第9話 戦い終えて
「俺が城で一生懸命働いているときに、皆は飛竜退治かよ。いいなぁ。」
王としての仕事を放り出す訳にもいかずおとなしく城に籠っていた嗣治が、恨みがましい目で三人を見る。アルテリアはあからさまに目をそらし、実と早苗は「いいなぁ」などと言う感想に苦笑していた。
「いや、最初はワイバーンって聞いてたから、結構大変だったんだけどね。」
「そうですね、結局最後は木葉君の魔法頼りで、私は何もできなかったですし。」
「うーん、確かにワイバーンと飛竜って混同されがちなんだよなぁ。見れば全然違うのに。今度イラスト付きで周知しといた方が良いか?」
流石に嗣治はそれなりに王をやってるわけではない。アルテリアですら見分けられなかった件を重要視して、冒険者ギルドや軍等への周知徹底を依頼する事にする。
「さて、冗談はさておき、そちらは訓練がてら依頼をこなしていくんだろうが、くれぐれも怪我をしないようにしてくれよ。本番は四日後、北西にあるマールという町の領主の館が舞台になるんだから。」
「…マールの領主って、強硬な解放路線派ではなかったです?」
「親がそうでも、子供がそうであるとは限らないからなぁ。」
訝しげに聞くアルテリアに、疲れたように返す嗣治。どうやら、代替わりをした結果、主義主張が反対方向に変わってしまったらしい。だが、それだけでこんな大それた事をやるだろうか。
「黒幕がおるようで、マールの領主は上手く踊らされただけのようです。」
ウォースの言葉は、その疑問を解決するものだった。
「その黒幕って?」
早苗が尋ねる。こんな町の領主程度を叩いても、事件の解決にはならないから、この質問は当然と言える。
「そちらは、余程用心深いようで、尻尾をつかませてくれません。四日後というのは、その館で秘密の会合が開かれるとの情報を手に入れる事ができたからです。」
「私達も、踊られている感じがするわね…。」
「多分。マールの領主は、黒幕に切り捨てられましたな。」
「この場合、マールの領主が実は無実って事はないの?」
「そちらは裏が取れました。彼は間違いなく実行犯の一人です。」
考え込む四人。黒幕は、この国の情勢をある程度知っていて、尚且つ情報の収集、操作に長けているようだ。王宮に手の者がいる可能性もある。
「取り敢えず、黒幕は次の機会にしておくとして、四日後に期待するのです。」
「しょうがないですね、解らないんじゃ。」
アルテリアの言葉に、早苗が頷く。
「その間、依頼は受けまくるの?」
「勿論そのつもりなのです。実戦は、何よりも経験になるのです。」
「怪我とかは?」
「ウォースの治癒魔法に期待するのです。」
「人任せかよ!?」
実際には、これなら大きな怪我をする事が無いような依頼を選別しているつもりなのだ。だが、今日の三つ目の依頼は、群れという時点で、明らかに対処できるレベルが違っていた。その為、一気に片付ける気になったのだ。結果的にはそれが功を奏し、飛竜全滅という快挙を成し遂げたのであるが。
「それで、明日はどういう依頼にするの?」
「それは行ってみての、お楽しみなのです。」
「まるで楽しみじゃない…。」
「私は楽しみだな。元々、こちらの剣術も知りたかったから、先生に教えてもらうのも目的に合ってるし。」
「え?そうなの?」
意外な事をいう早苗に、びっくりする実。確かにオーガ討伐の時は、嬉々として剣を振っていたような気がするが、そういう事だったのか。
「私、異世界留学科受けたのって、こちらの剣術を習いたかったからなの。入学してみたら、魔物の生態とかも面白くて、ついそっちに身が入っちゃったけどね。」
「そうなのか。なら、アルテリアだと変な癖がついてしまうかもしれないから、騎士団から一人そちらに回そう。元冒険者で、剣術に長けたやつに心当たりがある。」
「ありがとうございます。」
「変な癖ってどういう事なのです。」
