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Sea Wolf  作者: Noa.
5/12

待ち人

 通りすがりの船に拾われてから約一日。

 到着したのは、出発した港から考えて北西に位置する大きな町だった。大陸への玄関口とも言われ、それなりに他の島や国とやり取りがあるようだ。日に焼けて皆一様に浅黒い肌だが、俺たちと同じ人種だろうなということは分かる。

 だからというわけではないだろうが船員の人たちは揃って気のいい人ばかりで、こんな状態の俺たちに寝床と質素だがまともな食事まで出してくれた。

 お嬢様も、流石に初対面の人の前では借りてきた猫のように大人しくしていて助かった。

 ……まぁ大人しかったのは船員がいるところだけで、二人だけになるとコロリと態度が変わったのだが。流石に、同じ部屋でさぁ寝ようとなったときに、同じベッドで寝るんだと言い張られた時には困った。お嬢様を無理矢理気絶させて寝かしつけようかどうしようか本気で悩んだことは秘密だ。

 揺れる足元を離れ、しっかりとした地盤に足を落ち着ける心地よさを心から実感する。石畳万歳だ。

 色々あったが、こうして陸に足を着けることができて心底良かった。

 昨日の今頃、小船の上で自分を責めていたのが嘘のようだ。

 心地よい空気を肺一杯に吸い込み、大きく伸びをした。時刻は昼過ぎ。昨晩と今日の朝食を貰って昼食までご馳走になってしまったため、いくらか謝礼を渡した。

 船長――アーノルドと名乗っていた――は、そんなの構わないといってくれたが、受けた恩は返すのが主義だ。そう言ったら苦笑しながら受け取ってくれた。

 船は次の目的地へ行くため、荷物の出し入れに船員は忙しそうに動き回っている。

 ちなみに、乗っていた小船は必要ないため、そのまま船の脱出用にでも使ってくれと貰っていただいた。

「お嬢様、行きますよ」

「あ、待って」

 船員の人にお礼を言いながら手を振ってその場を離れようとしたところ。

「なぁ、あんた。俺のこと分かるか?」

「……いや」

 見知らぬ男に話しかけられた。背は俺と比べると二十センチくらい低く百六十センチくらい、船乗りらしいがっしりとした体つき、似合わない丸眼鏡をかけ、陽気な印象の男だった。恐らく船員として一緒に乗船していたのだろうが、たったの一日で全員の顔を覚えられるほど交流はしなかった。

 悪いが全く知らない。

「そうか、似た奴を知っていたんだが気のせいだったみたいだ」

 忘れてくれ、と笑いながら荷物の運び出しにいってしまった。

 何だったんだ?

「ねぇ、もしかして今の人、昔のイクスの知り合いかも……」

「……そうかも知れませんね」

 お嬢様が言う前にその可能性に気づいてはいたが、敢えて気づかないつもりでいた。昔の俺を知っていたとするならば、今の印象は全く違うだろう。

「知っていても、私には関係ありませんよ」

「でも……」

 名残惜しそうにしているお嬢様を少し強引に促して、俺たちは船を後にした。

 まずは帰りの船をこの辺で手配して、宿を探そう。一日くらいはまともなベッドで眠りたい。

 乗せてもらった船の船員にこの町に詳しい者がいたから、すでに地図は入手済みだ。かなり奥にいくと山を切り開いて町を広げたらしく道が急らしい。

 遠くを眺めればなるほど。立派な建物が建っているのが見える。王様のお屋敷かというような城だ。徒歩じゃあ絶対に行きたくない。

「よし、それじゃあまずは船探しかしら?」

「そうですね」

「大きくて早いのがいいわ」

「確かに、旦那様が心配されているかも知れませんし、早く帰れるに越したことはないですね」

「何言ってるの?」

「……は?」

「一攫千金狙うための船に決まってるじゃない!」

 まだそんなことを言ってるのか。

「財宝見つけて、縁談話なんて無かったことにしてやるんだから!」

「船を買うようなお金はありませんよ」

 俺たちの、いや俺の所持金は金貨が五枚、銀貨が八枚。少しグレードの高い宿を取るのに大体銀貨十枚程度、銀貨十五枚で金貨一枚分だ。ちなみに銅貨もあって、五枚で銀貨一枚。船なんて買える気がしない。

