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第2話 魔法習得

「魔法を使うには体力が必要なのである。そのためには、持久走が一番なのである。」


 二メートルはある身長に、筋肉の鎧を着けた『魔法師』が言う。

 彼も魔法学院の教師だが、何かというと体力をつけるために持久走をやらそうとするので生徒の受けはあまり良くない。そんな彼だが、その言葉通り余りある体力にモノを言わせ、力尽くで行った魔力制御から展開される術式はかなり強力で、自らの持論を証明しているせいか、正面きって文句を言う教師も生徒もいない。


(いくら体力が必要だからって、半日走りっぱなしは辛いって)


 多少体力に自信がある実でもかなりキツく、速度は歩いているのとあまり変わらないくらいにまで落ちている。この授業を受けてきているはずのクラスメート達も半数以上がリタイアしているが、残りの生徒達も限界が近いようだ。


「あと五周で終わりにする。リタイア組は放課後に、再度十周走ってもらうのであるので、体力の回復に努めるのである。」


 鬼のような宣告だと、クラスメート全員の心が一つになった瞬間であった。




「ミノルって思ったより体力あるのな。聞いた話だと、これまで短期留学で来た生徒で半日の持久走を走り切ったのはいないそうだって。」


 クラスメートのディバインがそう言って感心する。因みに、ディバインも持久走完走組で、放課後の十周は実と一緒に免除になっている。


「向こうでも体力作りはやってたからね。こんな事で、体力作りの有難みを感じるとは思わなかったけど。」

「そりゃそうだ。ところで、これから街中でも散策するか?来たばかりで街中で必要なものの買い物もまだなんだろ?」


 同じくクラスメートで、こちらも完走組のサフィアスが誘ってくる。髪の色が黒く、どことなく真面目な雰囲気のディバインと、赤毛で軽い調子のサフィアスは、なかなか良いコンビだ。いつも一緒に行動することが多く、今日に限らず実もよく誘われている。


「散策にも行ってみたいけど、今日は流石に疲れたからやめとくよ。また明日にでも誘ってくれないか。」

「了解。じゃあ、大丈夫そうなら明日また誘うよ。」


 そう言って二人とは別れ、寮へと戻って行った。




 実が宿泊している学院寮は個室となっていて、間取りは八畳くらいのワンルームになっている。家具は箪笥と机とベッドくらいしかないので、割合広い。


「魔力制御には、体を動かすものもあるものですから、日々の予習復習にはそれなりの広さが必要なのです。」


 先日、部屋を案内してくれた寮監の教師が教えてくれたのを思い出した。日課でとある体操をしている自分と同じように、日々魔力制御の運動をやるのだろう。やはりある程度の体力は魔法師にも必要なようだ。ただ、筋肉ダルマになるほど鍛えなくても大丈夫だとは思うが…。そう思いつつ、日課にしている体操を開始していた。この体操は母親から習ったものだ。小さい頃にこんなやり取りをした記憶が、ぼんやりと残っている。


「私も小さい頃から、ウォースにやらされてたのよ。体に良いものだし、こちらでもいつか役に立つかもしれないから、是非続けなさいね。」

「はーい。」


 実はこの体操、魔力制御能力を高めるためのもので、学院の生徒が習うものよりもっと魔力制御の効率を上げたものだ。実は魔力制御のためだとは知らされずに続けさせられた体操であるが、魔力を体の隅々に行きわたらせ、馴染ませることにより魔法師として理想的な体作りを行うことが既にできている。

 そんな事とは全く知らない実は、明日からの魔力制御授業について少し不安になりながらも日課の体操に集中するのだった。




「魔法とは、魔力を持ってして術式を展開し、イメージを顕現させることを言う。ここで大事な事は術式展開に必要な魔力制御と、イメージだ。イメージについては後で習うとして、魔法学基礎では魔力制御と、それによる術式展開の基本を習得する事を目的とする。

 術式展開とは、言うなれば魔力を紙とインクに見立てて術式を記述していったものなのだが、紙に見立てた魔力が十分でないと、書いた術式を支えきれずに失敗してしまう。逆にインクの方の魔力が十分でなかった場合は、顕現するための必要魔力量に足りなかったり、発動してもしょぼいものになったりする。

