のことを勘違いしている。
僕は春日みたいに強くはないのだ。
だから、人に見せるには照れくさいような感情を色々な理由をつけて当たり障りのない感情でくるんでしまう。
僕はいつだって春日のことが、眩しくて可愛くて、変なわがままも拒否しつつ願われたりするのは嫌いじゃない。
勘違いさせているのは僕なのだ。
「ごめんなざい。きらいにならないで」
どうしたらこの涙を止められるだろう。
電車のゴーっという音がするたびに、色とりどりの短冊がゆらゆらゆれる。
僕はひっぐひっぐと鼻をつまらせながら、それでも僕のシャツをにぎりしめて泣く春日を、なかば引きずりながら駅のすみっこに連れていく。
春日をそのままにして、ペンと短冊をとった。
「春日」
気のきいたことは僕には照れ臭くて言えない。
でも、言えないことで春日が泣くなら伝える努力はしたいと思う。
『すきだよ』
水色の短冊にはその四文字しか書けなかった。
濁流に流されるように突然はじまった恋だったけど、今はでその4文字じゃなんだか足りない気がする。不思議だ。
だけどその4文字以上の言葉は僕にはまだうまく使えそうにない。
春日はびっくりしたように目をくりりとさせてから、宝物みたいにそれを両手で受けとってなぞるようにその4文字を繰り返しみつめる。
それからとろけるようにふわっと笑った。
「宇津井くん、だいすき」
その顔は目をごしごしこすったから赤くなってはれぼったいし、鼻水のすすりすぎて鼻も赤い。
芸術品みたい綺麗な春日は名残もなくなっている。
だけど僕はそんな春日が気に入っている。
これがとてもかわいい僕の彼女。
痴話喧嘩が落ち着いたことに安心したのか遠巻きにみていた同じ格好の奴等が登校を思い出して足早に学校へ向かう。
僕も我にかえった。
「そろそろ行かないと」
ポケットからハンカチをだして短冊をキラキラ眺める春日の顔をふく。
春日は子供みたいに素直に拭われながら、上目使いに小首をかしげた。
「宇津井くん、これ鞄につけていい?」
「やめて。絶対やめて」
鞄に恥ずかしい4文字を嬉しそうにつけて歩く春日を想像して赤くなる。
絶対学校の人たちに色々想像されるだろう。
「えーじゃぁ」
「家の壁にもはらないでね」
春日はどうしてわかるの!?と驚いた顔をする。
けれど、すぐに気を持ち直して短冊を丁寧に畳んでポケットしまうと「宝物」と微笑んだ。
春日は知らないけれど、僕もたまたま同じポケットに春日の短冊を入れている。
僕もこの短冊を大切にとっておくんだろう。
なんだかこそばい。
だけど、こういうのが幸せなのかもしれない。
「おい宇津井。お前清水さんと駅で修羅場したってまじか?清水さんが泣いて別れたくないってすがったんだって?おいどういうことだよ?」
学校へつくなり似たような質問攻めを受けるはめになることを僕はまだ知らない。
短冊を飾らせようが阻止しようが春日といたら目立つのは免れないらしい。
そのことに僕が気づくのは少し先。
春日と宇津井君のお話を他にも読みたいという方がいれば教えてください。