悪役回避は突然に・・・
流行に乗って転生悪役令嬢モノに手を出してしまいましたが、イマイチ設定が生かしきれてないかも・・・
区切りで視点がコロコロ変わりますので、読みにくいかもしれません。
誤字脱字ありましたらご報告ください。
誤字修正(2019/8/22)
私は5歳の時に流行病にかかり、3日程高熱で生死の境を彷徨った。
当時、王都では同じ流行病で平民の中には死者も多数出ていたらしいが、私は幸いにして優先的に医者に診てもらえる家の娘だった為に、高額で希少な薬をお父様が手配して助かった。
そしてその時、私は突然前世の記憶を思い出したのだった。
前世の私の名前は、桐原美緒という普通の日本の女子高生だった。
17歳になった翌日、交通事故で亡くなったと思う。
というのも、信号無視をして来た車に撥ねられると思った瞬間までしか記憶がないから、恐らく即死だったのだろう。
そして今世の私の名前は、アデリーナ・シリル・ゲルベルト侯爵令嬢。
漆黒のストレートヘアーと、この国では王家の血を引く証となる朱金の瞳を持っている。
父は国王の側近を勤めているゲルベルト侯爵、母はガルバン公爵の娘で国王の従姉妹になる人。
父はこの国では珍しくない、青紺の髪と緑の瞳だが、母は王家独特の漆黒の巻き毛と朱金の瞳をしているので、私の見た目は母譲りのようだ。
私はそんな両親の一人娘として生まれ、病を境にして更に溺愛されていた。
王家の血を引く侯爵令嬢として恥ずかしくない教育を受けつつも、どんな我が侭でも聞いて貰えることに、少し傲慢になりかけていたと思う。
そんな私が10歳の時にある人物との出会いにより、この世界が前世で読んでいた大好きな小説の世界であると思い出したのだった。
出会った相手は、シリウス・レオン・デリウム王子殿下。
このデリウム王国の第一王子であり、私は彼の婚約者候補筆頭として王妃主催のお茶会へと、顔合わせの為に連れて行かれたのだ。
彼の名前を聞き、まだ幼さが残る彼の顔を見た瞬間に思い出した。
幼い殿下は挿絵で見てきた青年王子の幼い頃の姿そのもので、高等魔術学園でヒロインと出会い恋に落ち、当時婚約者であった侯爵令嬢との婚約を破棄してヒロインと結婚して幸せになるのだ。
そして自分の名前をもう一度再確認してしまった。
小説の中で青年王子の婚約者であり、後に婚約破棄されたことが自尊心を傷つけられてヒロインを殺そうとした為、投獄され処刑されてしまう悪役令嬢の名前が、アデリーナ・シリル・ゲルベルト侯爵令嬢---その令嬢本人だと。
このままでは行けない、このままでは私は殿下の婚約者になってしまう。
殿下に棄てられて、更には相手の人まで傷つけようとしてしまう。
そして、待っているのは投獄されて死ぬ運命なのだと思った。
だから私はこの時思ったのだ。
そんな運命は回避しなくては・・・
普通に日本人として生きて来た私は、誰かを殺したいなどと思ったことはなかった。
だから、今世でも誰かを傷つけたくはないと強く思った。
そのためにはまず、自分の覚えている限りの小説の世界とは違う選択肢をしなくてはいけない・・・と。
しかし、小説は主人公であるヒロイン目線で話が進んでしまっていて、悪役令嬢(別にヒロインを苛めるとかはしていなかったが)であるアデリーナ(私)が出てくるのは、ヒロインが16歳で高等魔術学園に入学して来てからであった。
その時点でアデリーナは既に殿下の婚約者として、社交界では名前が知れ渡っていた。
高等魔術学園に入る前に中等魔術学園に入学するが、小説には中等魔術学園の記述が一切出て来ていない。
あくまで物語はヒロインが高等魔術学園に入学する年からなのだ。
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この大陸には魔力を持つ者が魔力制御と知識、更には一般教養を学ぶ為の魔術学園と、魔力を有さない者達が一般教養を学ぶだけの総合学園が存在する。
魔力を有する者は全て中等魔術学園に入ることが義務付けられていた。
それは魔力暴走を引き起こさないための措置であり、魔力暴走は本人の命だけでなく周囲にも甚大な被害をもたらす為である。