 逆に魔力がどちらも多すぎると、魔力を無駄に消費してしまって必要な時に魔力が残ってないなどと言う事があるので、術式の規模にあった魔力制御はとても大事なのだ。」


 留学開始から5日目、実は魔力制御の基礎を一通り終わらせ、術式展開へと移っていた。短期のため、魔力制御が下手でもとりあえず全部受けさせてみようという事らしい。今日も「灯り」の魔法の術式展開に手間取っている。


「ミノル、また魔力が多すぎる。もっと集中して魔力を制御するんだ。」

「うぅっ、魔力絞るのって難しい…。」

「普通は逆なんだけどな。」


 潜在魔力が多すぎるため、他の生徒とは逆に魔力の出力を絞らないといけないが、これが以外と難しく、実はつい大目に魔力をつぎ込んでしまうのだった。今も、本来より三倍は多い魔力をつぎ込んでしまっていて、ディバインに呆れられている。


「うーん、ちょっと別の方法を試してみてもいいですか。」

「あぁ、やりやすい方法があるなら、やってみろ。」


 実は単純に絞り込むのをやめ、別の方法を試してみることにした。これも以前、母親に教えてもらった方法だ。


「まずは魔力を一つの塊にして、と。」


 魔力の塊を一つ作る。灯りの術式展開には多いが、制御できないことはない程度の多さだ。


「で、これから一部を取り出して、展開。」


 塊から展開に必要な分だけを切り出し、術式展開に使用する。切り出した魔力は先程よりは少なく、「灯り」に使うにはまだ少し多いが、問題になる程ではなかった。そして残った魔力の塊はとりあえずそのまま放っておく事にする。


「うまくいっているとは言えないが、まぁ展開分については問題ないな。あとは放っておいた魔力の塊をどうするかだ。」


 教師もその方法は知っていたようで、特に驚きはしない。ただ、魔力の塊はほとんどの場合無駄に拡散されてしまうので、魔力の絞り込みに失敗した場合とあまり変わらないか、逆に多くの魔力を拡散させてしまい非効率になってしまうのだ。


「多重展開か、吸収に使用できますね。知り合いからやり方だけは教わってるので、今回は同じ術式の多重展開をやってみます。」


 実は先ほどと同じように魔力の塊からまた切り出して術式展開を行う。

複数の術式を安定して展開させるには、それぞれに必要な量の魔力と、それに与えるイメージ、尚且つ継続して展開させておこうとする意思と集中力が必要となる。

二つの術式が安定して展開されるが、こんな事を行えるのは上級の魔術師のみだ。更に複数の術式に違う魔法を顕現させるのは、上級でもごく一部となっている。

 この後も魔力の塊から切り出しては展開を行い、全部で30個の術式展開を完成させた実はその結果に満足すると、今度は術式を「吸収」してみることにする。

 「吸収」は本来魔力が少ない魔術師が、他から魔力を調達するために習得する手段である。

 他からの調達を目的としているので、その対象は自分以外の魔術師が展開した術式であったり、魔物の持つ魔石であったりするのが普通だが、実は今回自分が作った術式から魔力を「吸収」してみることに挑戦してみようとしているのだった。

 多重展開の数に驚いていた教師が、更に驚愕する。展開された術式が次々に実に吸収されていくのだ。今まで見たことのない光景に教師だけでなく、他の生徒も息をのんで見ている。

 最後に「灯り」の術式を1つだけ残し、教師に報告した。


「とりあえず1つの術式展開はできるようになりました。」


 ほっとしたように言う実に、教師はカクカクとうなずくしかなかった。




「魔法の顕現には、その魔法のイメージが必要だ。例えば炎の魔法の場合、炎を出したい場所が燃えているイメージを術式に与える必要がある。

 この時大事なのは、イメージが明確であればある程、同じ魔力でも効果に大きな隔たりが出てくるということだ。

 これは地球との相互留学の理由の一つでもあるが、その現象が発生する理由、例えば何故火は燃えるのか、水は凍るのか、を知っているのと知らないのでは、マッチの火と松明くらいの差が出てくる。そのため、こちらからその知識を得るために留学をしているのだ。」


 当然、実はこの辺の知識があるのでイメージはつきやすい。だが、このイメージを術式に与えるという事に関しては経験がないため、どの程度の魔法が顕現できるのか予想がつかないのであった。