「いや、だってアルテリアの剣術って、完全に我流じゃないか。その後基本を習ってるから、基本教える事はできるけど、その後の派生とか教えるの無理だろ。」
「うっ、それはそうなのです。」
我流でも、あそこまで強くなれるのか、それともアルテリアが単に規格外なのか、判断をつけられない実と早苗であった。
「失礼します。お食事の準備が整いました。」
「ご苦労、すぐ行く。」
あの後、すぐにメイドが現れ、夕食の準備ができたことを伝えてきた。今日は飛竜の肉をたっぷり一匹分渡してあるので、飛竜三昧らしい。
「どんな味なんだろうな。」
「とても、楽しみなのです。」
「高級食材という話なんですよね。私、食べてもいいのかなぁ。」
「伊倉様もアルテリア様のパーティーメンバーでしたし、今回の件の一員でもございますから、当然問題はございませんよ。」
テーブルには、ステーキやシチュー等の肉料理が並んでいた。全て飛竜の肉を使った料理だと言う。
「うん、もっとこってりしてるかと思ったけど、意外とあっさりしてるね。」
「そうね、豚や牛よりは鶏肉に近いかもしれないわね。」
「竜は哺乳類よりは鳥や爬虫類に形態が似ているから、味もそうかもしれないのです。」
「ふむ、確かに鶏肉に似ているな。だが、これは確かに美味い。ウォース、飛竜って家畜として飼育できたっけ?」
「王、流石にそれは無理ですぞ。しかし、確かにおいしゅうございますな。」
「お肉まだあるし、ウォースさんも持って帰ります?」
「なんと!ありがたき幸せ!」
早速各種料理を食べてみた面々が思い思いの感想を述べる。ウォースは家族にもお土産ができて嬉しそうだ。そして、飛竜料理は好評のうちに完食されてしまうのだった。
その頃、厨房では、滅多に戻らない王妃が狩ってきた大変珍しい飛竜の肉という事で、いくつもの緊張を強いられた調理師達が、精神的な疲労で生ける屍状態となっていた。だが、後にこの感想を聞いて、この仕事をやってて良かったと達成感を感じるのだった。
「情報を流しておきましたが、食いついてきますかね。」
「食いついてくるでしょう。無視することによるメリットが、今のところありませんからね。」
「今回は、ちょっと運がなかったですな。救助隊や王城の動きがかなり早かったので、こちらとしては道具を少し手放す事になってしまいましたからな。」
ベアル王国王都の一角、比較的高級な宿の一室で語らう二人の男がいる。一人は商人風の恰好をした小太りの、鼻髭が特徴的なオヤジで、もう一人は小ざっぱりとした服装の、どこか商会あたりの幹部の雰囲気を持った背の高い優男だ。
「マールの領主のような小物は兎も角、オーガと飛竜が全滅させられたのは、痛いですな。」
「魔物をある程度まで創り出したり、誘導したりはできても、それ以上はできなかったからな。
オーガには林、飛竜には峠で冒険者や軍相手に暴れて欲しかったが、予想以上に役立たずだったな。」
飛竜の方は山にまで誘導はできたものの、流石に細かい場所までは指定できず、峠に陣取ってしまったのだった。
餌代も馬鹿にならないので、冒険者をおびき出して餌にするために、ワイバーンと嘘をついて討伐依頼を出しておいたが、全滅させられるとは思っていなかった。
オーガの方も、同様に騙して餌にしようと偽依頼を出していたのだ。それなのに同じ日に全滅とは、どういう事なのだろうか。
「因みに、全滅させたのはどちらも久し振りに現れた冒険者と、その子供達らしいですぞ。」
「ほぅ、冒険者に。興味があるな。」
「了解しました。調べておきましょう。」
商人風の男が一礼して、部屋を出ていく。強い冒険者は計画の邪魔にしかならない。そう、この国の王のように。残った男は、窓辺に移動すると窓から王城を眺めた。
「魔族風情が国などと、おこがましい。精々仲間内で潰しあうが良いわ。」
その忌々しげなつぶやきは、窓に当たってそのまま霧散していった。
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