中等魔術学園は各国に存在しており、基本的な魔力制御や知識は中等魔術学園に通う間に習得するため、平民は高額な学費の為に高等魔術学園には進学しないのが一般的らしい。
しかし、国の中枢を担う次代の貴族の子息達は、さらに上の知識を手に入れるために高等魔術学園に通うのがステータスとなっている。
そしてそんな子息達との繋がりを手に入れる為に、貴族の令嬢達は挙って同じく高等魔術学園に入学する。
だがそんな子息令嬢達も、高等魔術学園の高度な知識を必要とする普通授業と、厳しい実践授業について行けず、年々脱落する者が増えて卒業する頃には5分の1とも10分の1とも言われるほどに減っていくのが現実であった。
それでも残った一握りの卒業生は、各国で要人として高い地位に就くことが約束されるのであった。
あぁ、長い説明をしてしまった・・・。
とりあえず、私の未来を明るくするためには、まず殿下との婚約を回避することが恐らく最短ルートなのだろう。
仮に婚約者となってしまった場合でも、殿下を好きにならなければきっと棄てられても傷つくことなく、ヒロインを憎むこともないはずだ。
高等魔術学園には、殿下に棄てられた場合でもこの世界で生きていく為には入っておくほうが未来は明るいと思われる。
そして、傲慢にならず、人に好かれるように、侯爵令嬢としては淑女として恥ずかしくない振る舞いを心がけよう。
私が『殿下と婚約しない』『殿下を好きにならない』為には、殿下とは極力距離を置くように、出来るだけ接点を持たないようにしなくてはならない。
それでいて、侯爵令嬢としては一般教養と淑女教育を厳しくしてもらわなくては!!
明るい未来のために、私はがんばるわよ!!
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中等魔術学園の卒業記念パーティーで、殿下がパートナーとして出席する為に、殿下自らゲルベルト侯爵家まで馬車で迎えに来てくださった。
その殿下に対して、パーティー用のドレス姿で私は優雅に礼を取った。
卒業記念パーティーの女子生徒のドレスの色は、オフホワイトと決まっている。デザインは自由だ。
そして、男子生徒は黒地に白のラインが入った詰襟(成人男性が着ていたなら軍服のようだ)と決まっていた。
そして男女共に胸には赤い薔薇飾りをつけるのが慣わしである。
男子生徒の詰襟はデザインが統一されているため、誰が着ても同じに見えると思うのに、殿下が着ると一際かっこよく見えてしまう。
仕方ないことだろう、私もただの傍観者であったなら殿下のこの姿に一目惚れどころか、二度三度と見惚れてしまったに違いない。
「アデリーナ、今日もきれいだね。
君をパートナーに出来て、僕は幸せ者だよ。」
「お褒めに預かりまして光栄にございます、殿下。」
「君と僕とは婚約者同士なんだから、名前で呼んでくれて構わないといつも言っているだろう?」
中等魔術学園にいる間、殿下とはなるべく同じ授業でも近づかないように、夜会などに出てもなるべく遠巻きに、接点を最小限にするためにがんばっていたのに、なぜかいつの間にか殿下に気に入られてしまい、殿下の希望で正式に婚約者となってしまっていた。
なぜだろう、確かに貴族の令嬢としては誰にも負けない教養と所作を心がけては来たが、まともに会話すらしたことがないにも関わらず、出来るだけ視界に入らないようにしていたにも関わらず、殿下は私を見つけるたびに楽しそうに笑いかけて、率先して会話をしてくる。
どれだけ殿下に好意を向けられようと、どれだけ周囲の令嬢から羨望と嫉妬の目を向けられようとも、私は殿下を好きになってはいけないのだ。
殿下を好きになってしまったら、私の未来は暗闇に落ちてしまうのだから・・・
そう、そしてもうあと1年後には物語りは始まってしまうのだから・・・
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今日で中等魔術学園を卒業する。
今日はその卒業記念パーティーが、午後から学園内の大ホールで開催される。
パーティーでは男女がそれぞれパートナーとして組んで出席するのが慣わしだ。
貴族なら婚約者がそのパートナーとなり、平民ならば気心の知れた男女がパートナーとなっているようだ。
