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Sea Wolf  作者: Noa.
10/12

作戦はいつだって流れに身を任せて

 オレンジ色の髪の毛は水に濡れてぺたっと肌に張り付き、ツルツルとした肌に見えたのは恐らく鱗、人と同じ形をしてはいるが手足に発達した水かきがついていて、水の中に棲む生物であると一目で分かる生き物――それが、一瞬だけで捕らえることができた《海泣き》の第一印象だった。

 海の中に入ると、待ち構えていた奴らの仲間が一斉によってきて、あっという間に捕らえられ……。

「お嬢さっ……!」

 気がつけばロープで巻かれてどこかの洞窟にいた。

 夢か……。

 どこからが夢?

 まさかお嬢様が白昼堂々船の上から攫われたところじゃないよな。やっぱりあれだ、旦那様の船から逃げるように家出というか船出したところあたりから夢だと思う。

 むしろそうであって欲しい。

 いや、そうであれ。

 あのお嬢様が攫われるなんて、あるはずがない。

 こんな可能性はどうだ。

 俺はお嬢様と海に出ていたが、ちょっとした事故で一人溺れてしまって、今知らない誰かに助けられて洞窟で休まされてる。

 きっとそうだ。

「気がついたか?」

 懸命に現実逃避をしていた俺の脳内状況などはお構いなしに、真横から聞きなれた声がした。

 残念ながら知ってる奴だ。

「……頭いてぇ」

「そりゃあ良かった。生きてる証拠だ」

 そうっと隣を見ると、俺と同じようにロープで巻かれたツェットがいた。

 そうだ、これが現実。わかってはいたが、思わずため息が出る。

「あんた、着いてきたのか?」

「まぁな」

「物好きな奴」

「曰くつきの船に一人で乗ってるのが怖くてな」

「曰くつき、ねぇ」

 その船に三人で乗るのと一人で乗るのではあまり変わらない気がするが、そこは気にしないでおく。

 それよりも、だ。

「お嬢様は?」

「俺もさっき気がついたところなんだが、この辺には居ないか声が出せない状況なのか。そのどちらかだな」

「そうか……」

 声が出せるのなら、近くに居て分からないわけがない。声の大きさだけは自慢できる。それはたった一日でツェットにも理解できたらしい。

 とにかく問題を起こさず大人しく、そして無事でいて欲しい。

 すぐさま探しにいきたいが、残念ながら後ろ手で縛られたロープは簡単には外れそうにない。

 何か無いかと周囲を見渡す。

 俺たちの居る洞窟はそこそこ広いがここで行き止まりになっていて、出口がない。いや、無いわけではない。すぐそこに水面が見えるから、きっとそこが外の海に繋がっているのだろう。

 他にも海水を挟んでいくつか地面が見える。つまり、洞窟の中に小さな洞窟がある感じ。

 因みに上を見ると小さく白い点が無数に見えて、うっすらとだが日の光が差し込んでいる。とういことは、恐らく空気の穴が確保されているから酸欠で死ぬことはない。

 ハッキリ言ってこんなところで野郎二人、仲良く共倒れなんてごめんだ。

 それにしても気になるのは……。

「あいつら、何が目的でお嬢様なんか……」

 執事兼教育係の俺が言うのも何だが、正直に言って何の役にも立たないはずだ。

 いや、身代金くらいなら役に立つかも知れないか?

 それに、攫われて行く時に大人しかったのも気になる。

 気絶させられていたか、それとも……。

 確か血は流れていなかったはずだが、心配だ。

「案外好みのタイプだったんじゃねぇか?」

「……悪趣味だな」

「そうかぁ? 俺はいい嫁さんになると思うがな」

「炊事洗濯が出来ない上に世間知らずなお嬢様を喜んでもらってくれるような相手がいるとは思えない」

「お前、仮にも自分の雇い主の娘さんにその評価は酷くないか?」

 俺は一番近くでお嬢様を見ているから分かる。

 間違いなく貰って困る嫁だ。

「でもまぁ間違いなく、嬢ちゃんの心配よりか俺たちの心配をした方がいいだろうなぁ」

「何で俺たち……」

「それはな、俺たちが男だからだ」

「は?」

 意味が分からないとはこのことだ。

 俺たちが男だからって、何が危ないというのか。

「お前さん、《海泣き》についてはどのくらい知ってる?」

 どのくらいも何も、ついさっきが始めてだ。

 正直に伝えると、「だと思ったよ」と返された。

 なら始めから聞くな。

「《海泣き》は、海で泣いて男を誘う生き物なのさ」

「男を誘う?」

「あぁ。ある船に乗ってた船長の話だ。夜に甲板のほうから泣き声が聞こえてきたから、気になって見に行った。そうしたらどこからやってきたのか、見たことの無いくらい美しい女が泣いていたんだそうだ」

