第13話 後始末をしよう
ギリギリセーフ(只今22:34、通勤中のバスの中)
「うーん、まさか館全部を吹っ飛ばそうとするとは思わなかったよ。」
「応接間から離れた位置に術式を配置したみたいで、阻害魔法も使われたからギリギリだったのです。」
木葉夫妻がぼやく。ギリギリのタイミングで館を爆発させる術式が複数個展開されている事に気付いたアルテリア、実、ディバインが、風魔法の術式を展開して爆発魔法の威力を全て館の外側へ向くよう顕現させた。
その結果、館そのものの被害も最初のファイア以外は外壁が焦げたくらいで殆ど無く、中の人達も刺客として向かってきた者達以外は継治達の指示に従い、応接間に集められていた。
「さて、残りは隠し部屋のお二方か。」
既にマルクレッセン子爵の身柄は確保している。また、彼に忠実だった執事は継治に切りかかって返り討ちにあっており、既にこの世の住人ではなくなっていた。
「どうやら、ダルド伯爵とアッカルロ子爵のようなのです。」
探査魔法で隠し部屋を探索したアルテリアが、継治に報告する。
「あとは、第ニ隊以降に任せていいだろ。実、外に合図だ。」
「了解。」
今度は小さめのファイアを三つ、連続して空に放つ。それとともに館の周りに張り巡らせられた土壁が姿を消し、完全武装の兵士達が現れた。
「使用人達は基本的に何も知らされていないから、丁重に扱うように。子爵や伯爵は捕縛の上、目立たぬように城に連行する事。ただ、乱暴には扱うなよ。」
嗣治が指示を出す。兵士達が返事をして館内の各所へ散って行った。
「それじゃ、帰ろうか。」
こっちを向いた嗣治が、にっと笑って言った。その顔は王ではなく、ただの冒険者のようだった。
「今回の事件の中心人物であるダルド伯爵、アッカルロ子爵、マルクレッセン子爵は隠居して蟄居する事。襲爵時は本人のみで王都へ来る事。尚、これらが守られない場合は失爵とし、領地は王家で召し上げたのち、有能な法衣貴族へ下賜する。」
嗣治が玉座にて下した決定は以上の通りであった。可能な限り話が大きくなる前に対処したおかげで、マールの領主の館が半壊した事以外の話は広がっていない。そのため今回は温情判決としたのだが、次はないぞと釘をさす事も忘れてはいなかった。更に次の決定が発表される。
「それと、ディバイン・カーライルとサフィアス・ワンドライドの二名を騎士団見習いに採用する。」
今回、ディバインとサフィアスは騎士団見習いになる事が決定していた。推薦状どころの話ではない。マクスウェルからも「大丈夫でしょう。」との太鼓判を押されていたし、今回の仕事でも比較的冷静に対処していたことを認められての事であった。
「あー、学院どうしよう…。」
「それは大丈夫みたいだよ、ほれ。」
頭を抱えたサフィアスとディバインに、実が紙を渡す。そこには、学院の授業がある日は学生として授業をきちんと受ける事、授業が終わったら騎士団の訓練に参加する事という指示というか命令が書かれていた。ちゃんと国王と騎士団長の印もある正式な書類だ。
「これを学院長に見せてこいってさ。あと、来月からの留学生の一員にも選ばれたみたいだから、向こうで会えるな。」
実の伝えた最後の情報は、二人にとってかなり嬉しい情報だった。しかし、その後に続けられた言葉に顔をしかめる事になる。
「留学先では、母ちゃんの特別稽古が待っているんだとさ。」
「げぇっ!」
冒険者ギルドで実と再会してから、しばらくアルテリアとマクスウェルの稽古を受けていたが、これがかなりのスパルタで、二人とも可能ならば受けたくなかったのだ。
「ま、騎士見習いだから仕方がないな。俺と早苗さんも受ける事になってるから、そこは安心してくれ。」
「全然安心できないよ…。」
ディバインがぼやく。実はともかく、早苗は稽古に嬉々として参加しており、その実力は騎士団の団員の中でもかなり上の方に値していた。そんな中に普通の人であるディバイン達が太刀打ちできるわけがない。
「まぁ、早苗さんは実家が剣術家だからね。それに、ディバイン達も実力がないわけじゃない。充分騎士団の一員としてやっていけると思うよ。」
「それだと良いけどね。」
「ミノルがそう言ってくれたんだ。少しは励みになるかな。」
ディバインとサフィアスの表情が少し明るくなったのを確認し、実は二人と別れてマクスウェルのところへ向かった。嗣治に伝言を頼まれたからだ。彼は今、早苗と中庭で団員達を前に模擬戦を行っているはずである。
「早苗さんには伝えた方がいいのかなぁ。」
先程までとはうって変わって、実の表情は冴えない。嗣治とアルテリアから、ある事を言われていたからであった。
「伊倉さんって良い子なのです。」
「あの剣の腕前、向こうの世界に置いておくのは惜しい。何とかこっちに来て貰えないか、確認しておいてもらえないだろうか。」
どうも二人とも、早苗をかなり気にいったようだ。アルテリアに至っては、実の結婚相手として見てるようにも感じられる。