「では、『灯り』の術式を展開して下さい。」


 術式展開の授業と同じように灯りの術式を展開する。


「イメージとしては、そうですね、手の中にぼんやりと光の塊があるのをイメージして、術式を手で囲みながら顕現させて下さい。」


 言われた通りにイメージする。そのイメージを術式に向かって念じると、術式が丸くなり、光り輝いてきた。


「随分と強い光ですが、何をイメージしたのですか?」


 あまりにも強い光に、教師が訪ねてくる。


「えーっと、LEDライト?」


 LEDライトの光だと、こちらの世界で通常使われる光より強い光なのを実感できた実であった。こうして、術式展開、顕現の授業を受けつつ、たまに持久走をやらされながら、留学の日々を送るのだった。




 短期留学最後の三日は実践戦闘訓練が行われた。兵士や騎士、練習用に契約された魔物や教師陣によって作られたゴーレムと戦い、魔法や戦闘術の練度を高めていく。実は既に、学院の中でも強力な魔法を複数同時に顕現させられる魔法師としてあちこちから注目されており、実践練習は更なる経験をさせるだけではなく、その実力を把握して今後長期留学で再度学院に来た時のための指導に活かすために何度も行われた。

 逆に細かい魔力制御が必要な魔法は苦手としており、其方の展開成功率はあまり高くなく、少ない課題の一つになっていた。


「ミノル!左は任せた!僕が右にシールド張るから、サフィアスは後方で奇襲の警戒と右側のシールドに攻撃してくるゴーレムに攻撃を!」


 ディバインの指示で実とサフィアスの二人が術式を展開する。実自身は前方の銀色狼と、左側のゴーレム三体を相手取り八個の術式を展開、うち一つの術式より雷撃を顕現させる。

 雷撃は銀色狼に襲い掛かるが、銀色狼はそれを回避するも攻撃に移るには距離が開いてしまう。実はその間に二つの術式よりそれぞれ土でできた槍を顕現、ゴーレムに突っ込ませる。ゴーレム達は一つは避けたものの、そのうち一体がもう一つの槍を避けきれずに体を串刺しにされ、土塊へ戻って行った。


「捕縛!」


 残り五つの術式のうちまた三つを顕現させると、そこから魔力の網が飛び出す。それらは銀色狼を包み込み、逃げ場をなくしてしまう。

 銀色狼は魔力の網を食い破ろうともがくが、実の膨大な魔力により作り出された網はまるでワイヤーロープで編まれたように固く全く手が出ない。いくら大怪我をしないよう手加減していたとしても、ちょっと情けない格好だ。


「さて、残り二つでゴーレムを倒すとしますかね。」


 こちらには無傷のゴーレムが二体、ディバインが展開したシールドの先にも、もう二体ゴーレムがいる。そちらはなんとかディバインの張ったシールドを破ろうとしているが、サフィアスがウォーターカッターを要所に展開するために行動が阻害され、まともに攻撃ができていない。ただ、サフィアスの方もゴーレムの動きが予想外に速いので、致命傷を与えるに至っていない。

 実は残った二つの術式のうち一つを右手で掴むと火魔法を顕現、炎を高温に、そして細くしてビームサーベルのように炎の剣を創り出す。その剣で先程の攻撃を避けた二体のゴーレムに突っ込んで行くと、そのまま剣を伸ばして一体を串刺しにした。そしてもう一体がこちらに向かって来るのを確認すると、更に剣を伸ばして横薙ぎにスイング、伸ばした剣の範囲内になったゴーレムも一緒に真っ二つににすると、最後に残った術式で土壁を右側ゴーレムのシールド展開面以外の三方に展開して逃げ場を塞いだ。


「見せ場を作ってもらってありがとよ!ミノル!」


 サフィアスのウォーターカッターが、二体のゴーレムを細切れにする。それと同時に教師が終了の合図を発した。




「攻撃特化のサフィアスと、防御に定評のあるディバインが組むと中々良いパーティーになれるな。」


 魔法戦闘実習の教師が二人を褒める。実のように複数の術式を展開し、攻防一体で戦える魔法師はほとんどおらず、通常は二人のように攻撃か防御のどちらかに特化した魔法師同士でパーティーを組んで敵に当たるのだ。

