第3話 対斑大熊戦とその後
斑大熊が突進しようとしたその時、突如入り口の方から大声が聞こえてきた。
「きぃーーーーっく!」
ちょと間抜けな掛け声を出しながら、男が斑大熊の背中に跳び蹴りをかます。それも、まるで何かで射出されたかのような勢いでだ。
「グッフォァッ」
余程の衝撃だったのか、斑大熊はそのまま前に吹っ飛んで、辛うじて左に避けた早苗が先程まで居た場所を足を使わず通り過ぎてから、遺跡の壁に突っ込んでいく。
そして、非常識にも魔物に飛び蹴りをかました男は、その反動で空中一回転すると、体操選手のように降り立ち早苗に向かって言った。
「しまったぁ。崩落の危険があるから、遺跡にダメージ与えちゃダメだったんだよなぁ。
あれ?伊倉さんじゃん。向こうで剣道やってたからって、魔物相手はちょいきついと思うよ。」
早苗は大きめの目を、更に大きく丸くしてその男に応じた。
「な、な、な、何で木葉君がいるのよ。」
「そりゃあ、救助隊の一員だから?」
何故か疑問口調で返す実。
「それより、クマ野郎、まだ生きてるから気を付けて。」
暢気な実の言葉に全員が斑大熊の方を見ると、不意に喰らった跳び蹴りと壁への突進で大ダメージを受けた斑大熊が、漸くめり込んだ壁から抜き出てこちらを向こうとしたところだった。本来ならダメージ回復のために下位魔物を取り込んで再生するところだが、ゴブリン達は救助隊の面々が駆逐中であり、この部屋にはいない。魔物は斑大熊一匹だけだった。
「まだ生きてるぞ!」
「止めを!」
慌てだす調査隊と救助隊の魔法騎士達を横目で見ながら、早苗は実に感謝する。
「助けてくれてありがとう。でも、まさか同級生に助けられるとは思わなかったわ。」
「まぁ、偶然だから。」
にっと笑って返すと、直ぐに真顔になって斑大熊の方を向く。
「俺が対応します!皆さん、奴から離れて、調査団の救助を優先して下さい。」
対峙する兵達へ言うと、シールドの術式を展開し、顕現させる。本来なら魔法で攻撃するのが楽で良いのだが、遺跡の中なので崩れたら大変だ。そのため、遺跡の中では物理攻撃に限られており、余程の事がない限り魔法攻撃は禁止されていた。
ただ、物理攻撃でも先程の跳び蹴りのように遺跡にダメージを与える事があるので、上手く立ち回る術が必要なのであるが、実はその部分は都合よく忘れていた。
「うりゃあ!」
「グルゥ」
顕現させたシールドを斑大熊に叩きつける。斑大熊も、叩きつけられたシールドを右前足で叩き落とす。そこへ実が上の方から縦に真っ二つにせんと、右手に持った火魔法の剣を振り下ろす。斑大熊はそれを左前足の爪でガードするが、体勢が崩れており、反撃を仕掛ける事ができない。
一旦離れた実が、シールドを消し去って左手にも火魔法の剣を顕現させると、今度は二刀流で斑大熊に襲いかかる。斑大熊は右腕に剣が刺さっていたとは思えない動きで、攻撃を避けたり、爪で受けたりしている。
「以外と、タフなんだ、な!」
実が右腕を払って斑大熊の爪攻撃を弾く。その払った勢いで、左の剣を斜め下から救い上げるのを斑大熊が体を開いて回避し、右腕を前に突き出してくる。
実も爪を交わして、今度は右の剣を下から突き上げる。熊はそれをバックステップでかわす。
「坊ちゃま、他の兵達と交代して下され。」
「ちょっと、その余裕がない。ウォースさん、あのクマ野郎の後ろにシールド張れますか?ちょっとやそっとじゃ壊れないやつ。魔法で攻撃します。」
「了解しました。魔法攻撃は許可します。シールドを張りますので、それが終わってから魔法攻撃は行ってください。」
シールドを展開するウォース、それをチラリと目にすると、剣やウインドカッターより魔力を込めた術式を展開し始めた。
「魔法での攻撃はしたくなかったけど、これで、終わりだっ!」
かなりの魔力を込めた術式を顕現させる。そこから放たれた凄まじい冷気が斑大熊を包み込むと、あっという間に斑大熊の氷像が出来上がった。そして斑大熊の後ろに波及した冷気は、ウォースのシールドでがっちりガードされ、遺跡へ新たなダメージを与えなかった。
「ふう、物理攻撃はまだまだだなぁ。もっと剣術を稽古しないと。」
「いやいや、坊ちゃまなら魔法の威力がこれですから、剣術もあれだけできれば充分ではないかと思いますぞ。」
ウォースの言葉に素早く反応する早苗。
「あ、ウォースさん。木葉君が坊ちゃまってどう言う事なの?」
「…ウォースさん、説明してあげて。」
「い、いや、ここは坊ちゃまにお任せ致しますぞ。」
実から苦虫を噛み潰したような顔で睨まれたウォースは、慌てて逃げに入る。
早苗がキュピーンと擬音が出そうな程に目を光らせて、実を見る。
