第87話 『影』の崩壊 (その2)
投降した後、三番隊が拠点にしていた洞窟の入口まで連行されてきたクルーガー達二番隊の面々は、そこに現れた指揮官らしき人物を見て愕然とした。まだ若く、成人(こちらの世界では、十五で成人となる)しているだろうが、二十にはなっていないように見える。普通なら下士官候補か一兵卒と言ったところだ。
補佐をしているのも同じ年くらいの青年で、護衛しているのも同じくらいの女性だ。そのグループに一人だけ少々年上の女性も居るが、これも軍としてみれば若い。
「さて、投降したという事は君達はヘスター聖王国の兵で間違いないという事かな」
「…」
「何も言わないつもりなんだね。それならまぁ、こちらの人、二つ名を『災害』って言うんだけど、彼女が練習用の的を探してるんだけど…」
「!そ、そんな事許されるとでも!」
「だって何も言わないんじゃ、こちらとしては生かしておく必要な無いからね」
実の言葉は冷たい。これは勿論演技だ。だが、何の情報もなく、本気で投降したわけではない捕虜なんて生かしておくだけ無駄なのは確かなのだ。結局戦えないように利き腕や足を壊して送り返すか、処刑するしかないのである。
浩子は浩子で苦笑いだ。的は確かに欲しいが、人である必要はないのである。これは自分の二つ名がどこまで広がっているかという確認の意味もあったのだが、少なくともヘスター聖王国には広まっているようだ。何人かの兵の顔が青くなっているのがわかる。
「取りあえず戻るぞ!ここは既に制圧しているし、どうやらもう一つも半数くらいは潰しているだろう。残りは明日にするぞ!」
「サー!イエッサー!」
実達は初戦をかなりの力技とは言え勝利で終えることができ、ハイテンションのまま引き上げるのだった。
別の斥候が見張っていたことも知らず。
「で、聖王国の『影』は一部隊を壊滅、もう一部隊を半壊させているわけですな?」
「そうなりますね。明日、残りを攻めようと思います」
日も落ちて月が辺りを照らす中、実と辺境伯が会話をしている最中にドアをノックする音がした。執事が主人に確認をしてドアを開けると、兵士が一人、息を切らして立っている。どうやらかなり急ぎの用事のようだ。
「何事だ」
「はっ!敵一部隊、撤退を開始した模様です。連絡の時間から、国境まであと一時間かかるかどうかかと」
「だ、そうだが」
「どうやら我々の探知から逃れた斥候が居たようです。申し訳ありません」
実は立ち上がると、辺境伯に詫びを入れて国境へと向かう。余計な情報は与えてはいけないので、ここでむざむざと逃がすという事はできない。実、早苗、浩子の三人は実の飛行魔法で、予想される国境地帯へと急ぐ。
「詰めが甘かったか…」
「まぁ、今回は経験の無さが出ちゃったって感じよね」
「そうですね」
浩子の指摘は的を射ている。実の探査魔法も万能ではない。糸が届いていないところは探知できない。その探知できない場所からの見張りや攻撃にどう対処するのか、その経験は実にはなかった。だから予想もしていなかったのだ。
「今度こそ!探知魔法!」
実が術式を展開、顕現させる。魔力の糸は今回目の細かい網だ。今度こそ取りこぼしはしない、その決意の表れであった。
「いた!正面、五百メートル!」
「壁を作るわ!」
実の探査結果を受け、浩子が結界で壁を作る。敵一団の後ろ五十メートル、横五十メートル、そして自分たちの後ろ五メートルの範囲での長方形の結界だ。これで敵は逃げることはできない。浩子の結界はそんじょそこらの攻撃魔法ではびくともしない。
「くそっ!もう追手が来たか!」
「だが、三人しか見えないぞ!」
「異教徒だ!殺せ!」
敵は結界には気付いていないようだが、実達には気付いたようだ。まぁ、そのために三人とも月夜の中わざわざ剣や刀を抜いて光らせておいたので気付かれなかったら悲しいものがある。
『影』一番隊隊長カーネルは相手が三人、それもまだ青二才と言っても良い歳であることを見て、「これは罠か?」と訝しんだ。だが、その走りを止めるわけにはいかない。それに報告でも二隊を壊滅させた集団のリーダーが若い青年だという話もあったことから、真ん中にいる男がそのリーダーだと判断した。ここでそのリーダーを殺せればベアル王国の戦力に打撃を与えられるだろう。
「タンクは盾を用意!魔術師は術式を展開しろ!」
「了解!」
カーネルの合図で部下たちが展開する。前方の三人はそんな彼らが見えているにも関わらず、剣を抜いてゆっくり歩いて来ている。カーネルが罠を警戒するのも無理はなかった。
「早苗さん、浩子先輩、行きますよ」
「ええ、実君、こっちは大丈夫よ」
「準備、いいわよ」
実が三人の足元に展開した術式を顕現させる。これは転移の魔法であり、転移先は敵のど真ん中であった。
「っしゃあ!」
転移するや、実の剣が敵の首を斬りおとす。次の瞬間には早苗が刀で鎧ごと真っ二つにしていた。浩子は剣を突き入れたあと、抜くのも面倒なのか殺した相手の剣を奪い取り新たな敵に向かっていく。一瞬のうちに『影』一番隊は混乱に陥っていくのだった。
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