卒業生でパートナーがいない者は、身内などをパートナーとして申請すれば許可が下りる。
僕のパートナーはもちろん、去年正式に婚約者として決まった侯爵令嬢。
王家の血を引く証の朱金の瞳は意思の強さを現し、漆黒の真っ直ぐに伸びた長い髪は彼女の凛とした佇まいを一層引き立てる。
教養の高さもさることながら、淑女としての所作には隙がない。
噂によると子ども時代はもっと傲慢で我が侭だったようだが、今の彼女にはそんな傲慢な態度は一切見えない。
僕と初めて会った時から、彼女は今の彼女を形作っていたように思う。
常に控えめで前に出ることはなく、臣下としての姿勢を一切崩さず一定の距離を置く態度。
僕に纏わり付いてくる他の令嬢達とは違い、僕に擦り寄ってくることは全くない。
いつも遠巻きにしながら僕に興味がないように見えて、それでも意識は常に僕に向いていたように思う。
付かず離れず一定の距離を保ちながらいる彼女は、まるで気位の高い猫のようだ。
手懐けようとすれば距離を置かれ、離れようとするとわからないようにこちらに関心を示す。
そんな彼女に僕は逆にとても興味が湧いた。
僕に対しては仮面のような表情を貼り付けてニコリとも笑わない彼女が、王宮の庭で小さな花に向かって顔を綻ばせていた時。
粗相をした侍女に対して、注意はしても厳罰は求めない姿を見たとき。
学園内で平民の生徒に向かって、貴族の子息が無理難題を吹っかけていたとき、彼女は平民の生徒を庇って貴族の子息に対し、親の爵位を笠に着ても自分の品位を下げるだけだと言い返していた。
僕の前では一つも見せてくれない彼女の姿。
僕はもっと見てみたくて、僕にだけ見せてくれる姿を手に入れたくて、いつの間にか僕は彼女を手に入れたくて仕方がなくなっていた。
そして僕は婚約者候補筆頭だった彼女を、父上に願い出て正式に婚約者としてもらった。
それから1年、彼女はいまだに僕とは一定の距離を置こうとする。
なぜか僕との距離が近づくのを恐れているかのように・・・
僕の心をこれだけ虜にしていながら、彼女は僕に心を許してくれないのだ。
その原因がわかれば、彼女は僕に本心から微笑みかけてくれるだろうか。
婚約した今、彼女が逃げることはない。
まだまだ時間はあるんだ。
彼女が僕に笑顔を見せてくれるまで、彼女が心を開いてくれるように努力しよう。
アデリーナ、僕は君の心を手に入れてみせるよ。
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とうとう小説の舞台に自分から足を踏み入れてしまった。
小説の開始は来年、私と殿下が高等魔術学園の二期生となる年にヒロインが入学してくる。
この一年で、この舞台がどう動くのか・・・
私の未来は変えられるのか・・・
殿下と私は小説と同じく婚約者同士となってしまった。
この世界の、小説の世界の強制力というモノが働いているのだろうか・・・
私が回避したい未来の舞台が着々と形作られて行ってしまう。
殿下個人を知れば知るほど、小説の中のアデリーナとは違う意味で彼を好きになって行ってしまう。
小説の中のアデリーナは自分以上に殿下に相応しい令嬢はいないと思い込んでいた。
それは身分であり、教養であり、彼女自身の自尊心でもあった。
小説の中のアデリーナは傲慢で高慢で、自分が殿下を好きな気持ち以上に、殿下に自分が好かれていないと気がすまないのだ。
全てが手に入る育ち方をしてきた為に、殿下の心さえも自分のモノでなくては行けなかったのだ。
だけど、殿下はアデリーナだけでなく、他の令嬢や平民の娘達にも同じように接してしまわれる。
それは殿下が王太子であるが故であり、王族が率先して民を平等に扱うという現われでもあった。
今の私は殿下とは一定の距離を置いて接している、殿下が如何に優れた人物なのかは間近にいなくても見えてくる。
むしろ、距離を置いているからこそ見えてくる部分もあると思う。
殿下は本当に本心から、全ての人に対して分け隔てがないのだ。
だからこそ、小説の中で唯一の女性となってしまったヒロインに向けて、アデリーナは嫉妬し、憎悪し、暴挙に走ってしまったのだろう。
