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第84話 模擬戦

「それじゃ、模擬戦の前に刀の能力を確認してみましょう」


 早苗が刀を手に鍛錬場の片隅にある、打ち込み用の鎧の前に立つ。一応立ち木から始めてみるべきでは?という意見には、


「以前、普通に振っても立ち木は斬れましたから、あまり参考にはならないかと…」


 という事だったので、いきなり鎧になったのだ。しかも打ち込み用なのでそれなりに分厚い。


「ふぅ」


 早苗は心を落ち着けると、すらりと刀を抜く。魔力の籠め方は実から教えてもらってるし、以前料理対決で料理用の魔道具に魔力を流したこともあるため、そこまで難しいとは思っていない。


「ん、行きます」


 言うが早いか、八相から刀を振り下ろし、引く。身体は鎧に密着するかの如く前に出、刀は脇構えよろしく体の後ろで次の動作に備えて刃が返っている。実際の戦いでは早苗はそこで止まらず鎧にぶちかましを行って次の獲物へ切り上げを行ったはずだが、流石に今回はそこまではしていない。

 早苗が止まって二秒後、鎧は斜めにずれ、そのまま上部が落ちた。真っ二つである。早苗は心配されていた魔力の欠乏感も感じず、この分なら暫く戦えそうだと内心喜んだ。その表情は優しい微笑みに満ちており、実達はその優しさに隠された想いをほぼ完全に理解して戦慄するのだった。


「思ったより、良い刀のようだな。あの重装兵の鎧を両断するんじゃ、防ぎようがない」


 辺境伯の感想ももっともだ。これでは重装備の意味がない。動きの遅い重装兵は早苗の良い的になるだろう。


「惜しむらくは、依頼して討伐するのに重装兵はいなさそうだって事くらいだな」


 相手は盗賊まがいの集団だ。重装兵はその身軽さを損なうのでいないだろう。まぁ、それを除いても、敵を斬りまくる姿はまるで某妖怪首置いてけのように敵の生き残りにトラウマを残すだろうな、と実は思った。


「では、次は模擬戦ですか」

「そうだな。あの刀と同じような獲物が無いから完全には把握できそうにないが、それでも実力の一端はわかるだろう」


 辺境伯の手には、訓練用の大剣と刀が握られている。そのうちの刀を渡すのだろう。


「ほれ、粗末で悪いが、刀だ」


 考えてみれば、この世界に本来刀は無い。いや、あるのかもしれないが、ベアル王国を含む近隣諸国にはない武器であった。だが、それならば何故訓練用とは言えここにあるのか。


「疑問に思うのも当然だ。これは王がそちらの世界にあるからと紹介してくれたものだからな。紹介されてからまだそんなに経っていないから訓練用くらいにしかならないが、そのうちちゃんとしたのが作れるだろう」


 早苗はそれを受け取ると、二、三回素振りして確認した。どうやら納得のいくものではないようだが、それでも何とかなりそうで、実に大丈夫そうだと頷く。


「では、始めましょうか。双方位置へ」


 実は審判も兼ねている。その合図で早苗と辺境伯が各々位置について、構えをとった。早苗は正眼、辺境伯は脇構えである。


「はじめっ!」


 二人はじりじりと間合いを詰めながらも大きくは動かない。早苗は正眼をピタリと辺境伯の喉元へ向けたまま左回りに回りつつ間合いを詰める。辺境伯はそれに合わせながらもじりじりと間合いを詰めていく。


 早苗がほぼ半周した頃であろうか。辺境伯が動いた。前に出した右足で地面を蹴り左足を出すのと同時に左脇に構えた大剣を水平に振る。

 体の回転も利用したその振りに早苗は受けるのをやめ、回避を選択する。だが、後ろは悪手だ。そのまま連続で攻撃がくるだろう。

 早苗がとった行動は、「前に出る」であった。だが、その速さは尋常ではない。正眼に構えた刀をわずかに右にずらしながら辺境伯の右懐へ潜り込む。


「止め!勝者早苗!」


 実が宣言する。早苗は辺境伯の右懐を駆け抜けていた。勿論辺境伯の大剣は早苗には当たっていない。では、何故早苗が勝者かと言うと、駆け抜ける時に右に構えた刀で辺境伯の右胴を斬るように当てていたのだ。

 当てた刀の位置的にそこまで深手にはならないが、それでもあの動きで大剣に当たらずに逆に当てることができるというのを実も辺境伯も見て取ったのである。


「うむ、見事だ。これが普通の剣ならこうは行かなかっただろう」

「そうですね。斬ることに特化した刀だからこその戦法です」


 辺境伯も早苗の実力を感じ、実の傍らに居ることに納得したようだ。二人は握手を交わすと、微笑んで実の下へと向かった。


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