「まぁ、何だ、こっち関係の人の身内なんだよ。その人は今はそうでもないけど、以前はそれなりの地位にあった人だったから、ウォースさんに坊ちゃまなんて言われてるのさ。」
「いや、アルぐほっ。」
自分で説明した方が良いと諦め半分で思うと、簡単に事情を説明した。あくまでも、王の息子である事は言いたくないし、母親が高瀬川高等学校で教師をしている事もできれば内緒にしておきたい。
余計な事を言いそうだったウォースを肘鉄で黙らせると、これ以上は無いですよという顔をして早苗を見る。
「ふーん、そうなんだ。でも、ウォースさんの反応とか見る限り、今でも何らかの影響力ありそうだけど。」
「うん、そう思うよね。そんな事ないって本人言ってるんだけどね。ウォースさんには、きっちり説明しといてもらって。」
「木葉君がもっとちゃんと説明してもいいんだけどね。」
早苗のもっともな突っ込みには苦笑だけして返事はせず、斑大熊の氷像の元に向かった。取り敢えず早苗への説明は、こんなもんで良いだろう。斑大熊の方は完全に凍らせたこの状態ならしばらく放っておいても大丈夫だし、色々調査するのにも問題はないはずだ。
「こんな見事な斑大熊は、西の森では見たことないなぁ。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ、君も伊倉君と同じ留学生だったね。斑大熊は主に北の山に生息していて、西には滅多に現れないんだよ。今迄の調査でも、発見例は一、二件だったと思うよ。」
「そうなんですね、ありがとうございました。あと、これ、持って帰って溶かした方が良いでしょうか?」
「うーん、滅多にいない斑大熊だから、持って帰りたいね。解凍が必要な時は他の魔導師にでもお願いしてみるよ。」
「わかりました。」
必要な事項を確認すると、再度ウォースの元に向かう。ウォースは他の救助隊の面々と、これからの後始末について確認していた。
「ウォースさん、調査団から、可能ならあの斑大熊を持って帰りたいそうだって。あと、何でも、斑大熊って西の森では滅多に出ないんだって?」
「かしこまりました。あの斑大熊は学院に転移させるとしましょう。で、なんですって?斑大熊は西の森には出ないんですか?」
「そうらしいよ。ウォースさんは知らなかったのかい?」
「ええ。でも、そうなると、何やらきな臭くなって来ましたね。」
「やっぱりそうなのか。タイミングとか、ゴブリンの数とか、ちょっと偶然では考えられないもんなぁ。」
実はそう言うと、調査団の転送準備を手伝いに行った。
「では、これは偶然ではないと?」
「坊ちゃまはそうお考えです。私も同じ考えですが。」
王の執務室で、嗣治とウォースが昨日の斑大熊の件を確認していた。
「理由は、これですな。」
ウォースが取り出したのは、斑大熊の生態系調査報告書と、今回の斑大熊についての調査報告書である。
「調査団の団員が申しておりました通り、斑大熊は基本的に北の山に生息し、西の森への出現頻度はかなり低いと報告されています。そして、今回の斑大熊の瘴気を解析魔法で解析したところ、人為的に瘴気を込められた事が判明致しました。」
「人為的に?」
「そうです。通常の斑大熊に定期的に瘴気を込め、狂暴化を促進したようです。西の森の瘴気溜まりとは異なったパターンの瘴気を観測しました。」
嗣治も瘴気については気付いていた。確かにあれは、西の森で確認できるものとは違っていた。
「まだ活動しているんだな、『魔族至上主義』の奴ら。」
「活動しているのでしょうな。ここは本来魔族の本拠地であり、魔王が治めていた国ですから。」
「だったら、俺なんかを王にしなきゃいいのに。」
「大混乱になっていたこの国を救って頂いた上に、当時第一王女であったアルテリア様とご結婚なされたのです。王になられて当然かと。」
「そんなもんかね。」
「ええ、アルテリア様も、女王になるのを心底嫌がっておられましたので…。」
「それって、俺に王っていう貧乏クジひかせてないか?」
嗣治はむすっとした顔でウォースを見ると、再度斑大熊の調査報告書に目を落として呟いた。
「ついでに、あいつらこっちに呼ぶ口実にするか…。」
「とりあえず、明日は予定通り短期留学最終日で、転移門へ向かう日だ。忘れ物が無いように注意するようにってさ。」
斑大熊の件で学院内でも目立ってしまった実は、他の短期留学生2人に留学担当の教師からの伝言を伝える。あれから早苗は調査団と共に学院に戻り、資料の整理と学院に提出するレポートの作成を行っていた。また、浩一郎は予定通りこちらの国の兵科についての講義を一通り受け、同じくレポートを纏めはじめていた。
