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第82話 出発

「全員!整列!」

「サー!イエッサー!」


 浩子が特訓を初めて一週間。実の前に整列した兵士達は、一週間前とは雰囲気からして全く違っていた。どの顔もギラギラとした目をし、隙がない。協調性のかけらもなかった近衛兵くずれも浩子の命令に従順に従い、グループ行動ができるようになっていた。


「これだけできれば何とかなるかしら」

「うーん、ちょっとやりすぎかな」


 まだまだやり足りないという感じの浩子に対し、実の回答はやれやれと言った感じで返した。だが、確かにこの仕上がりだと部隊行動もスムーズに進むだろう。戦争後に普通の暮らしができるかはわからないが。


 つい昨日、国境付近に聖王国の「影」と見られる一団が現れ半数を殺害したものの、何人かを取り逃がしたとの連絡があったのだ。残りは捕縛したとの事であるが、そちらを襲撃する可能性もあるために任務を続けるのが困難だという事であった。


「明後日より、我々は国境警備の任に就く。移動は馬と馬車、そして徒歩だ。荷物は私が空間魔法で収納しておくので明後日の朝九時までにここに集合すること。また、他人のものと間違えるとまずいから、荷物には自分の名前を記載しておけ。以上解散!」

「サー!イエッサー!」


 そう、明後日より実直属部隊は、国境警備任務に就くことになったのだ。これは早い段階から軍の行動に慣れさせる嗣治の優しさと、、戦時に現場へ急行できる遊撃部隊としての期待の現れであった。なので、明日は一日休養日として各自遠征の準備を行うことになっている。


「必要なものって?」

「宿舎があるそうなので、向こうでテント暮らしってことはないらしい。だけど、それまでは野営がメインになるからテントは必須かな。食糧はこちらで用意するから、通常の食事に関しては問題ないけど、お菓子とかが食べたいんだったら買っといてね」

「それは自腹?それとも国から出るの?」

「基本自腹だね」


 準備に関して、実と早苗が相談している。河内姉弟も一緒だ。実を除く三人に関しては、自腹とは言っても国からの助っ人の意味合いが強いため、事前に支度金としてそれぞれに金貨二十枚が渡されている。実は王族なので自腹とは言っても国の金からになるのだが、くれぐれも無駄遣いしないよう、嗣治に言われている。


 次の日、とりあえず野営の為に各自必要なものを揃えるため街中を見て回る。着替えもあまり用意していないのでそれも購入する必要があるのだが、そこは男性陣と女性陣で別れることにした。実と浩一郎は、「長い買い物に付き合わされずにすんだ」と安心していたが、女性の買い物が長いのは衣類だけでは無い事をその後に思い知ることになるのだった。




「よし、出発する!」

「サー!イエッサー!」


 いよいよ国境へ向けての出発の時間となった。兵士達から馬に慣れた者と実と早苗が馬、河内姉弟と三十人程が馬車、残りが徒歩になる。通常遠征任務扱いとなるため、特に何もなく街道を進む実に、馬車の浩一郎が声をかけた。


「ところで、国境までは何日くらいかかるのかな?」

「うーん、一部徒歩だからねぇ。一週間程度見といた方がいいかな」


 いくらベアル王国が小国とは言え、国境まで一日二日とはいかない。一週間は普通の旅人が要する機関であったが、今回のように初めての遠征の場合は大きく外れないだろうと実は考えていた。因みに以前早苗と行ったときは馬だったが、可能な限り宿で泊まるようにしていたので雨の足止め期間を除いて五日程度かかっている。今回は人数が多いので宿で泊まることは考えていないが、徒歩の兵がいるので速度が上がらないのだ。


 太陽がある程度傾いたところで、野営の準備に入る。夕方になってからでは、準備中に夜になってしまい危ないためだ。兵士達は実から各自の荷物を受け取ると、浩子の指示に従って各自テントをたてていく。中央では数人の兵がかまどを造り、料理を始めていた。


「とりあえず、今日は特に問題もなく野営までこれたな」

「ああ、明日以降もこの調子で行ってほしいね」


 実と浩一郎は、地図にチェックを入れつつ今後の予定を調整していく。今日は元々の予定より距離が稼げているが、明日以降もこの調子で行けるとは限らない。途中で疲れが出たり、アクシデントがあったりするからだ。可能な限り予定を遅らせないよう手を打つのも、指揮官たる実と参謀である浩一郎の役目である。

 結局、実と浩一郎が床についたのは、それから三時間以上経ってからだった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。

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