そしてきっと、私もこれ以上殿下を好きになってしまったら、同じ行動を引き起こしてしまうのかもしれない。
それだけは回避しなければいけない。
だから、私は殿下の前では仮面をはずすわけにはいかない。
殿下との距離を縮めるわけにはいかない。
私は違う道を選ばなければいけない。
それが私自身の心を殺すことになるのだとしても、他人を傷つけても手に入らない殿下の心を望むわけにはいかないのだから・・・
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相変わらず彼女は僕との距離を縮めることは避けているように見える。
それでも時折視線を感じて見た先には、いつも少し寂しげな彼女が佇んでいた。
なぜあんなに寂しそうに悲しそうに僕を見つめているんだろうか。
高等魔術学園に進学してから、生徒の人数も減ったことで彼女とは同じ組になっている。
見ている限りでは、他の学友達とは普通に接しているし、楽しそうに会話もしているのが見て取れる。
他の生徒達にそれとなく聞く限りでは、侯爵令嬢という身分に関わらず平民の者にも気さくに話をしているらしい。
僕の婚約者ということで、擦り寄ってくる貴族の子息や令嬢もいるようだが、そういう者には一線を引いているようだ。
どうやら彼女は僕と同じで、身分ではなくその人個人を見極めて付き合いをしているように見て取れた。
僕と同じモノを見て感じてくれることが出来る女性なんだと、さらに彼女に興味が湧いた。
出来れば学園にいる間に、彼女とはもっと親密になっておきたい。
政略結婚なんだから、結婚してから恋愛でも別にいいとは思うけれど、出来れば恋愛してから結婚が理想的だ。
さて、僕はどう動くのがいいのかな。
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「アデリーナ、ちょっといいかな?」
「これは殿下、次の授業は実技教室への移動ですわよ?
遅れてしまっては、評価が落ちてしまいますので授業の後でもよろしいでしょうか?」
突然殿下に声を掛けられて呼び止められた私は、内心驚きを隠せないまま移動教室を理由に会話を先送りにした。
出来れば授業終了後にすぐに逃げ出したい気分だが、そうも行かないだろう。
「そうだね。では、一緒に移動しようか。」
そう言って、殿下はにっこりと微笑んで私の手を優雅な動きでエスコートするように取ってしまわれた。
とりあえず、遠まわしに離してくれるように頼んでみる。
「あの・・・殿下。
手は持っていただかなくても制服ですし、夜会ではありませんから靴もヒールは低い物ですので何の支障もございませんが・・・」
「あぁ、僕が君と手を繋いで歩きたいだけだから気にしないで。」
殿下はそういって、にっこりと更に笑みを深めて私の手をぎゅっと握って歩き出してしまった。
授業に遅れるわけにもいかず、仕方ないので私は殿下に連れられる形で後ろを歩いていく。
この状態では殿下と離れて授業を受けることも出来ず、隣にいる者と組んでの実技となったとき、私は殿下と組む他なかったのだった。
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とにかく彼女と会話をして距離を縮めるために、まずは彼女が逃げられない状況を作ることから始めてみた。
彼女も僕から声を掛けると無碍に断れない。
身分的なモノももちろんだが、性格からもそこまで押しは強くないのだろう。
ついでだから、彼女の魔術の実力も見ておいて、将来的には僕の隣に立つ者としてどこまで頼っても良いものかの判断もしておこうと思った。
「授業なんだし、遠慮したりしないでちゃんと全力で相手してね。
手を抜いてたら、評価が下がってしまうからね。」
僕が先手を打ってそう言うと、彼女は渋々という感じではあったが肯いた。
「それでは、対戦形式で各自の得意魔法を使って相手を倒してください。
相手を倒すのが目的であって、殺したり傷つけたりするのはダメですよ。
もうダメだと思ったら、降参しても結構です。
自分の今現在の限界を知るのも、この実技授業の目的の一つですからね。
では・・・はじめ!」
実技担当教師の説明と合図の後に、まずは小手調べとして僕は彼女目掛けて火の玉を飛ばしてみた。