「そう言う木葉君はレポートは出さなくていいの?」
「俺の方は免除になった。例の件で、魔法使いまくったからな。」
「そう言えば、何かすごかったんだってな。伊倉さんも見たんだろ?」
「ええ、見たけど、アレがどのくらいすごいかは正直わからないの。」
早苗のアレとは、斑大熊に対して放った跳び蹴りの事である。魔法剣二刀流については、正直どのくらいすごいのか比較対象がなかったのでわからないのだ。
「アレってのが何かは知らないけど、俺が聞いたのは、ウィンドカッターを全周にぶっ放したってのかな。」
「あぁ、それは全然難しくないよ。こう、術式を帯状に展開すればいいんだし。」
「いや、普通の人は帯状になんかできないから。」
兵科の講義で魔法師団についても勉強したのであろう、浩一郎は魔法師についても少しは知っているようだった。
「んじゃ、常識外れのスピードで斑大熊にくらわせた飛び蹴りは?」
「あれは、足にシールドの魔法を顕現させた後に、地面との間に爆烈の魔法を作ってその反動でとんだんだよ。ぶっつけだったけど、何でもやってみるもんだね。」
「うん、お前のやった事は色々おかしいからな。」
浩一郎も呆れかえったようだ。
そこへ
「あ、ミノル!」
ディバインとサフィアスが、丁度実習から戻ってきた。
「そちらはサナエさんだっけ。大変だったね。」
「いえ、無事でしたから、大丈夫です。」
「そりゃ良かった。そっちのコーイチローは順調だったそうで良かったね。
そうだ、ミノル達明日で帰るんだろ?最後にどっか騒ぎに行こうぜ。」
いつもの通りサフィアスが誘ってきたので、みんなでサフィアスお勧めの食堂へ連れ立って行った。
「来年はまた来るのかい?」
食事が来るまでの間に、来年についての話題が出た。高瀬川高等学校異世界留学科では、二年の短期留学の他に三年の中期留学も実施されている。エスカレーター式の大学も用意されており、進学や就職活動をしなくても進学できる方法があるのは、大変有難かった。
「そうだね、また来たいね。学院生活は楽しかったし、授業もちゃんとついていけたから問題なかったし。今度は応用の方を受けてみようかな。」
「こっちの人間からすると、そう言ってもらえるのは嬉しいな。」
実の返事にディバインが嬉しそうに返す。早苗も浩一郎も、同じようにまた来たいと言ってくれ、サフィアスも嬉しそうにしていた。
「そうだね。でも、俺たちもそっちに行ってみたいな。」
「今はそっちへ行くのって短期留学か、学校関係への就職くらいしかないからねぇ。」
「神様もキャパがあるって事だよ。あんまり頻繁に、沢山の人を通れる転移門は開けられないんだと思うよ。地球からだって三人程度だけだしね。」
「そんな事情があるなら仕方ないよね。」
「おっ、料理も来るようだ。食べようぜ。」
五人は、料理に舌鼓をうちつつ、再会を約束した。
「今回はアクシデントこそありましたが、無事に留学も終わって安心しております。
尚、留学生の皆様方は、向こうに戻られましても此方で身につけた事を忘れないで、血肉となる事を期待しております。」
ウォースが、転移門の前で最後の挨拶をしている。今日に限っては王自らも来ているが、采配はウォースに任せているようで、にこやかな顔をして立っているだけだ。
「ところで木葉様。」
「はい?」
急に話を振られて、慌てる実。
「校長には話を通しますが、来週より再度こちらに来て頂く様お願い致します。」
ウォースの言った内容は、留学そのものではなく、先日の斑大熊の件に関することであろう。嗣治がここに来ているのも、それで補足説明が必要になった場合に備えてという事なのかもしれない。
取り敢えず、母親にも伝えておかないといけないな、と思った実は、顔を引き締めて返事をした。
「了解しました。母も呼んだ方が宜しいでしょうか。」
「是非ともお願いします。」
早苗と浩一郎が、怪訝な顔をしてウォースと実を見る。特に早苗は、先日の件からまだ説明をしてもらってないので、戻ったら必ず説明を要求してくるに違いない。それを察したウォースが、早苗達にも言った。
「それと、この件につきましては、高瀬川校長より説明をさせて頂くようにします。ただ、その内容は他言無用でお願い致します。」
「…わかりました。」
早苗も不承不承納得したようだった。実は心の中で、
(ウォースさん、説明が面倒でぶん投げやがったな。)
と思ったが、口に出すと自分が説明する羽目になるのがわかって居たので黙っていた。
こうして、夏休み期間中の二週間という短い留学は終わりを迎えた。
ご意見、ご感想お待ちしております。
次の話は、27日の0時を予定しています。