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Sea Wolf  作者: Noa.
11/12

だから、どうしてあんたはそうなんだ!

「お嬢様、一応確認させて頂きますが、お怪我はありませんか?」

「見ての通り、元気よ!」

 そうですか、残念です。などと、執事兼教育係りである俺が言える訳もなく。もう少し怖がっていたり、不安がっていたり、ちょっと怪我していたりしてくれれば、俺のさっきまでの不安やら心配やら焦りやらそんな気持ちも落ち着きを取り戻せるのに、なんだかモヤモヤしたものが消えてくれなくて、そっとため息を吐いた。

 こんなに元気だと、むしろ自分から付いて行ったんじゃないかと疑いたくなる……。

 いや、駄目だ。雇い主の娘さんを疑うなんとこと、してはいけない。

 そう、してはいけないんだ。だから俺は元気そうで良かったという意味を込めて、笑顔で言う。

「元気過ぎて不自然なくらいですね」

 そう、不自然なくらい元気そうで良かった。本当に良かった。

 笑顔で言った俺に、明らかに動揺を示すお嬢様。

 気まずそうな表情から俺は悟った。俺の疑念が真実であったと。

 つまり、お嬢様は自分からこの得体の知れない生き物たちに付いて行ったのだ。

「何で付いて行ったんですか?」

「付いていってなんか……」

「お嬢様……」

 叱られた小動物のように縮こまる姿は、まだまだ幼いあの頃を捨て去ってはいない。

 なんとか言い訳を探していたらしいが、無理と分かると言い辛そうにお嬢様は口を開いた。

「だって……困ってたんだもの」

「困ってた?」

「そうよ、困ってたの。大事なお宝がどこかに行ってしまったって。それで、私達の船に乗り込んできたみたいなの」

「だからって、どうしてそれでお嬢様が攫われていくって話になるんです?」

「えー、私を攫えばイクスが助けに来るでしょ? そうしたらお宝を探してくれるかなぁって」

 俺は静かに拳を握った。

 震えるそれを、そっと後ろに隠す。

 このお嬢様はやることなすことが常に極端すぎる。

 それはもう俺を助けてくれた頃から変わっていなくて、そこが可愛いと思うことが無いわけではないが、それでも今のようにイラッとすることも多いわけで。

 それならば、何故あの時俺たちを呼んで声をかけない?

 何だって俺はこんな潮臭くなりながら、命がけで助けに来てるんだ?

「あんた、いや、お嬢様。着いていって無事だったから良かったものの、とって食われて今頃骨になってたらどうするつもりだったんですか?」

「いいじゃない、生きてるし」

「一攫千金はどうなったんです?」

「勿論、これが片付いたら再開するわ」

「そうですか……」

 平たい胸を精一杯張って、主張してくるお嬢様から視線を外す。

 沢山の視線を浴びせる《海泣き》のミニチュアは、まぁどう見ても海泣きの幼生だろう。いち、に、さん、し……十匹、この場合二足歩行だから十人か? まぁどちらでもいい。とにかくそのミニチュアたちは、珍しい奴が来たとばかりにこちらを観察するかのようにじっと見ている。

 更に成体と思われる俺達を連れてきた奴らもこちらに寄って見つめてくる。

 魚のようなギョロっとした大きな瞳が見つめる。

 やめてくれ、減るから!