彼女はそれを難なく風を使って軌道を反らし、霧散させた。
その直後に彼女が風の刃を飛ばしてくるのを、僕は水の壁を使って防ぐ。
そんな攻防を何度か繰り返してみて、彼女の実力が僕と並ぶ程度には力のある魔術師であるとわかった。
これでも僕は、今のこの学園では上位に入る実力なのだから大したものだ。
「君がこれほどの魔術師だったなんて、婚約者として嬉しい限りだよ。」
「お褒めに預かりまして光栄にございます。
ですが殿下、今は婚約者ではなく対戦者としてみていただけますようにお願いいたします。」
「そうだね、じゃあ続けて本気出していくよ!」
「望むところですわ!」
彼女の本当の姿を、少しだけ見た気がして僕は相当嬉しかったようだ。
だから力加減を忘れきってしまっていた。
彼女がどれだけ実力がある魔術師でも、僕と並ぶほどの魔術師だったとしても、彼女は女性で、僕よりも体力的に負けてしまうということを・・・
それはほんの一瞬の出来事だった、彼女が疲労からふらつき足を取られた瞬間と、僕が無数の小さな氷の刃を彼女目掛けて飛ばした瞬間が同時だったのは・・・
「あ・・・きゃぁぁぁ!!」
彼女の実力でならば半分以上は防げた攻撃を、彼女はその瞬間ほぼ無防備で全て受けてしまっていた。
「アデリーナ!!!」
咄嗟に僕と教師が駆け寄り、教師はすぐさま治癒魔法で止血をしたが、疲労と衝撃で彼女は意識を手放していた。
「大丈夫、命に別状はありませんよ殿下。
ですが、このまま休養は取らせたほうがよさそうですので、医務室まで運んであげてくださいますか?」
「もちろんです。」
「殿下も今日はそのまま寮までお帰りになられて構いませんよ。
この授業の評価は、二人ともきちんとつけておきますので。」
教師の言葉を受けて、僕はすぐさま意識をなくしている彼女を抱き上げた。
朱金の瞳が閉じていると、彼女の顔はなんてあどけないんだろうか・・・
意思の強い瞳を閉じた彼女は、どこまでも儚く見えて仕方がなかった。
このまま目を覚まさなかったらという錯覚さえ覚えて、僕は彼女を失うことを恐怖した。
これほどまでに彼女を大事に思っていた自分を、今始めて思い知ったのだった。
「アデリーナ・・・僕はどうやらいつの間にか、君がいないとダメな男になっていたらしいよ。
君がいない世界はきっとつまらないだろうね。
君をなくさないように、僕はより一層努力しようと思う。
だからどうか・・・僕との距離を縮めて欲しい。
君がなにを恐れているのか、教えて欲しい。
君が目を覚ましたら、僕は君を逃がさないと思うけど。
どうか受け入れておくれ。」
医務室のベッドで眠る彼女にそう呟いて、僕は彼女が目を覚ますのを待った。
それは僕達の物語の始まりの日だったのかもしれない。
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なぜでしょう・・・
ヒロインである彼女---リンダ・カーリントンが入学してきて早四ヶ月。
私と殿下も二期生になり、先輩として新入生への指導補助も何度かありましたが、殿下は一向にリンダに興味を示されません。
リンダは、この国では珍しい金の髪と琥珀色の瞳をした異国の田舎町のパン屋の娘で、朗らかで人好きのする性格です。
殿下とも本来でしたら気さくに話をされて、異国の話からリンダに興味をもたれて互いに恋をしているはずでした。
それが、なぜでしょうか・・・
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「アデリーナ様ぁぁぁ、今日もご指導いただけませんでしょうか!」
「え・・・えぇ、よろしくてよ。」
この所、毎日のように放課後になるとリンダは私の元へと走ってやってきます。
その姿はまるで、子犬が全力で尻尾を振っているように見えてしまうのは、私の目の錯覚ではないと思いたい・・・
なぜか私がリンダに好意を抱かれ、私に魔術の指導を請う毎日なのです。
「私、アデリーナ様に一生付いていきます!!」
「毎日毎日、僕のアデリーナに付きまとうだけじゃなく、さらに一生付いていくとか冗談はやめてくれないかな?」
「これは、私とアデリーナ様の問題です!