「……」

「何故泣いているんだと声をかけると、その女は乗っていた船を降ろされて海を孤独に彷徨っていたところ、船が通りがかったから悪いと思いつつお邪魔したと言った」

 普通に考えれば、女が自力で船に上がってこれるほど体力があったのかとか、船を降ろされるような女なのかとか、気になる点がある。

 が、そこは無視してツェットの話は続く。

「女の話を聞いて可哀想に思った船長は、自分の船室でその女を休ませることにした。見たところ外傷は無さそうだったから、シャワーを使って温まるのが先だと考えたんだな」

 当然そこには下心もあったんだろうが、わざわざ口に出すのはやめた。

「だがその女は首を縦に動かさなかった。よほど悲しかったのか、助かって安堵しているのか、泣き止む気配もない。安心させようと、船長はその女にもう大丈夫だ、ここに居ていいからと声をかけた。その言葉に女が始めて船長の目をきちんと見た。そして、あるお願いをした。自分と一緒に乗っていた船を探して欲しいと。仕事もひと段落して港へ帰るところだったが、船長はすぐに見つかるだろうと分かったと安請け合いしたんだな。分かったといわれた途端、女は泣いていたのが嘘のように微笑んで、船長の手を引いて海へと入っていったんだと」

 その女というのが《海泣き》ってことか?

 そんな謎の生き物が本当にいるということが驚きだ。

「というか、さっき見た姿は女どころか人ですらなかったのは?」

「幻覚を見せるんだろうと考えられてるな」

 幻覚、ねぇ。

「要するに、男を文字通り泣き落として殺すんだな」

「殺すかどうかってのは諸説あるが、まぁそんな感じだ」

「ところでそれは、その船長本人の話なのか?」

「さぁなぁ」

 この手の話は、本人しか知りえない話が混ざってるから信憑性が薄い。

 幻覚を見せる海泣きという生き物は、今の話には出てきていないのだ。ただ、変な女が勝手に船に乗り込んできて泣いていた話。

 それだけ。

 仮に本当だとして話を進めると、本来狙われるべくはお嬢様ではなくて俺か、ツェットだったということだ。

 ますますお嬢様が攫われた理由が分からない。

 そして俺たちがこのあとどうなるのかも分からない。

「そんなわけだから、俺たちはここから逃げなきゃなんねぇ」

「あー、無理みたいだな」

 残念ながら話をしている間に《海泣き》たちが戻って来てしまったらしい。

 数匹が水面から顔を半分出してこちらを見ている。良く見ると目玉がギョロっとしていて気味が悪い。

 お嬢様の姿は見えないか……いや、そんな鼻まで水面に浸かってたら呼吸困難で溺れるから見えても困るが。

 何をされるか分からないから、相手の出方を見る。

 にらみ合いだ。

 どちらも動かず、相手を観察する。

「いや、お前さん。眺めてるだけじゃ話が進まんだろう」

「話が通じるか分からないだろ」

「いや、分かる。あいつらの共通言語は確かに違うが、中にはこちらの言語が通じる奴がいる」

 どこか確信を持っているような言い方が気になる。

 ひょっとして……。

「お前、さっきの話の船長だったのか?」

「んなわけ無ぇだろ。どこをどうしたらそうなるよ」

「いや、詳しいから。海につれてかれたけど生きて戻って来た生き証人かもしれないと……」

「確かにあれは生き証人から聞いた話だが、俺じゃない。俺の知り合いだ、知り合い」

 面倒くさそうに言って、ツェットは視線を《海泣き》のほうに移した。それに倣って俺も視線を移す。

 とりあえず、伝わるか分からないが声をかけるしかない。

「お嬢様はどこだ?」

「……」

「……」

「……ゲ?」

 おい、通じねぇじゃねぇか!