 俺はとりあえず場を繋げるつもりで、未だ寝転んだままのツェットに声をかけることにする。

「ツェット、生きてるか?」

「あぁ、まぁ今のところ」

「今の聞いてたか?」

「あぁ、大体な」

「俺の教育不足で巻き込むことになったのは、すまない」

「よせよせ、俺は好んで付いて来てんだ」

 よっこらせと立ち上がる。

「まぁ、あれだ。たぶんだが、何とかなるだろ」

「楽観的だな」

「そう思って何とかならなかったことが無いからな」

「じゃあ後は任せた」

「それはまた別の話だ」

 何なんだよ。

 そうこうしているうちに、海泣きの中でも一際目立つ奴が一歩前に出た。派手な飾りに身を包んで、この群れのリーダーのような風格だ。

「オマエタチ、タカラ、カエセ」

「いや、ちょっと待て」

 思い出せ。

 俺たちはお嬢様と合わせてくれたらタカラを3人で取り返しにいくと言った。だが、タカラの場所は知っていると名言してしまっている。ということは、だ。

 今すぐにやられるということはないが、どこに行くということは言えないと、まずい。

「俺たちは三人で、今からタカラを取り返しに行ってくる。だから、もう少し待ってくれ」

「ウソ、ツクノカ?」

「いやいやいやいや、嘘じゃない。始めからそう言ったはずだ、なっ!」

 横に居るツェットに同意を求めるが、何やら遠くに視線をやっていて返事がまともに返ってこない。

「ニンゲン、スグニ、ウソイウ」

「嘘なんてついてないって」

 男をだまくらかして餌にする奴らに嘘つき呼ばわりされるのは不本意だが、今はそんな場合ではない。

 気づかない振りをしていたが、奴ら成体のうち半分は銛に似た道具を手にしている。それがどういう使われ方をするのかなんて、考えたくも無い。

 人以外の生き物の表情なんて見分けられないが、心なしか怒っているのが伝わってくる。銛を持つ手に力が込められてるのは気のせいじゃないはずだ。

 《海泣き》が海泣き語で会話を始めた。遠巻きに見ている海泣きたちも何やら加わって、煩い。

 俺たちはといえば、事態が好転するのをじっとして待つしかない。

 会話がやんだ。

 つまり、俺たちの処遇が決まったということだ。何やら偉そうな奴が一声あげると、一斉に銛の先がこちらを向く。

「イクス……」

 俺の袖を掴んで身を寄せるお嬢様。能天気な頭にも、これがかなり不味い状況ということが把握できているらしい。

 そして、俺も執事としてやるべきことを思い出した。

 危うく忘れるところだった、俺の大切な使命だ。

 小声で、言う。

「お嬢様……怖いんですか?」

「こ、怖くないもん」

「怖いんですね」

「ちがっ!」

「へぇぇぇぇぇぇ」

 からかうと、白くて柔らかい頬が大きく膨らんだ。

「大丈夫ですよ。なんとかしますから」

 小さな頭を撫でながら、逃げ道を探す。

 俺にはお嬢様を旦那様の元へ返すという大事な使命がある。事態の好転なんて待っている場合じゃない。

「参ったな、あいつがいねぇ」

「あいつ?」

 横で呟いたツェットに聞き返した。どうやら、さっきから明後日の方を見ていたのは、誰かを探していたかららしい。

 とはいえ、此処は《海泣き》の巣だ。

 知り合いがうっかり歩いているとは思えないが……。

「ツェット!」

「あ?」

「ツェット、何してル?」

 《海泣き》の群れから何か知らない奴が出てきた。勿論見た目は《海泣き》だが、言葉が流暢だ。

「お前さん、マーレか?」

「そうだヨ」

「良かった、居ないかと思ったぜ。ちょっと助けてくれないか?」

「なんか、大変そうだネ。ちょっと待っテテ」

 ツェットと知り合いらしいその《海泣き》もといマーレは、あの俺たちを連れてきた集団に何やら知らない泣き声で対応してくれた。

 何か知らないが、一先ず助かったらしい。

「ねぇねぇ、だぁれ?」

「さぁ……」

 小声でお嬢様が聞いてきたが、俺が知るはずはない。

「何とかなったな」

「あんた、知り合いか?」

「昔ちょっと、な」

「あぁ、騙されて食われそうになったクチか」

「残念、騙されて食われそうになってたあいつを助けたクチだ」

「……だ、そうです」

「ふーん」

 なにやらつまらなそうに言葉を返すお嬢様。

 一先ず助かると分かったからか、袖を掴んでいた指はいつの間にか離れていた。

 なんとか話がまとまったらしく、マーレとやらがこちらに近づいてきた。

「ツェット、此処まで泳いできたノ?」

「あぁ、流石に疲れた」

「あはは、そっちの二人は?」

「こっちはイクス、この嬢ちゃんは……あー、なんだったかな」

「ドリィです」

 俺の顔を見つめて、マーレは首をかしげた。

「イクスって……」

「あー、ちょい待ち」

 何やら言いたげな彼(?)を遮って、ツェットが少し離れたところに行ってしまった。

 何だ? 過去の俺の知り合いか?

 それにしては、一目で声をかけては来なかったよな。

「イクス、ひょっとしてあのマーレって……」

「何を言おうとしているのかは分かりますが、多分違うと思います」

「えー、全部言わせてくれてもいいのに……」

「必要ありませんので」

「むぅ」

 膨れているお嬢様は放っておいて、現状を考えてみる。

 マーレとやらのお陰でなんとか場は治まったものの、やはりタカラとやらは探しに行かなくてはならないだろう。

 でも、どこに?

 しかも、此処から出ようとするならばもう一度海に潜って外に出なくてはいけないはずだ。

 正直、今日はもうこれ以上海に潜りたくない。

「イクス、こいつがタカラ探しに付き合ってくれるってよ」

 戻って来たツェットは、何やら嬉しそうに言った。旧友に出会えて喜びも一押しというのは分からないでもないが、肝心の手がかりが何も無い。

「それはありがたいが……肝心のタカラって奴の在りかが分からない」

 ついでに言うと、船もない。

「あ、それは知ってるの」

「お嬢様、今はそれどころじゃ……は?」

「だから、知ってるの!」

「嬢ちゃん、今知ってるって言ったか?」

「そう言ってるじゃない!」

 全身でムキになるお嬢様。


 だって……それじゃあ俺達は、何でここに来たんだ?




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