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Sea Wolf  作者: Noa.
12/12

ゴースト

 ズキズキと痛む頭を押さえつつ、俺はお嬢様に聞いた。

「お嬢様。タカラとやらの場所を知っていたのなら、わざわざ攫われてくる必要もなかったし、何より私たちがタカラを知っているなんて話もする必要は無かったのでは?」

「正確には、知っているというか……見たというか……」

「それなら、甲板の上で教えてやれば良かったでしょう」

「そうなんだけど……」

 何やら言いたそうではあるが、上手く言葉が思いつかないのか、単に言い訳を考えているのか……。中々次の言葉が出てこない。その様子に頭痛以上にイライラが増してきた。

 昨夜からのお嬢様の単独行動で、心配して安堵して心配して安堵して……。いい加減疲れたし腹が立つ!

 何か言おうとしては止めるの繰り返しが、余計に俺を苛立たせる。

 言いたいことがあるなら言えよっ! 黙ってちゃ分かんねぇだろうがっ!

「いい加減にっ……」

「なぁ、嬢ちゃん」

 イライラが頂点に達した俺は声に力が籠もって、我慢の限界はとっくに超えていたのだが……。

 このタイミングでツェットが割り込んできた。ついでに、俺の出掛かっていた震える拳を掴み、押さえ込む。

 太い腕は見た目通り、力強い。

 押しても引いても動かない拳に、更にイライラが募る。つまらない反発心なのは分かってた。だが、収まらないし収める気もない。

 ツェットがお嬢様に何か話しかけているが、もう聞く気すら起きなかった。

 そもそも、こんな知らない場所に来る予定なんてなかったんだ。それが、誰かのせいで海に出て、変なおっさんに会って、海賊に襲われて、曰くつきの船に乗せられて……。挙句、長い距離を泳がされて、心の底から心配したってのに、実はそんな必要なかった?

 いい加減にしろ、俺を何だと思ってる!?

 怯えた表情のお嬢様が俺を見ているのが、視界の隅に映っていた。普段なら申し訳なく思うところだが、今の俺にはいい気味としか思えない。

 だからさ。

 あんたが掴んだ腕がピクリともしないのも腹が立つし、あのお嬢様の味方するのも癪に障るんだよな。

「……せ」

「あ?」

「放せ!」

 力の限り叫んで掴まれていた腕を振り払った。

 刹那、突風が起きる。

 目を開けていられないような風は俺が発生源かのように、一瞬にして周囲に影響を与えた。

 ツェットの大きな体が宙を舞った。周囲を囲む岩壁を目指して空高く上がって、しかし岩壁には届かないまま急降下していく。それが何故かゆっくり見えて、まるで劇の一幕のように感じられた。

 見上げた視線をツェットに合わせて降ろすと、周囲の景色がさっきまでと変わっていた。明るい空の下、居る筈の無い者たちが俺を囲むように立っている。

 前に見たことのある姿だ。そう、あの岩場の夢に出てきたゴーストたち。それが、俺の周囲にいた。

 なんだって、いきなりこんなところにゴーストが居るんだ?

 夢か?

 あぁ、そうか。

 俺はどうやら立ったまま夢を見ているらしい。

 そうだよな、いきなりツェットの身体を吹き飛ばすような突風が出たり、ゴーストが出てきたりなんてしない。

 いち、に、さん、し……全部で十体。見た目はパッと見たところ皆同じ、黒い外套で覆われた姿をしている。

 俺はこいつらをずっと前から知っている。首元についている薔薇の蔦が絡まった髑髏の小さな飾り。

 地獄の四番隊だ。

「よぉ、お前たち。久しぶりだなぁ」

 声をかければ、心なしか空気が重くなった気がした。いつの間にか太陽が陰り、黒い雲がすぐそこに見える。

「イクス?」

 お嬢様の声。見ると尻もちをついた状態で立ち上がることもせず、泣きそうな表情でこちらを見ていた。突風にあおられたらしく、あちこち傷になっている。

 いつもなら真っ先に駆け寄って大丈夫かどうか聞くところだが、今の俺にはいい気味としか思えない。これでわがままも少しは減ると嬉しいんだが……。

 命令ヲ……。

 隊長格のゴーストが指示を求めてきたが、別に何かをやって欲しいわけではない。

 《海泣き》たちは、銛のような武器を構えてはいるが襲い掛かってきそうにはなく、俺たちを囲んで様子を伺っている。どうやら警戒しているらしい。よく出来た夢だ。

 命令ヲ……。

 再び求められた。

 ここで騒ぎを起こすのは避けたいし、そもそも夢の中でやって欲しいことなんて、何も無い。

 命令ハ無イ、ノカ?