実としては、早苗を好ましい友人としては見てたが、恋愛の相手としてはまだ見れていない。早苗の方はわからないが、少なくとも嫌ってはいないだろう。だから、なおの事こういったことには慎重になるのだった。
「あの子、すげーな。」
「団長相手に互角に戦えてるよ。」
「俺らじゃ、何人集まっても勝てないな。」
考えながら歩いていたら、中庭に到着してしまったようだ。模擬戦はまだ続いていて、それを見る団員達の声が聞こえる。団員達の間から見てみると、早苗とマクスウェルが凄まじい速さで剣を打ちあっている姿が見えた。
「このくらいにしておこう。かなり時間が経ってしまったようだが、大丈夫かな?」
「特に予定があるわけではありませんから、大丈夫ですよ。」
二人とも肩で息をするくらいなのに、まだやり足りないようだ。だが、流石に見ている団員達の方にも疲れが見える。ここいらが潮時だろう、とマクスウェルは判断した。
「マクスウェルさん、父ちゃんが呼んでたよ。」
「はっ!すぐ向かいます。」
マクスウェルは団員たちに指示を出すと、嗣治の元へ向かって行った。団員たちは指示を受けて、持ち場に戻って行く。実は早苗の元に行くと、できるだけ平静を装って話しかけた。
「模擬戦、どうだった?」
「さすが騎士団長よね、こちらの動きは殆ど読まれてたわよ。でも、なんとか戦えたから良い勝負だったと言えるんじゃないかしら。」
早苗はにこやかに答えた。強い相手と戦えて喜んでいるあたり、バトルジャンキーの素質がありそうだ。ほっとくと、そのまま剣を持って素振りを始めそうである。
「あー、そう言えば、向こうに戻ってからも母ちゃんと剣術の稽古するんだって?」
「そうなの!アルテリア先生、あんなに剣術が上手だなんて思わなかったわ。ディバインさん達との稽古に参加させてもらうようお願いしてあるから、新学期が楽しみだなぁ。」
「ディバイン達は、かなり複雑そうな感じだったけどな。」
「えーっ、強くなれるんだから、そこは喜ばないと。」
「いや、あいつらの方が普通だから。俺も含めてね。」
「実くんは絶対普通じゃないよ。」
早苗がにっこり笑う。こうして改めて見ると、早苗はかなりかわいい部類に入る。一瞬見惚れた事に気付かれないよう、実はさりげなく早苗から視線を外し、話題を変えた。
「早苗さんも普通じゃないよ。そう言えば、遺跡の時は結構ギリギリっぽかったけど、何かあってたの?」
早苗の腕があれば、斑大熊くらい簡単に倒せるはずだったのだが、実が突入したときは結構ギリギリのように見えた。
「それがね、あのときは護衛も居たし、戦う必要ないって思ってたから何も持っていなかったの。
そしたらあの状態なもんだから、焦っちゃって。」
そう言えば、あの時はナイフ持ってたな、と実も思い出した。
「そっか、次からは気をつけようね。」
「そうだね。」
早苗は、今後こちらに来る事があったら剣を手放す事はないだろうな、と実は思った。魔物や賊が多いこの世界では、それが正解だと認識していた。
「そう言えば、『魔族』って何?」
「はい?」
唐突な早苗の質問に思わず質問形で返してしまった。
「いや、ほら、今回の事件って『魔族至上主義』って人達が起こした事件じゃない。だから、魔族ってどんな人達なのかなぁって思って。」
「ここ、魔族の国なんだけど…。」
「え?そうなの?普通の人と変わらないわよね。」
「うん、普通の人って言うか普人族と魔族の違いは、外見上は殆ど無いね。違うのは魔力保有量と、属性の偏りかな。魔族は魔力保有量が他の種族に比べて多く、闇属性に偏っている場合が多い。また、身体能力も普人族やエルフ族に比べると高いそうだね。」
「へぇ、随分優秀な民族なのね。」
「そうとも限らないよ。寿命は普人族と同じくらいなのに、子供が生まれにくいらしい。だから人口もエルフに次いで少ないんだって。」
「ふーん、でも学院なんてあるんだから、それなりに子供の数も居そうなんだけど。」
「あれ、ベアル王国で唯一の学校施設なんだよ。だから、あそこにいる子供の数が、ほぼベアル王国の全ての子供の数になるね。」
「だったら確かに少ないわねぇ。」
「だから、先代王とこの世界の神様の一人が、地球の神様と相談して作ったのが『異世界留学制度』なんだ。こちらの世界の人と交流しようとしても先入観があってうまくいかない可能性があるから、何も知らない異世界の人間と交流させようっていうのが目的だね。」
「へぇ、良く知ってるね。」
「母ちゃんから教わった話だけどね。」
実は敢えて説明しなかったが、この交流には『異世界間結婚』も含まれる。嗣治とアルテリアのような例だ。なので、そういう意味で早苗を狙っている学生は多かった。魔物の調査に没頭していた早苗はまるで気付いていないようだったが。
「まぁ、他に知りたいことがあったら、聞いてね。知ってる範囲で教えるよ。」
取り敢えず、そう締めくくっておくのだった。
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