 勿論、その場合は前衛が居ないので、最低一人は前衛で攻撃するメンバーが別途必要になる事が多い。


「ミノルは規格外だけどね。いくら膨大な魔力があるからと言って、まるで異なる術式を複数展開するのは上級者でもなかなかいないよ。しかも一つ一つの魔法がかなり強力だし、攻撃も防御もどちらもいけるから、手の足りない方にまわせるし。」


 ディバインは実を見て言う。彼の見たところ、実はもっと上級校で修行すれば歴史に残る魔法師になれると思っているようだ。サフィアスの方も、実の実力は上級クラス以上だと認識している。


 そんな事を言っているところへ、一人の教師が慌てて駆け込んでくる。


「大変だ!西の森に向かった調査団の連絡が途絶えた!だれか動けるやつはいないか?」

「西の森の調査団って、実と一緒に留学で来た女の子が一員になってたやつじゃなかったか!?」

「確かそうだったと思う。」


 今朝までは定時連絡があったらしいが、昼にあるはずの連絡がなく、こちらからの呼びかけにも応答がないらしい。この様な事は留学制度が始まって以来、初めての事だ。


「とりあえず救助隊の編成をしないといけない。一人でも多い方が良いので来てみたが、まだ基礎だから無理そうだな。」

「俺、行きます。」


 実はすぐさま参加を希望した。実習でそれなりに手ごたえを感じていたし、幾つか実戦でないと効果が試せないのもある。


「どうだ?」

「彼なら問題無い。実力は上級に匹敵するのは保障するよ。」

「ほう、上級に匹敵するか。なら一緒に来てもらおう。」


 教師達が実について確認しているなか、流石にディバインやサフィアスは足手まといになるのを自覚しているので、ついて行くとは言わずに実を心配そうな顔で見ている。


「坊ちゃまも、参加なさりまするか。」

「筆頭宮廷魔導師様!」


 そこに現れたのは、いつもと同じ高級そうなローブを身に纏ったウォースだ。彼は実を探る様に見つめると、すぐに表情を少し柔らかくした。


「その魔力量なら、参加させても大丈夫なようですな。では、今回の事項について説明しますので、参加予定の方はこちらに集まって下さい。」

「はい。」


 ウォースを中心に皆が集まる。先程のウォースの発言に何人かが疑問を感じたが、今はそれどころではないと説明を聞くことに意識を切り替えた。


「場所は西の森、斧の丘にある遺跡に調査団は居るようです。それと、多数の瘴気が同じ場所から感じられるとの王の言葉ですので、魔物の群れに襲われている可能性が高いと思われます。」

「西の森で人を襲う魔物の群れですか!?」

「そうです。今までほとんど例はありませんでしたが、状況から考えてその可能性が高いと思われます。」

「そうですか、了解しました。」

「騎士団から魔法騎士を五名、魔術師団から魔術師を五名参加させます。そちらは坊ちゃま以外には何人参加されますか?」

「坊ちゃまってミノルの事か?ミノル以外は今のところ教師八人を予定している。」

「全部で二十名ですね、人員的には充分でしょう。では、各員十五分後に正門前に集合して下さい。」

「了解!」


 救助隊の面々が準備のために散って行く。実もクラスメート二人に軽く挨拶すると、寮に向けて走って行った。


「ミノルって一体何者なんだ?」

「筆頭宮廷魔導師様が坊ちゃまなんて言うなんて…」


 ディバインとサフィアスのクラスメート二人は、現実に起こった事を正しく認識するのに時間がかかりそうだった。




「くそっ!なんでこんな枯れた遺跡に!」


 調査団の団長が遺跡の一室の入り口にシールドを展開しつつ、愚痴をこぼす。調査団が遺跡の確認をするために足を踏み入れたところへ、いきなり下位の魔物を多数引き連れた中位魔物「斑大熊」に襲われたのだ。

 運良く死者こそいないものの、通信を受け持っていた魔法師は怪我の痛みで通信のための術式展開ができる状態になかった。既に調査済みとは言え、魔物が出る事もありうる西の森。完全に油断だった。


 因みに、魔物のランクとして、下位、中位、上位とあるが、下位は一対一なら一般人でも勝てる可能性がそこそこある魔物、中位はそれなりに経験を積んだ冒険者でないと討伐できないもの、そして上位は一対一では決して相対せず、冒険者なら二つ名を持つほどの強力な力をもった者か、王国騎士団等の軍が対応する魔物になる。