 突っ込みたいのを我慢して視線だけで訴えると、今度はツェットが口を開いた。

「お前さんたち、俺らに何の用だ?」

 伝わっているのか、いないのか。

 話かけられた《海泣き》の群れは、互いに視線を交わしている。まるで、今なんて言ったんだあいつら、と意見交換しているようだ。

 魚がチャポンと跳ねる音が聞こえた。

 漸く、代表らしき奴がこちらに近づいて顔全体を水上に出した。

 どうでもいいが、カエルを人間にするとこんな感じな気がする。

「オマエタチ、タカラ、カエセ」

「は?」

「オレタチ、タカラ、キエタ。カエセ」

 身に覚えのない話をされても困る。

 つまり俺たちを財宝泥棒と勘違いしているらしい。

 迷惑な話だ。ツェットも静かに頭を抱えている。

 そう、太くて短い両の手で頭を抱えて……。

「おい、あんた縄は!?」

「んあ? 外したに決まってる。んなことより、何故俺たちだと思うんだ?」

「アノオンナ、イッタ。オマエ、タカラ、シッテル」

 何故か俺を指差してますが、一体どういうことか誰か説明してくれ。

 いや、誰かじゃ駄目だ。説明しろクソお嬢ぉぉぉぉぉぉ!

「確かに、この男は宝を知ってるな」

 おいおい、何言ってんだ。そんなもの、欠片も知らない。知ってればこんなところにいないだろうよ!

「だが、持ってるわけじゃない。まずは嬢ちゃんに会ってからだ」

「タカラ、オマエタチ、トッタ」

「取ってない。知ってるが俺たちゃ持ってないのさ。嬢ちゃんと会わせてくれりゃ、三人で取り返してくる」

「ホントウ、ニ?」

 一際瞳を大きくして、こちらを覗きこむように聞いてきた。正直言って、気持ち悪い。

「お前さんたちに嘘言えるほど、人生捨てちゃいない」

「……」

 なるほど。

 知ってると嘘をついて、一先ず此処から出る作戦なようだ。

 良かった、兎に角お嬢様と会う事ができれば何とか逃げられるだろう。というか、逃げてみせる。

 奴らは、何か良く分からない泣き声で啼いている。察するに海泣き語だが、どっからあの音を出しているのか謎だ。

「ワカッタ。コイ」

 言うが早いか、やつらはさっさと海に消えていった。

 ちょっと待て、俺はまだ縄で縛られてっ……。

「お前さん、いつまでその格好してるつもりだ?」

「は?」

 いつの間にか、俺の縄もほどけている。

「さっきから外れてたの、気づかなかったのか?」

「……言ってくれ」

 鼻で笑って海に飛び込んだ男のあとを追って、俺も海に入ると何か光るものが見えた。一度俺の顔の周りを回って、そのまま真っ直ぐ海の中を漂う。それを追う様に泳ぐツェットの後に着いていく。

 三度ほど息継ぎ休憩が入って、着いたのは知らない島。……岩?

 海底から大きく突き出た巨大な岩に、長い年月をかけて上から穴が開けられたような構造をしている。その中に海水と、もうどうやって出来ているのか検討もつかないが島が浮いている。

 海に潜らなければ来られないはずだ。

 その島で漸く重力を感じて、深呼吸をした。

 時間にしてみればたいしたことは無いのだろうが、かなり長い時間潜っていた気がする。

 隣ではツェットが大きな腹を上にして、荒く呼吸をしていた。

「あ、イクスー!」

 あー、何故か疲れた今全く聞きたく無い声がする。

 何だ、その元気な声は。

 こっちは服を着たまま潜らされて、ベタベタするし気持ちが悪いというのに。

「イクスってば!」

 砂浜を元気に駆けてくる気配。

 思わず引き返したくなったが、身体が重くて動けない。仕方なく、やはり重たい頭を上げて声のした先を見る。

「あ、気づいたのね。イクスー!」

 《海泣き》のミニチュアみたいなのを引き連れてこちらに駆けてくるお嬢様を……思わず海に放り投げたくなった。


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