「簡単に言うと、そうだな」

 ソウ、カ。

 俺としては、このまま消えてくれて俺も夢から覚めるというのが理想的だったのだが。隊長は何を了解したのか、そのまま剣を抜いた。それに習うように周りのゴーストたちも剣を抜き、《海泣き》に今にも突っ込んでいきそうな雰囲気だった。

 ここでふと、疑念がわいてきた。

 これは本当に、夢なのか?

 あそこで一人不安そうにしているお嬢様は、本当に俺の妄想か?

 思わず、自分の左手の甲を抓った。

 思い切りやったから、予想以上に痛い。

「夢……じゃ、ない……?」

 いや、待て。じゃあ、さっき吹っ飛んだツェットは!? 生きてるのか?

 落ちた方向に視線を向けるが当然ツェットの生死の判断などできない。

 それよりもまず、今にも動き出しそうなゴーストたちを止めなくてはならない。何か適当な命令を!

 命令、何かないか……?

「命令だ」

 隊長格のゴーストがこちらに視線を向けたのが分かった。

「《海泣き》たちのタカラを盗んだ奴らを捕まえろ」

 とっさの思いつきにしては、いいアイディアだと思った。こいつらに見つけてもらえば、俺たちが苦労する必要は全くない。あの《海泣き》たちとも和解できて、お互い気持ちよく分かれることが出来る。

 が、少しの間をおいて返ってきた返事は……。

 承諾デキナイ。

 何でだ、お前たちの望んでいた命令だろう!

 タカラハ自ラ出タ。盗ンダ奴、ナド居ナイ。

「一体、どういうことだ?」

 我等ハ行クゾ……。

 行く? どこへ?

 帰るのかと期待したが、明らかな闘志と殺意を感じる。

「やめろ!」

 俺の制止の言葉は命令には入らないらしい。

 ゴーストが《海泣き》たちに突っ込んでいくのを、止める術が分からなかった。ただでさえ、さっきの突風で《海泣き》たちの中には負傷者が出ているのだ。負傷していない者たちも引け腰で最低限の応戦ができるかどうかも怪しい。

 それはそうだ、彼らはゴーストがどんなものなのか知っている。この世の生き物ではないゴーストとは戦っても意味がない。だから、突風で負傷者が出てもじっと堪えて成り行きを見守っていたのだ。その彼らに向かってゴーストが切り掛かる。

 四番隊は地獄の精鋭。一対一は愚か、二対一でも勝ち目はない。生身の体は一撃でも受けたら終わりだが、対するゴーストには死という概念がないのだから……。

 やめてくれ!

 俺はもう、何も見たくない!

 誰も傷つけたくない!

 一体を止めるため、走って追いかけ手を伸ばす。だが、俺の指はまるで空気をつかんだかのように、何に触れることも出来なかった。確かに黒い外套を掴んだはずなのに。

「クソッ」

 あぁそうか。

 俺はゴーストに触れない。その代わり、奴らも俺に触れられない。だから、呼び出した俺の身の安全が保障されるのだ。

 今のところ数人でゴースト一体ずつを相手に《海泣き》たちは応戦しているようだが、時間の問題だ。何をしてでもあのゴーストたちを元いた場所に返さなければならない。

 そういえば、お嬢様は……?

 お嬢様はどこだ?

 さっきまですぐそこにいたあの少女は……どこにいる?

「お嬢様!」

 どこにいても声が大きく目立つくせに、こんなときに居場所が分からない。

「探さなくては……」

「まぁ落ち着けよ」

 遠くばかりを見ていた俺の目の前に、いつの間にかツェットが立っていた。あちこち血まみれのひどい姿だが、2本の足でしっかりと立っている。

「ツェ……っ!」

 生きてたのかと言うことも、謝ることも出来なかった。

「お前さんは、いつもこうだな」

 それが、最後に聞いた言葉だった。

 腹を殴られた俺は、そのまま気を失った。


少し短めですが切りが良かったので。。。

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