 なお、「斑大熊」は全長が六メートルくらいの熊の魔物で、下位魔物を使役する特殊能力を持つ。性格は獰猛で、両前足の爪による攻撃とバインドボイス、そして使役した下位魔物を取り込む事での自己再生能力が特徴だ。特に爪攻撃はバカ力で振り回されるため、かすっただけでも体を吹っ飛ばされてしまいそうになるくらいだ。


「伊倉、お前運がねぇなぁ。」


 長期留学中の先輩が早苗に言う。彼はこの留学中に何度か調査団に加わって北の山や街道はずれの調査等を行ってきたが、こんな魔物に襲われた事はなかったからだ。


「そんなの予想できないですよ。それに、一応剣道やってましたし、こちらでも剣と槍の使い方は一応習ってて、自分の身くらいは守れますから。」

「そりゃ一対一の場合だろ。ゴブリンは意外と小賢しい面があって、からなず複数で対峙してくるから、こちらも複数でやりあうのが基本なんだぞ。それに、肝心の武器が手元に無いときている。」


 状況からの逃避行動か、そんなやり取りを先輩とやってる最中にもシールドを展開した魔法師グループのリーダーから悲鳴が上がる。


「ゴブリンの数が多すぎる!シールドで抑えるのにも限界があるぞ。」

「土魔法の使い手は居ませんか?とりあえず土壁で蓋をしておけば時間が稼げると思いますが。」

「土壁は有効だが、今の状態でシールド以上に強いのは作れそうにないな。」


 魔法師隊のリーダーが答える。土魔法で土壁を作るためには新たな術式を展開する必要があるが、今シールドを展開している状態ではそれ以上の術式を展開することはできない。しかも、もし展開できたとしても、その場合はシールドの効果が薄れ、土壁を顕現させる前に破られる事は容易に想像できてしまう。


「学院もこっちから連絡が無いから、何らかの異常が発生している事はわかっているはずだ。きっと救助隊を組織してやってきてくれるぞ。」

「そうですね、期待したいですね。」


 まさか既に瘴気反応で場所まで特定し、救助隊が出発しているとは思っていない早苗は、内心ではまるで期待していなかったものの、そう答えておいた。意味のない否定はするべきではなかったし、またそう返す事で皆の士気が下がって状況が悪くなるのは本意ではなかったからだ。彼女は特に武器になりそうなものが無いか、遺跡の一室の中や荷物の中の探索に没頭することにした。




「斧の丘が見えてきました!」

「全員、突入準備!」


 救助隊の面々は、「飛翔」の魔法で空を飛んで斧の丘に向かっていた。この魔法は地球側の知識を元に編み出された比較的新しい魔法だ。「浮揚」と同じく空を飛んで移動する魔法だが、「浮揚」は速度はそこそこでしかないが小回りが利くという特徴があり、逆に「飛翔」は速度はかなり速いが、殆ど小回りが利かず、ほぼ一直線にしか飛べないという特徴を持つ。実はウォースに飛翔のイメージを教えてもらってすぐに使えるようになっており、そのまま救助隊の一員として参加していた。


「遺跡入り口に斑大熊がいます!」

「ゴブリン、数はおよそ百!」

「まずは敵の意識をこっちに集めましょう。ど真ん中に降りて全方位にウィンドカッターを展開するから、遺跡入り口の確保を頼みます!」


 一刻でも早く遺跡内部へ突入する必要があると判断した実は、他の隊員の返事を待たずにウィンドカッターと傘状に顕現させたシールドの術式を展開しながら、ゴブリンたちの真ん中に突っ込む。シールドで着地点のゴブリンを弾き飛ばし、実を包み込むように展開したウィンドカッターの術式が顕現すると、水平に実を中心とした同心円状のウィンドカッターが放射される。

 自分たちのど真ん中に突っ込んできた人間に襲い掛かろうとしたゴブリン共が、自分の身に何が起こったかわからないまま目に見えない風魔法により体を水平に真っ二つにされ、命を落としていった。


 流石に一撃で全てのゴブリンを倒す事は出来なかったが、同じように帯状に展開した二度目のウィンドカッターで、ゴブリンは残り二十程度にまで減らす事ができた。あとは、討ち漏らしを個別に捌いていくだけだ。派手にやったおかげで、ゴブリン達は実一人をターゲットにしている。


「坊ちゃまが敵の目を引いている間に、遺跡入口の確保を!」


 特に守備に特化した魔法師の一団が遺跡の入口に向かい、橋頭堡を確保する。中は兎も角、外は実の奮戦であまり敵がいない状態なのが救いだ。


「斑大熊は今ので中に入り込んだ模様です!

