第79話 嵐の前触れ
お待たせしました。
ようやく話が動き出します。
「もう待てん!ベアル王国への侵攻計画はどうなっておるのだ!」
「申し訳ございません、教皇様。計画に齟齬が生じており、予定通りの成果を上げられず…」
「それをどうにかせいと言っておるのだ!軍の編成は既に済んでおるのだぞ!」
へスター聖王国王都にある教会の一室。五人の男が豪華な椅子に座り辛気臭い顔を突き合わせて会議を行っている。
このところのベアル王国内での計略失敗で弱体化を誘えず、転移魔法の研究も行き詰まりを見せている。
へスター聖王国は他の国と違い、王国と言いつつ実権は王になく『創世神教』と呼ばれる宗教のトップ、教皇にある。王は神の僕として実務指示を行うだけの存在なのだ。
この『創世神』とは現在存在しているアマテラスをはじめとする神々ではなく更にその上にいる『上位神』であり、創世神に仕えることでアマテラス達『下位神』を超える存在に到達できるという宗教である。
その当事者と言っても良いアマテラス達はその宗教に対して何のリアクションも起こさないため、『上位神』は実在すると言われているのだった。アマテラス達にとっては創世神はともかく自分達が神であるという事は認識されている為に、「これ以上おかしくならなければどうでもいい宗教」という位置づけになっているのが実情であったが。
「あの下位神共に好き勝手させている他国を討伐し、我が国が正しい布教を行う事こそ神への第一歩。それには魔族の国であるベアル王国をまず滅ぼさねばならん」
教皇はそんな事を言うが、この場にいる誰もそんな事を真に受けない。そもそも教皇自身、建前でしかすぎない事を知っている。
「ベアル王国以外の動向はどうだ。やはり動かしづらいか」
「そうですな。ここ数年、国境警備の兵も増強されているようです。今攻めるのは下策かと」
へスター聖王国はベアル王国以外にも領土を接している国がある。だが、内乱で疲弊したベアル王国が狙い時なのは確かなのだ。他国はそれなりに安定しており、また聖王国を警戒して国境警備を強化しているので攻め辛い。
「まず『影』を動かし、ベアル王国の国境付近の村でも一つ落とせ。人を入れ替えてから橋頭堡にするのだ」
「御意」
この言葉で、会議は終了となった。戦争への歯車が勢いよく回りだした瞬間だった。
「へスター聖王国との国境巡視を強化すべきだと思う」
聖王国の動きを知ってか知らずか、嗣治の発言はへスター聖王国の侵略を予感させるものだった。
勿論、嗣治が教皇達の話を聞いていたわけではなく、あちこちから集めた情報を分析した結果、導き出されたものである。
「しかし、このところへスター聖王国の企みは失敗しているようですが」
「あの教皇の事だ。もう我慢できないんじゃないか」
教皇の性格まで既に知られている。ベアル王国は軍の人員不足を、諜報部門による情報戦で補ってきていた。特に嗣治が王位に就いてからは更に強化されており、他国に比べても強力な諜報部門を築き上げていた。
嗣治は常々「戦は頭を使え。戦力は兵の数とは限らないのだぞ」と各将に言っていたし、自ら兵を率いた内乱の時も寡兵で大戦果を挙げることが多く、ベアル王国の将には情報の重要性を認識していない者はいなかった。
「聖王国からの連絡では、既に軍の編成は終えているとの事だ。数は四万」
「よ、四万ですと!?」
四万の兵となると、聖王国軍のほぼ半数となる。実際にはこれに貴族が率いる兵も加わるため、少なく見積もっても六万くらいになるのではないかと思われた。
因みにベアル王国は全軍合わせても二万いくかどうかである。
「それだけの兵、どうやって食わせていくつもりなのだ?」
「そりゃ略奪だろ。あの教皇の考えそうな事だ」
四万の兵を進軍させるためには、それだけの糧食も必要とする。それだけの糧食を運ぶための護衛部隊に兵を割かざるとえないのだが、これがまた糧食を必要とするのだ。
「橋頭保を確保して電撃作戦か。短期決戦で行くつもりなんだろうな」
へスター聖王国は、周辺各国から嫌われている。それはベアル王国に対する態度でもわかる通り、常に上から目線なのだ。そんなのに好かれようとする国はそうないであろう。
へスター聖王国が短期決戦を行う理由はただ一つ、他国の侵略が怖いからであった。ベアル王国に勝っても、他国から領土を取られてしまっては意味がないのである。なので、他国のちょっかいが出る前に勝負をつける必要があったのだ。
「まぁ、知恵を絞ってどうにかするしかないよな」
嗣治の呟きは、諦めとは逆の感情を伴っていた。
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