第35話 ミハルさん、冒険者になる
一夜明けて、早朝の混雑も一息ついたカナディ王国王都の街中に、三人の冒険者風の男女が現れた。実、早苗、ミハルである。実と早苗はベアル王国の冒険者ギルドに登録しているため問題はないのだが、ミハルはベアル王国では神として名が知れてしまっているので冒険者登録し辛い状態であった。そのため、今回名が知れ渡る前にカナディ王国の冒険者ギルドで登録を済ませてしまおうという魂胆であったのだ。
「ミハル様、本当に冒険者登録なさるのですか?」
「様はやめてください。勿論、この世界の事を知るには、冒険者として活動するのも良い機会かと思いますから問題ありません。」
いや、問題はミハル様ではなくギルド側だろう。と実は思ったがそれとは違う言葉を口にした。
「ところで、ミハル様…ミハルさんは魔物との戦闘はできるのですか?」
様付けで言ったところでじろりと睨まれ、慌てて言い直す。実際、ミハルの戦闘能力は全くの未知数である。神になったからと言って、戦闘能力が上がるわけでもない。実際、この世界の神の一人は戦闘能力が皆無で、逃げ足だけが速かった。
「ええ、一応神になってから、色々と身体能力が上がっているようです。そうでない場合もありうると聞いてましたので、それについてはありがたいですね。あとは色々と教えて頂く事になるかと思います。」
ミハルがぺこりとお辞儀する。神様にお辞儀されては、言う事を聞かない訳にいかない。とりあえず基本的な戦闘技能を教えて、後はベアル王国の冒険者ギルドに任せることにしようと実は考えた。
「わかりました。私も冒険者としては駆けだしも良いところですので、どこまでお力になれるかわかりませんが、可能な限りお手伝いさせて頂きます。」
「私も剣しかお教えできませんけど、できるだけお手伝いさせて頂きますね。」
「はい、こちらこを宜しくお願いします。」
こうして三人は、あらかじめ侍従長に教えてもらっていた冒険者ギルドを見つけ、実を先頭にドアを開けて入っていった。
「ここってベアル王国のと殆ど同じなんだね。」
「冒険者ギルドって、どこも同じつくりになっているらしいよ。冒険者はあちこちに移動しながら依頼を遂行していく人達だから、あんまり違うつくりにすると混乱しちゃうらしい。」
早苗の感想に、実が補足説明する。それをミハルがほーっと関心しながら聞いている。そんなミハルを連れて新規登録カウンターへ向かう。この時間帯は冒険者も少なく、変に絡まれたりすることもないだろう。
「すいません、こちらの方の登録をお願いします。」
受付の女性に実が声をかけ、ミハルに先を続けるよう促す。ミハルは受付に新規登録をしに来た旨を告げ、登録作業に入った。
「でも、本当に神様も冒険者に登録できるのかしら。」
「多分大丈夫だと思うけど…。カードには名前とランクくらいしか出ないしね。」
早苗の質問に、自信なさげに実が答える。神が冒険者として活動するなど、これまで全くなかった事だ。ただ、冒険者が結果として神になった事はあるので、神と冒険者が両立できないわけではないらしい。
「実さん、早苗さん、登録できました!」
ミハルが素晴らしい笑顔で駆け寄ってくる。冒険者登録できたことが、ものすごく嬉しいようだ。
「この後、あまり時間はありませんがどうしましょう?」
「依頼!依頼を受けてみたいです!」
「残念ながら、そのような時間はありません。明日には出立ですし、一番楽な採取依頼も殆ど残っていないようですしね。」
「そうなんですか…。」
「ま、まぁ冒険者として登録はできましたので、ベアル王国でも依頼を受けて活動する事は可能ですよ。ミハルさんが直接行くと大騒ぎになるので、パーティー組んで、他のメンバーに行ってもらうことになると思いますけどね。」
「そっかー、そうですよねぇ。仮面かフードで隠せたら良いのに。」
「基本、ギルド内では顔を隠すのは御法度ですからね。こればかりは仕方ないです。」
冒険者ギルドは、他人のカードを使った犯罪や、なり済まし等を防ぐために建物内では原則顔を隠さない事になっている。例外は、顔にひどい傷を負って、治療中である場合くらいだ。
「では、一旦戻りましょうか。早苗さん?」
実が帰ろうとしたところで、早苗が引き留める。訝しげな表情の実に早苗が小声で言った。
「あそこの冒険者、こちらをちら見して、別の冒険者パーティーに合図してた。気をつけて。」
「ありがとう。」
実がミハルの左前、早苗がミハルの右側につき、出口へ向かう。それに合わせるかのように、三つのパーティが前と右後ろ、そして左後ろを塞ぐように移動する。
「何か御用ですか?」
「そちらの御方を、お渡し願おう。」
正面に立った中年の冒険者が、実達に通告する。
「何を言っておられるのかな?」
「貴殿らには、その御方はもったいない。我等で丁重に御もてなし致そう。」
「それは困るなぁ。ミハルさん、どうしたら良いでしょう?」
「新人冒険者が絡まれるテンプレだね。やっちゃっていいよ、加護もいる?」
「いや、加護なくても大丈夫だけど。
と言う訳だ、素直に引いてくれると面倒じゃなくて良いんだけどな。」
「…やれっ!」
三方から剣を抜いて迫る冒険者風の刺客達。だが、その剣は実達に届く事はなかった。
「術式展開、顕現『赤熱』。鋼の剣に高熱を与えてみたけど、持てるかな?」
刺客達の剣は全て融け、その高熱で剣を持った手も火傷がひどい。剣以外の武器で戦おうとした者たちは、早苗が鞘に入れたままの剣を振り気絶させていく。火傷に呻く中年の刺客団リーダーは、結局何もできないままカナディ王国治安騎士団に捕縛されるのだった。
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