直ぐに追いかけます!」

「三人程残敵殲滅に残して、他のメンバーは中に突入。とりあえずは範囲攻撃だと遺跡が崩れるので、魔法よりは武器での攻撃を主体にしましょう。」


 外にいたゴブリンを粗方片付けた実が、息も切らさずに走ってきた。やはり魔術師は、最後は体力勝負なのかもしれない。


「先頭は坊ちゃまと剣を使う兵を2人、その後ろに槍を2人、最後に魔法師を置いて後方の確保と遠距離攻撃を担当してくだされ。あと、交代要員も必要ですぞ!」

「応!」

「遠距離攻撃は可能な限り自重しましょう。遺跡が崩れたら、二重遭難になります。」


 兵士たちは、ウォースの指示を当然のごとく受け入れる。筆頭宮廷魔導師であるだけでなく、これまでのウォースの果たしてきた実績が兵士達の信頼を得ているのだ。


「では、出発!」

 実はウォースの掛け声と共に、遺跡の奥へと走り出した。




 遺跡の奥の一室、入り口のシールドは既に限界に達しようとしている。護衛の冒険者と騎士が剣や槍を持ってシールドが突破された時に備えて、シールドのすぐ後に位置取りを行った。


「少しゴブリンの数が減ってきた?シールドへの圧力が減ってきたように感じます。」


 魔法師が言う。実際、後方に居たゴブリンがいくつか見えなくなっているようだ。


「救助隊が来てくれたのかな。」

「そうだと良いがな。通信担当の魔法師殿の具合はどうだ?」

「治癒魔法でだいぶ安定してきました。もう少ししたら、通信も行えるそうです。」

「そりゃ良かった。」

「斑大熊が前に出てきた!こっちのシールドを先に突破するようだ。」

「ゴブリンは後方担当というわけだな。救助隊が来ている証拠でもあるぞ!」

「それじゃ、もうちょい頑張りますか。」


 魔法師達がシールドに魔力を追加して補強する。だが、それも斑大熊の爪攻撃を受けるまでだった。


「グァウ!」

「くそっ!まさか一撃でやられるとは!」

「入り込む前に三方から槍で攻撃だ!剣は間合いが近すぎて危ない!」

「再度シールドを張るぞ!術式の展開を!」

「すまん!シールドを張り直すには魔力が足りない!」


 騎士の指示で、槍持ちの兵と冒険者が両側から首と心臓に向けて槍を突き出す。斑大熊は、それらを煩わしそうに前足で払いのけると、右側の冒険者に向けて突進を開始した。


「うわぁっ!」


 こんな状況を予想していなかった、若くて経験の浅い冒険者が突進を避けようとして足を絡ませ尻餅をついてしまう。斑大熊は、その隙を逃さない。


「ゴウゥ」

「くそっ!」


 爪が冒険者に届こうかという時、横から投擲された剣が斑大熊の腕に突き刺さり、その方向をそらすことに成功した。

 苦悶の声を上げる斑大熊。その間に冒険者を、他の兵が助けだした。


「すまん、助かった。」

「まだ状況は良くないがな。」


 とりあえずは斑大熊の動きを止めたが、手負いの獣は始末に負えない。すぐさま激昂して攻撃を仕掛けてくるのは明白だった。

 斑大熊が室内の人間達を見回す。そして、最初の獲物を、荷物からナイフを見つけて手に持ったばかりの早苗に決めると、雄叫びをあげてその場の殆どの人員を一時的に硬直させ、再度突進の構えをとるのだった。



一話当たりの長さって、どのくらいが適当なんでしょう?

取り敢えず、暫くは一話当たりの文字数にかなりのバラつきがでるかと思いますが、温かい目で見てやって下さい。

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