殿下は口出しなさらないでください!!」
「君ってどこまで馬鹿なの?
アデリーナは僕の婚約者なんだから、口出しするに決まっているだろう。
君に毎日付きまとわれたら、アデリーナが迷惑するじゃないか。」
これは本当にどういうことでしょう・・・
毎日私の元に来るリンダと、同じ組になってから私から離れたがらない殿下、二人は毎日のように口喧嘩を始めてしまう始末。
おかしいです。
本来なら今頃、目の前でにらみ合いをしている二人は愛を確かめ合い私は二人に嫉妬し始めている頃なのに・・・
「二人とも・・・喧嘩は・・・」
「「アデリーナ(様)はどっちが大事なんだい(なんですか!)?」」
「あ・・・あの・・・そんなことを言われましても困りますわ。」
私は本当に困った顔をしていたのだろう。
その直後は二人は慌てふためいて私に交互に謝罪を始めてしまった。
「あぁ、すまない。
アデリーナはなにも悪くないんだよ。」
「ごめんなさい!アデリーナ様は何も悪くないんです!!
悪いのは私とアデリーナ様の邪魔をする殿下なんですから!!」
「邪魔をしているのは君の方だろう。
僕とアデリーナの貴重な放課後を、君の相手で潰さないでくれないかな?」
「まぁ!殿下こそ!!私とアデリーナ様との親交を深める大事な時間を邪魔しないでいただきたいです!」
そしてまた、再び二人は口論を始めてしまうのだった。
そんな光景がここ最近の日常となっていた。
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突然ですが、私は転生者です。
でも前世のことは、女子高校に通っていたということ意外何も覚えていません。
今の名前はリンダ・カーリントンといいます。
田舎町にあるパン屋の娘で、魔力を持っていたので家の手伝いをしながら中等魔術学園に通っていました。
そこで私は結構力の強い光魔法が使えるということで、高等魔術学園に通うことを薦められ、学費も援助されることになりました。
この世界では高等魔法が使える魔術師はかなり優遇されるので、両親をもっと楽にさせてあげたいと思ったのもあり、高等魔術学園に進学をすることにしました。
高等魔術学園はこの大陸に2つしかありません。
どちらも大国と言われる国が有していて、他国からの生徒も受け入れる為に全寮制となっています。
高等魔術学園まで進学すると、身分差よりも実力差が目立つようです。
平民でも貴族より高等魔法が使える者が優位に立てる唯一の場所といいましょうか。
むしろ高等魔法が使える者は各国で一代限りの爵位を得ることが可能と言ったほうがいいのかもしれません。
別段私は爵位は望んではいませんが、両親の生活をもっと楽にしてあげたい。
もっといい生活をさせてあげたいを思っただけでした。
そして高等魔術学園に進学して、私は運命の人に出会ってしまったのです!
艶やかな漆黒の髪と朱金の瞳を持つ、あの高貴な方に・・・
私は一目で恋に落ちたのだと思います。
凛とした姿と、類まれな美貌、高位貴族であるのに平民の私に対しても、優しい言葉の数々と態度。
時折見られる笑顔に私の心は鷲掴みです!!
あぁ、あの方の胸に抱きしめられたい。
私だけを見つめて欲しい。
私の名前を呼んで欲しい。
そんなあの方の隣には、いつもなぜか忌々しいほどに一人の人が立ち塞がっていました。
あの方と同じ漆黒の髪と朱金の瞳を持つ人。
そしてその人があの方を見る目を見た瞬間に私は気づいたのです。
あれは私の敵だ!・・・と。
あの人がいる限り、私はあの方の傍にはいられない。
あの方と親密になるためには、絶対に立ちはだかるに違いない壁だ・・・と。
でもきっとこれは試練なのです。
私とあの方との幸せな未来のための試練の一つに違いありません。
私はきっとこの試練に打ち勝って、あの方との幸せな未来を掴み取ってみせます。
「私は絶対に勝ってみせます!待っていてくださいね、お姉さま!!!」
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この頃、僕の邪魔をする存在が現れた。
名前はリンダ・カーリントン。
新入生の一人でなかなか魔力が強い有望株らしく、学費免除の特権枠で入学してきた一人だ。
それは別にいいことだろう。
どこの国も高位魔法を扱える人材は欲していることだし、リンダが高位魔法を使える魔術師になることに別に問題はない。
問題なのは、リンダが僕と彼女との大切な時間を邪魔することだ!
