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Sea Wolf  作者: Noa.
3/12

Ghostship


 そんなわけで、現在に至るわけである。

 旦那様の船は既に行ってしまい、点ほども見えない。

 あぁいいさ、お前が悪いと攻めてくれよ。

 硬い小船の上で一晩を明かして起きてみれば、昨日の俺はどうかしていたとしか思えなかった。どう考えてもお嬢様を縛り付けて旦那様に報告するのが筋だったはずだ。

「一攫千金、巨万の富を手軽に得ること、でしょ?」

 ご丁寧に一攫千金の説明をしたお嬢様は、何故か嬉しそうな顔をしている。褒めてくれと言いたそうな顔だが、褒められるわけがない。

 この状況で手軽に金が手に入る方法を教えてくれ。

 下手すりゃ食い物が得られ無いまま干からびてあの世逝きだ。

 紹介が遅れたが、この能天気で頭の中にお菓子が詰まってそうなお嬢様は名前をドリス=コティベルトという。使用人の中にはドリィお嬢様と呼ぶものもいたが、俺は普通にお嬢様と呼んでいる。旦那様の一人娘で亡くなられた奥様に段々と似てきていると最近よく感じるようになった。手入れの行き届いた長い黒髪を貝殻で出来た髪留めで留め、白い日傘と薄い桃色のドレスを着ているその姿は、生き写しのようだ。

 まぁ、十六歳の誕生日を迎えたばかりで、まだまだお子様なところもあるが。

「ねぇ、イクス。船ってどうしたら前に進むの?」

 お嬢様このまま沈んでくれないかな、と思うこともしばしばだ。

 いや、俺は仮にも執事だ。お嬢様の安全を第一に考えることも勤めのうち。

「昨日乗った大きな船には、マストという布でできた帆がありましたよね?」

「あの、何枚かついてるやつね?」

「そうです。それが風を受けて進むという方法があります」

「他には?」

「他には人力ですね。このオールを使って漕ぐんです」

 一本しかないけどな。心の中だけで呟いた。

「じゃあ、イクス頑張って!」

 言うと思ったよ。

 だが、現実的にそれしかない。

 ため息をついて、着ていた服の袖をまくる。

「お嬢様、危ないのでとりあえず座ってください」

「いや」

「いやじゃなくてですね」

「だって、座りにくいもの」

「じゃあそのままバランスを崩して海に落ちて魚の餌になってもいいんですね?」

「そのときは、イクスが助けてくれるでしょ?」

 あぁ、助けてやるよ。

 執事だからな。

 でも、これ以上面倒を増やしたくないんだよ。

「……いくらでも助けますが、そのままでは俺が不安で仕方ないので座っていただけませんか?」

「むぅ。分かったわ」

 やれやれ、だ。

 オールを左右交互に漕いで舟を進めていく。懐中時計と太陽の位置で進む方角だけ決めて、あとはひたすら陸を目指すだけだ。

 どこに着くかは分からないが、まぁ陸に上がれれば何とかなるだろう。上がれれば、な。

「なんていうか、なぁんにもないのね」

「そうですね」

「この海のどこかからイクスは来たのよね?」

「さぁ、どうでしょう」

 自分がどこから来たのかなど、興味はない。

 イクスと呼ばれている俺は、海に流され海岸に倒れていたところをお嬢様に助けられたのだ。それ以前の記憶はない。

 この名前も、お嬢様がつけてくれたものだった。

「一攫千金はやめて、イクスの記憶探しの旅とかでも面白いわね!」

「そんな状況じゃないでしょう。少なくとも今日中にどこかの船に拾われるか、陸地に到着しなければ私は良くともお嬢様は飢え死にします」

「何よ、夢がないわね」

 夢?

 そんなもの無いさ。

 俺は今のままで十分満足だ。昔の自分なんて知りたいとも思わない。

「記憶が戻って、俺がとんでもなく悪い奴だったらどうするんですか?」

「悪い奴って、どんな?」

「例えば、海賊(Sea Wolf)とか」

「いいわ、別に」

 いいのか。

 というか、アレだな。海賊を分かってないパターンだな。

「いいですか。海賊ってのは……」

「それくらい知ってるわよ! 商船や金持ちの船を狙って襲い、金銀財宝を盗んでいく奴でしょ」

「正解です。捕まれば打ち首・晒し首は必死」

「大丈夫、黙ってればバレないもの」

「……」

 どうやら記憶が戻った後もお嬢様に仕えることは決定事項らしい。別に構わないが。

「海賊……そうよ、海賊だわ!」

 今度は何だ。

 またくだらないこと言い出すんじゃないだろうな、このお嬢様は。

「海賊から財宝を盗めば簡単じゃない!」

「それは犯罪です!」

 思わず即答した。

 海賊といえども盗むことに変わりはない。法的には罰せられるというか、持ち主に返すからという名目で取り上げられる。

「えー」

「えーじゃありません」

「うー」

「うーでもないです」

「じゃあどうしたらいいのよ」

 俺が聞きたいんだよ!

