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第86話 困惑の『影』

「何が三番隊に起こったんだ!?」

「分からねぇ!いきなり見張りが倒れたかと思うと、入口が氷漬けになりやがった!」


 ヘスター聖王国裏部隊「影」の二番隊斥候であるバリオンは、三番隊が拠点としている洞窟を幾分離れたところから監視していた。これは三番隊が何か事を起こすのを監視するのではなく、三番隊に何か起こった時に二番隊で増援を送るなり撤退するなりするための判断材料にするためだ。

 だが、今回は敵の姿が見えないまま洞窟入口が塞がれ、外に居る見張りも倒れたまま動かない。はっきり言って異常であった。そこでバリオンは二番隊本隊に通信魔法で状況を説明するも、本隊側でも混乱しているという。三番隊への通信魔法は通じず、何かあっているのは間違いないが、敵が実際に現れたわけではないからだ。


「こちらから増援を送る。お前は暫く監視を続けろ」

「り、了解」


 通信魔法が切れるのと同時に、ぞくりと悪寒が走る。まるでモンスターに狙われたかのようだ。だが、俺の居る位置はモンスターや普通の魔法使いには分からないだろう。しかし、バリオンがそう思った次の瞬間には彼の身体は金縛りにあったかのように動かなくなってしまった。


「な、何が!?」

「起こったんだろうね、ヘスター聖王国の兵隊さん」


 がさりと草叢をかき分けて出てきたのは、まだ十代の少年少女を筆頭とする一小隊だった。バリオンは自分の身元がばれていることに驚きつつも、何とか身体を動かそうとあちこちに力を入れる。だが、身体はピクリとも動かない。


「あぁ、無理に動かそうとしても無理だよ。ついでに口も閉じれなくしといたから、自害も無理だね」

「うあ!?」


 いつも間にかだらしなく口を開けた状態で固まり、涎まで垂れてきている。つい先程まではしゃべれたのだ。この少年が魔法を使って動けなくしたに違いない。羞恥に顔を真っ赤にしつつも、バリオンは少年を睨んだ。


「さて、種明かしといきましょうか。どうやら増援も来るらしいからね」


 少年、いや実が手を軽く振ると、可視化した魔力の糸に全身を絡めとられたバリオンの姿があらわになった。指の一本一本、更には歯に仕込んだ毒薬も魔力の糸で包み込まれて動かすことはできない。できるのは息と視線の向きを変えることぐらいだ。


「実君、これどうするの?」

「うーん、取りあえず捕縛はしたけど、どうするかは考えてなかったんだよなぁ。どうやら向こうの裏部隊らしいから口も堅そうだし、あっちは全滅でこっちは全員捕縛ってのもねぇ」


 実は軽く言っているが、バリオンには衝撃的な内容だった。三番隊は全滅らしい。それもこの少年が主体となってやったという事、それに自分達がヘスター聖王国の裏部隊であることも知っているようだ。

 これは、ヘスター聖王国に潜り込んでいるベアル王国諜報部の質の高さを褒めるべきだろう。相手に気取られず情報を入手し、本国へ送るなど普通のスパイでは中々できない。


「九時の方向、二十人程の部隊が接近中です!」

「わかった。警戒区域に入ったら教えてくれ。結界を顕現させるから、外から投石で数を減らすんだ」

「サー!イエッサー!」


 草叢から現れた兵の一人が、実の指示を受けて再度そちらへ消えていく。実は警戒区域に設定した箇所を中心とした結界魔法の術式を展開し、いつでも顕現できるようにしておく。こうして実の部隊は安全に敵を倒すことができるのだ。


 「影」二番隊の二小隊は、バリオンが示した地点へと急いでいた。まさか既に捕捉されているとは夢にも思っていない。


「くそっ!三番隊は何をしていたんだ!」


 二小隊を率いるクルーガーは、「影」に所属して二十年の猛者である。主に暗殺業を行ってきたが、一兵士としても統率力や武力はかなりのものだ。だが、この時彼はバリオンが無事であると確信していたため、周囲の警戒がいつもよりおろそかになっていた。


「敵、警戒区域に入りました!」

「よし、顕現!」


 クルーガー率いる二小隊は、突然現れた氷の壁に驚き、そのまま中央に固まってしまった。それを合図として、氷の壁の上から石が降ってくる。氷の壁の向こうには、傍らに石を積んだ冒険者らしき一団が運動会の玉入れのようにポイポイと石を投げ入れていた。既に何人かは兜越しとは言え、頭に当たって倒れている。


「散れ!あと火炎魔法を使えるのは居るか!?」

「いますが、当てても溶けないそうです!ただの氷ではありません!」


 部下からの報告は絶望的なものだった。この分では土魔法で穴を掘っても無駄だろう。


「投降する!」


 クルーガーがそう決めるのに、それほど時間はかからなかった。


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