やっと手に入れた、彼女との距離を縮めるための時間を、何かと邪魔しにやってくる。
腹立たしいことこの上ない。
彼女は困ったようにしてはいるが、リンダを邪険に扱うこともなく、教えて欲しいと請われれば応じてしまう。
優しい彼女のことだ、慕ってくる下級生に対して嫌だとは言えないのだろう。
自分の我を通すことをしない彼女は、気持ちを押し隠しているところがある。
僕に対しても困った顔をよくしているが、嫌悪感を持っているわけではなく、戸惑いがあるように見て取れる。
なぜ僕が彼女に歩み寄ろうとしているのか、理解できないといった感じだろうか・・・
僕としては彼女とはより親密な関係を築き上げ、ゆくゆくは夫婦としてこの国を支えて行きたいと思っているんだが・・・
どうすれば彼女に僕だけを見つめさせることが出来るか考えて行動しているというのに、本当にリンダは邪魔だ。
だが彼女の手前、権威を笠にきた態度も取れないし、したいとも思わない。
僕としては彼女自身に、僕だけを選び取って欲しいと思う。
それにはどうすれば最良の策なのか。
「僕がこれほど想っていることを、君は本当にわかっていないのかなアデリーナ。
僕が愛しているのは君だけだと、どうやって思い知らせようか?
さっさと婚姻を済ませて、王宮に閉じ込めて毎日毎晩抱きしめながら愛を囁いてみようか・・・
そうすれば、少しは僕のこの燃え盛る想いを理解できるかもしれないね。」
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なんだか私の知っている小説の世界とは違った方向に話は進んでしまっているようだった。
殿下はヒロインであるリンダに全く興味を示さないどころかむしろ敵視しているように感じるし、リンダにしても殿下に対してまるで忌々しい者を見るような気配を感じることがある。
それでいて小説の中なら二人の邪魔をしているはずの私に対して、この世界の二人は二人とも好意を隠そうともしない。
まるで二人が私を取り合っているようにも見えてしまうのだ。
「君ね、いい加減にしたほうが身のためだと思うよ。
アデリーナは僕のモノで、君のモノにはなることはないんだからね。」
「殿下こそいい加減にしたほうがいいと思います。
アデリーナ様は、私の大事なお方。
殿下のような腹黒い方に渡すわけにはいきません!」
「あの・・・二人とも仲良くされませんか?
せっかく同じく高等魔法を使えるほどの魔術師になる素質があるのですし、助け合って参りましょう。
数少ない学友ではありませんか・・・」
本来なら思いあう二人がなぜかいがみ合う姿に、なぜか私が心苦しくなってしまった。
二人が親密な関係にならないのなら、私にもまだ殿下を想う未来は許されるのではないかと思い至ったとき、自分の心の醜さと自己中心的な考えに嫌気がさしてしまったのだった。
「私がいるせいで二人が仲良くなれないのでしたら、私は外しますので・・・」
「「なんでそうなる(んですか)!?」」
「「邪魔なのはアデリーナ(様)じゃなくて、こいつだろ(殿下でしょ)!?」」
自己嫌悪に陥ったまま零した言葉に対して、二人に同時に反論され、私の瞳から思わず涙がこぼれてしまっていた。
「アデリーナ!」
そしてその瞬間、私は暖かい胸に抱きしめられていたのだった。
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目の前で彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた瞬間、僕は自分でも無意識に彼女の名を叫んで抱きしめていた。
泣かせるつもりなんて微塵もなかった。
ただ、自分まで彼女に邪魔者扱いされた気分がして、つい声を荒げてしまったとは思った。
「すまない、驚かせるつもりも泣かせるつもりもなかったんだ。
僕は君と二人っきりの時間が欲しいのに、君はそうじゃないのかと一瞬思ってしまって、声を荒げてしまった。
許してほしい、僕の愛しいアデリーナ。」
彼女を抱きしめながらそう耳元で囁くと、彼女は小さく首を振って「嘘です、そんなはずわありません。殿下が私に好意などありえません。」とか否定の言葉を零しながら僕から逃げようとする。