 そもそも、一攫千金なんて簡単に実現できるなら皆が億万長者だ。

「宝の地図でもあれば別ですけどね」

「それならあるの」

「まぁ、そんなものあるわけ……」

「見て、これ!」

「あるわけ……」

 あった。

 本物かどうかはさておき、なんだか古びた紙にどこかの島とバツ印。しかも良く見れば手書きだ。

 ……手書き、か。

「お嬢様、これいつ書いたんですか?」

「あたしが書いたんじゃないの!」

「じゃあ、旦那様ですか?」

「違くて……あの、えっと……昔会った人に貰ったの」

 昔?

 俺が助けられる前か。

 知らない人からモノを貰っちゃいけないって、教わらなかったのか?

「何よ、そんな疑うような目で見なくてもいいじゃない」

「あぁ、すいません。疑ったわけではないです」

「じゃあ、信じてくれる?」

「まぁ、一応」

 お嬢様の手書きじゃないということは分かった。

 それにしても、これは何なんだ?

 まさか本当に宝のありかとは思えないが……。

「その人が言ってたの。ここに俺の全てが眠ってるって」

「具体的にどんな人だったんですか?」

「え、えっと……」

 なんで頬が赤くなるんだ?

「髪の毛は黒くて少し長め。会ったときには結んでたわ。凄く野生的な雰囲気で、逞しくて、綺麗で、海賊っぽい人だった。腰にナイフを下げてたけれど、ちっとも怖い感じはしなかったの」

「へぇ」

「俺にはもう必要ないが、欲しいかって言ってたから欲しいって答えたのね」

「答えたんですか」

「そう。そうしたらこの地図をくれたの」

 話を聞く限りでは、海賊なのかイマイチ判断がつかない。そもそも、自分の財宝を他人――しかも見知らぬ女の子に渡すか?

 俺ならしない。

「それは間違いなく罠ですね」

「えー」

「ちなみに、その島ってどの辺なのか分かりますか?」

「勿論よ、家から一番近い港を起点にして西へ進んだところにある島だわ」

「調べたんですね」

「えぇ、ばれちゃいけないと思って夜中にコッソリお父様の書斎から地図の本を引っ張り出して……大変だったわ」

 そんなことをしてたのか。

 まぁ恐らくその海賊とやらはお嬢様をからかって遊んだだけだろう。それでも一応……一応頭の片隅に入れておこう。

 とりあえず、今は現状打破が必要だ。

「ねぇ、イクス。なんだか空が暗くなってきた気がするのだけど、気のせいかしら」

「いえ、私も思っていました。太陽も隠れてますし、雲が明らかにさっきまでと違います」

「雨でも降るのかしら?」

 この状況で雨とか、冗談でもやめてくれ。

 一気に沈没、そして海の藻屑へ……なんてことになったら洒落にならない。

「あら? あれって船よね?」

「え……」

 遠くに、確かに大きな船が見えた。さっきまでは確実に居なかったはずだ。

「あれに乗せてもらいましょ」

「……えぇ、そうですね」

 そう答えたものの、何かが違うと脳が危険信号を出している。

 まるで黒い雲を引き連れてやってきたかのようなその船は、あっという間にこちらに近づいてきた。船体が大きくなるにしたがって、違和感が大きくなる。

 一つはあの船のマストがボロボロだということ。

 もう一つは、風向きと違う方向に進んでいるように見えることだ。

「すみません、誰か船っ……!」

「日傘を閉じてじっとしててください」

 大声で船に声をかけようとしたお嬢様の口を慌てて塞いだ。声を低めた小声で言うと、逆らえないと思ったのか大人しく差していた傘を閉じて、こちらを窺うような表情をされた。

 怯えさせてしまって申し訳ないと思いつつ、大きな船に目を向ける。

「なに、あれ?」

「しっ! ゴーストシップです」

 死を呼ぶと言われる古びた船が、目の前に迫っていた。


イクスはxエックスのドイツ語読みから。

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