 ちなみにお嬢様に所持金はない。

「んー、それよねぇ。どうしてちゃんと持ってこなかったの?」

「主にお嬢様のせいですね」

「そんなこと言って、お父様に言いつけられても知らないから」

「無事に屋敷に帰れたら、いくらでもどうぞ」

 港の船着場に沿って気ままに歩くお嬢様についていく。

 まだ明るいが、日が落ちるのは早いはずだ。早めに宿だけは決めないとな。

 しばらく歩くと段々と倉庫が多くなってきて、人気が減ってきた。見知らぬ土地であまり人の少ないところにいるのは危険だ。そろそろ戻ったほうがいいかもしれない。

「どこかに船、落ちてないかしら?」

「船って落ちますかね?」

 思わず返したら「例えよ、例え!」と怒られた。

「あら?」

「どうしました?」

「あれ、船よね?」

 視線の先を辿ると、他の船とは離れたところに一隻だけ船が泊まっていた。

 あの船は……。

 思わず足を止めた。

 特に意味はない。意味はない、はずだ。

「どうしたの?」

「いえ……」

「あの船がどうかした?」

「なんとなく、珍しい船だなぁと思いまして」

「何が?」

 何がといわれても良く分からないが、何か異様な雰囲気というか……もう何年も人を乗せていないような、寂れた印象の船だった。それに、船体が真っ黒なのも気になる。

「ちょっと行ってみましょ」

「あ、お嬢様!」

 さっさと駆け出してしまったお嬢様を慌てて追いかける。知らない場所なんだから、もっと警戒して欲しい。

 船に近づいたお嬢様は、大きな船体を見上げて言った。

「……船ね」

「そのくらい見れば分かります」

「普通じゃないかしら?」

「いえ、普通だとは思うんですが……」

「その船に興味があるのかい?」

 聞いたことのある声に振り向くと、船を下りたときに話しかけてきた男が立っていた。丸眼鏡が似合わない、あの男だ。

「貴方の船なの?」

「いや、俺のじゃないさ。持ち主は数年前に死んじまってな。今は誰の船でもないのさ」

 誰のものでもない?

 こんな大きな港で、そんな船があるのか?

「じゃあ、売ってるの?」

「売ってもいない。盗もうとして乗ってみる奴はいるにはいるんだが、どうもな。出て行った奴は戻って来た試しがねぇ」

「どういうことだ?」

「つまり、曰くつきの船ってことだ。乗ったら最後、どこかに置き去りか海に放り出されるかして、この船だけがこの港に帰ってくる。そういう船なのさ」

 少し青ざめたお嬢様が、俺の袖を掴んだ。

 昔からのクセだ。怖いときや不安になったときには、俺の袖を無意識のうちに掴んでいる。

 そして、俺はここぞとばかりにからかうのだ。

「怖いんですか?」

「こ、怖くなんかないわよ!」

「へぇぇぇぇぇぇ」

「なによ! イクスだって」

「? 何ですか?」

「……なんでもない!」

「この港の奴らは皆、口をそろえて言ってるよ。ゴーストシップが健気に持ち主を待ってるんだ、って」

 ゴーストシップ?

 船体が黒いのはそのせいか?

「ってことは、乗っていたのは船員ゴーストなのか?」

「いや、違う。これがゴーストシップかどうかはわからねぇんだが、こいつの持ち主だったやつは海賊シーウルフだった」

「海賊……」

「あぁ、海賊連中の中では有名だったぜ。ゴーストシップを呼ぶ男ってな」

「……この船、誰でも乗っていいの?」

「そりゃ構わんが……やめとけ、譲ちゃん」

「お嬢様、それはダメです」

「えー、まだ何も言ってないじゃない!」

 言わなくても分かる。それに、その答えを出した時点で言ったも同然だ。

「さっきの話、聞いてなかったんですか?」

「だって、せっかく落ちてるし……」

「怖がってたくせに」

「むぅ。これで行けるじゃない!」

「許可できません」

「どこか行きたい場所があるのかい?」

「一攫千金を狙ってるの!」

 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ人前で恥ずかしげもなく……。

 誰か俺のために穴を掘ってくれ!

 そんなことを堂々と人前で言わないで欲しい。恥ずかしくて仕方ないだろ。夢見がちにも程がある。

 聞いた男は、丸眼鏡の奥にある小さな瞳を大きくして、腹を抱えて笑い出した。

「すみません、少し事情があるもので……」

「何よ、いいじゃない! 私は縁談を破談にするの!」

「いやいや、悪かった。別に一攫千金で笑ったわけじゃない。あー、いや、そこではあるが、そうじゃない。笑って悪かった」

 目の端に涙を浮かべて、苦しそうに言う。

「なんか知らんが大変そうだな。船を捜してんのか。よければ俺んちで茶でも飲んでくか?」

 どうしてそうなる。

 断ろうとしたが、素早くお嬢様が喜びの声をあげた。

 図々しすぎんだろ。

「いえ、私たちはこれから宿を探しにいくつもりなので……」

「ちょうどいい。泊まってけよ」

 部屋は余ってるからなと笑って言われても、困る。

 人の親切を疑うのは良くないとは思いつつも、見知らぬ男にそこまでしてもらう義理はない。

 悪いが断ろうとしたところ、男がちょいちょいと指を動かした。少し寄れということか。

 身長差があるから少し屈んで顔を近づけた。

「最近町じゃ海賊シーウルフの動きが見える。余所者の海賊だ。悪いことは言わねぇよ、うちに泊まっとけ」

「……」

「な?」

 陽気に笑った顔は、嘘をついているようには見えなかった。


舞台裏……


買い物を終えて家に帰る途中。

近道をして倉庫の影から海側に出ると、ついさっき分かれたばかりの男女がいた。

お嬢様と胡散臭い執事。

近づくと、会話が聞こえてきた。

「……船ね」

「そのくらい見れば分かります」

「普通じゃないかしら?」

「いえ、普通だとは思うんですが……」

何か違和感があるらしい男に、俺は声をかけた。

「その船に興味があるのかい?」

振り向いた表情が数年前に行方知れずになった友人にそっくりで、思わず息を呑む。

だが、俺のことは全く知らないそぶりだから、きっと他人の空似なんだろう。

それでも、もう一度あんたに会えた気がして俺は、嬉しくなっちまったんだ。

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