だから僕はもっと強く彼女を抱きしめて、もう一度耳元に唇を寄せて囁いた。
「嘘じゃない、愛してるよ。
僕は君がなぜ僕と距離を置いているのかわからないけれど、僕はその距離を無くしたくて仕方なかった。
ずっとこうして抱きしめて離したくなかった。
君を手に入れたくて正式に婚約者としたし、早く自分だけのモノにしたくて婚姻が待ち遠しいくらいだ。
それくらい君に恋焦がれているんだ、アデリーナ。
何度でも言うよ、僕は君を愛してる。」
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私はきっと夢を見ているのでしょう。
殿下の胸に抱きしめられ、愛を囁かれるなんて夢か幻に違いない。
だって私はヒロインと殿下の邪魔をする悪役令嬢のはずなのに・・・
私はきっと、こうなりたいという願望を持ちすぎて夢を見ているのです。
だから今なら、夢の中なら私の想いはきっと適ってもいいですよね。
今だけ・・・幸せな夢に身をゆだねてもいいですよね。
「私・・・」
「なんだい?」
「私は・・・ずっと殿下をお慕いしておりました。
適うはずがない私の願いです。
殿下が私を見てくださることなんて、きっと夢なのです。
今だけ、この瞬間だけ・・・幸福な夢を見ることをお許しください。」
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僕の愛の告白を、彼女は夢だという。
自分が僕に思われるわけがないと思っているらしい。
それならもう、実力行使しかないよね。
「アデリーナ、じゃあこれもきっと夢だね。」
そういって僕は彼女の顎を持ち上げて、そのままその艶やかな唇を自分の唇で塞いだ。
「!?・・・で・・・んぅ・・・」
抵抗する彼女の身体を押さえ、何度も角度を変えてその甘い唇と口内を堪能していく。
次第に息も絶え絶えという感じの彼女の身体からは力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを支えて、教室の椅子に座らせた。
呆然とした表情の彼女は、今すぐにでも押し倒したいくらいに艶めかしいが、邪魔者がまだすぐ傍にいるので口付けだけで我慢する。
「ところで君は、いつまで見てる気?」
「よくもお姉さまを汚して・・・覚えていなさいよ!
絶対いつか痛い目にあわせてやるんだから!!」
「覚えておいてあげるよ。」
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あの方の涙に一瞬ひるんでしまった私は、咄嗟に動けず負けてしまった。
その一瞬の怯みが、あの方をあの人の魔の手に奪われる隙になってしまったのだ。
気が付いたときにはあの方の艶やかな唇が、あの人の唇で塞がれ貪られてしまっていた。
あの方が汚されてしまった。
その上、勝ち誇ったような目であの人には見られ、私は捨て台詞を吐いてその場から逃げ去るしか道はなかった。
いつか絶対、あの人を倒してあの方を奪い返してやる!
私の至高の令嬢、麗しのお姉さまを!
「絶対絶対、殿下にいつかギャフンと言わせて奪い取ってやるんだから!!」
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夢だと思っていたのに、気づけば殿下から狂おしいほどに口付けられ、息苦しくて倒れそうになった身体を支えられ、椅子に座らされていた。
「これでも夢なのかな、アデリーナ?
まだ夢だと思うなら、既成事実までいっちゃうよ?」
あまりのことにボーっとしていた頭が殿下の言葉のせいで一気に血が上り、私の顔は火が出そうな勢いで赤く染まったに違いない。
「ふふ・・・僕の愛しいアデリーナ。
やっと捕まえたんだから、逃がさないよ。」
誰にでも優しい人だと思っていたけど、違う一面もどうやらあるようだ。
殿下は実はとても独占欲が強く、高等魔術学園を卒業直後には婚姻の日程が既に決まっていて、婚儀の直後からしばらく部屋から出してもらえなかったりすることを、このときの私はまだ知らなかったのだった。
殿下、もっと腹黒くしたかった・・・精進します。
リンダがちょっと残念な子になってしまいました。
もっとこう・・・甘い話が書きたいモノですね。