第77話 文化祭 ~ その4~
時間は嗣治が実達に合流する少し前に戻る。
ベアル王国から転移してきた嗣治は、校長室に居た。
安物のスーツを着て、ぱっと見た目は普通のサラリーマンだ。
「姉さん、先日から無理言ってすまんな」
「嗣治からそんな言葉を聞くなんて、珍しいわね」
校長室に居るのは、高瀬川明子校長と嗣治の二人だけである。今は間の神もどこかに行っているようで見当たらない。
「実は高校卒業したら王太子にたてる予定だったが、聖王国の動きがなぁ…」
「で、実際どうなの?聖王国は」
「こちらを狙ってきてるのは間違いない。国境付近で聖王国兵を見たという話もある」
事態は思ったより切迫しているようだ。可能な限り戦争を回避したいベアル王国。宗教を大義名分として、ベアル王国を征服したいへスター聖王国。
この二国間は既に修復が不可能な状態に陥っていた。ベアル王国側はそうでもないのだが、へスター聖王国側は戦争前提でしか考えていないのだ。実が会ったアルファンケル侯爵のような人は貴族の中でも少数派であり、中央からは遠ざけられているのが実情である。
「アルファンケル侯爵を軸として、あちらの国を何とかしたいのだがな」
「それは難しいんじゃないかしら。内政干渉にもあたるでしょう」
「だが、こちらに矛先を向けられても困る」
へスター聖王国は、国内での貧富の格差が開くばかりで、一般国民の間に不満が溜まってきている。それを解消するためにも、対外的に戦争を仕掛けて勝利を収める必要があるのだ。少数派の貴族領はそこまで格差もなく平和であるので、そんな事をする必要がないし、戦争なんかする暇があったら領地をもっと豊かにする努力をするべきという思考の持ち主が多かったのだ。
「最悪、こちらの領土に攻め入った時点で全滅させるしかないかもな」
「可能なら殺さずに済ませたいわね」
「そりゃ勿論、こちらとしては穏便に済ませたいさ」
今の日本ではないが、ベアル王国も「専守防衛」を掲げている。そのため王国軍も存在はしているのだが、兵の数は他国に比べ少ない。おまけに内乱で更に減らしてしまっている状態なのだ。
「なので、早いうちに王太子をたてとかないと周りが煩いんだよな」
王と王太子が居れば、後方に王が控えて王太子が前線の指揮を執る事ができる。実際には幕僚がつくから彼らに任せるにしても、王太子が自ら出陣するとなると士気もあがる。お飾りでも居た方が良いのだ。
「ま、後は何人か裏で動けるのが居ればいいんだがな」
「見当はつけてるんでしょ」
「半分はそのための留学だからな」
嗣治がニヤリと笑う。
「ま、今日は挨拶程度にしとくよ。次からも実を窓口にするから、よろしくな」
「はいはい、わかったわよ」
嗣治は明子校長に別れを告げ、校長室を出て行った。家族に会いに行くのだろう。あのスーツ姿も、程よく目立たないようにと選んだものに違いない。
「王様も大変だねぇ」
明子の呟きは嗣治に届くことなく、校長室で霧散していった。
そして合流し、学生組、大人組に分かれて三十分程経過した今…。
「木葉さんって、伊倉さんと付き合ってるんですか?」
「あぁ、そうだけど」
別に隠すほどでもないし、互いの両親にも紹介済みだからとあっさり返す実。その返事に真っ赤になる早苗と、盛り上がる洋子の友人達。
実達一行は、結局騎士喫茶に戻って一つの席を占領してしまっていた。まわりすぎて疲れてきたのと、落ち着いて話をする場所が欲しかったためだ。そこで雑談をしようとしたのだが、女子の好きなものの一つ、「コイバナ」で盛り上がっていて、実とディバインはついて行けなくなっているのだった。
「ディバインさんって外国の方なんですよね?」
「あぁ、そうですよ」
「それにしては日本語上手ですね。びっくりしちゃった」
話しかけた女子はディバイン狙いらしい。目がハート型になっているようだ。それを見るサフィアスの目が「リア充氏ね」と言っているように見える。更にその状況を見た他の席に居る一部の女子生徒達が「やっぱりディバインさんとサフィアスさんはできてるのよ」とか小声で主張しあっている。どうやら腐ったお姉さま方のようだ。
そんなカオスな状態も、終わりが近づいてきていた。文化祭一日目の終了時刻が迫ってきたのだ。
騎士喫茶はディバイン、サフィアスコンビや入口の甲冑のおかげで客の入りは上々だった。この調子で行けば売上トップも夢ではないと、実行委員が皮算用するくらいには。
「今日はお疲れ様。明日も頑張ろう」
実は早苗にそう言って労わると、更にふざけたポーズを取り始めたゴーレム達を叱り飛ばしに行くのだった。
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