第1話 異世界留学への出発
場面転換の改行を2行から3行に変更しました。
私立高瀬川高等学校。
異世界留学科二年の木葉実は、一学期までの成績から「異世界短期留学」の許可を得る事に成功した。
二年生で短期留学に行けるのは実を含めて三人だけだが、その実力は高く評価されており、向こうの世界ではそれぞれの希望する授業を受ける予定になっていた。
「伊倉さん、向こうでは魔物の生態系調査頑張ってきて下さいね。」
「はい、先輩方に負けない様、西の森を中心に調査してきます。」
「河内くんは兵科研究だったかしら。」
「そうです。魔法部隊を絡めた近接、遠隔攻撃部隊の運用方法について勉強してきます。」
「木葉くんは、魔法学の勉強でしたね。」
「一応潜在魔力は多いと聞かされていますので、何とか基礎くらいはできるようになってきたいと思います。」
校長の激励に三人それぞれの反応で返す。背が低くて可愛らしい伊倉早苗は長期留学中の先輩や向こうの世界の冒険者達と調査団の一員として西の森に籠る予 定で、逆にがっしりとした体型の割に、温厚そうな顔の河内浩一郎は王城の騎士学校で各種兵科研究へ、そしてごく普通の目立たない容姿をした木葉実は同じく 王城の魔法学院で魔法学基礎を勉強しに行くことになっていた。
「では、『間の神様』に『間』を繋いで頂きます。」
校長は窓際にあるドアの横にある神棚の前に立つと、そこに置かれた小さなベルを鳴らした。
「おぅ、もうこの時期ですか。」
神棚から声が聞こえる。意外と若い女性の声だが、実際には古来から日本で『間』を司っている神なので、決して若くはない。本人(?)に言うとかなり怒られるが。
「はい、今回も宜しくお願いします。」
校長も慣れたもので、声のギャップに戸惑う事もない。そのまましばらく待ってドアの鍵がカチャリと音をたてると、再度神棚から声がした。
「繋ぎましたよ。これから二週間、このドアはベアル王国の転移門に繋がっています。それを過ぎますと、向こうからでは王にお願いしないと繋ぐことができなくなりますので、遅れないよう注意して下さいね。」
「「「はい。」」」
三人の留学生が答える。
「では、いってらっしゃい。」
校長がドアを開け、三人はそこを通って異世界へと向かっていった。
「こちらでは、ここで待ち合わせになってたはずだよね。」
転移門を通ってすぐの広間で、三人は荷物を片手にぼうっと立っていた。向こうの案内人がまだ来ていないのだ。
「まぁ、まだ時間前だし、もうちょい待ってれば来るんじゃないかな?」
実がそう言うと、早苗も
「そうだね、規則でこっから勝手に動くわけにいかないし、もうちょい待ちましょうか。」
と返す。
「あー、早く来てくんないかなぁ。騎士団の装備とか、早く見てみたいぜ。」
と浩一郎は待ちきれない様子だ。
そこへ、ゆらりと魔法転移の魔法陣が地面に現れ、一人の案内人が転移してくる。
「お待たせ致しました。私、今回の案内人を務めさせて頂きますウォースと申します。」
背の高い、スリムな老紳士だ。着ているローブも一級品に見える。
「宜しくお願いします。こちらから、伊倉早苗さん、河内浩一郎さん、そして私は木葉実と申します。」
実がすぐに返す。
「「宜しくお願いします。」」
早苗も浩一郎も、その後に続くように挨拶する。
「こちらこそ、宜しくお願いします。さて、皆様方をまずは王城の謁見室までお連れ致します。こちらの魔法陣までおいで下さい。」
言われるがままに魔法陣の上に三人は移動する。
「それでは移動します。転移!」
ウォースの掛け声と共にエレベータで階下に下がるような感覚と共に目の前が光に包まれる。『間』による異世界転移とは全く違う現象に思わず目を閉じたが、そのうち瞼の向こうの光が和らぎ、目を開いてみると先程とは全く違う建物の一室に移動している事に気付かされた。
「このドアの向こうが謁見室になっております。王は気さくな方ですので、肩の力を抜いてお会いになって下さい。」
ウォースがドアを開いて三人に入るよう促す。全く物怖じしない実を先頭に、三人は謁見室へ入っていくと、そこで出迎えたのはまだ若い男性だった。実達の親くらいの年齢に見える。
「ベアル王国へようこそ。私が国王のワーロック三世だ。本当なら王妃も居なくてはいけないのだが、都合により城から出て暮らしているので、残念ながら出席が叶わなかった。」
ワーロック三世はまるで暗記した台詞を読むかのように言うと、この後、歓迎晩餐会を開くので是非出席して欲しい事と、各自がしばらく生活する寮についての説明を王自ら行った。
王城での歓迎晩餐会への出席を果たした留学生達は、それぞれ割り当てられた寮の部屋へと移動して行った。そんな中の一人、実が部屋に入ったところ、予想外の人物がそこに居た。
「王様ともあろう人が、こんなところで何やってんだよ。」
そう、ベアル王国国王ワーロック三世こと木葉嗣治が実の部屋に何時の間にか入り込んでいたのだ。しかも、実が暇潰しに持ち込んだ漫画を読みふけっている。
「おう、実。大きくなったなぁ。父ちゃんなかなか実に会えなくて寂しかったぞ。」
漫画から顔をあげ、実に語り掛ける嗣治の顔は久しぶりに息子を見る親の顔だった。
「一応ちゃんと王様やってんだな。母ちゃんに聞いてなかったら、びっくりしていたところだったよ。」
「そりゃあなんだかんだでベアル王国を救っちゃったからなぁ。異世界人の母ちゃんが地球に居て、地球人の俺がこっちで王様なんてやってるのも変なんだけど、お前の教育方針が『地球で過ごさせる』だったから仕方なかったんだよ。」
ぼりぼりと頭を掻きながら嗣治が言う。母ちゃんなんて言っているが、元はれっきとしたベアル王国第一王女だった女性だ。
本来であれば第一王女であった母親が女王となり、嗣治は王配としてあまり権力も持たずに過ごすつもりだった。ところが、
「私、子供は自分で育てたいのです。それには女王の地位は邪魔なのです。」
などと言ってベアル王国の権力全てを嗣治に押し付け、身重の状態で地球へ向かったのだ。実はそんな破天荒な母親から、
「お父さんは、いつもは遠くの場所で働いているの。あなたが大きくなったら、きっと会えるわよ。」
などと言われて育ってきた。実際父親とは今までほとんど顔をあわせた事がなく、異世界で王様やってると聞かされたのは高瀬川高校に入学が決まった時だったが、その時も今までついうっかり言い忘れてたという感じだった。
「明子叔母さんが居なかったら、多分かなり大変だったと思うよ。」
しみじみと実が言う。マイペースな母親に振り回されつつもちゃんと生活できたのは、現私立高瀬川高等学校の校長、高瀬川明子の存在が大きい。特別な技能 を持っているわけでもない母親が高瀬川高校でベアル王国公用語の教師になれたのも明子のおかげだ。但し、だからと言って実の高校入学の便宜を図ったわけではなく、高瀬川高等学校に入学できたのはあくまでも実力である。その上、実が所謂「王子」である事を知っている人間も高瀬川高校の理事と校長くらいでしか なかった。勿論今回の短期留学生の二人もこの事は知らない。
「今度地球に戻る時は、明子姉さんにもお礼言っておこう。」
王の仕事が忙しくなかなか地球に戻れない嗣治は、そう言って実の部屋を後にするのだった。実の漫画をしっかりと手に持って。