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わたくし悪役でしてよ  作者: しぶぬきかき
8/35

順調でしてよ 2

 

 四月も下旬に差し掛かって桜も散ってしまいましたわね。近頃はみなさん、放課後は部活見学に行っているようですの。部活の紹介冊子を見ながら楽しそうにお話していますの。わたくしも、なにか部活に入ろうかしら?

 以前は、読書部に所属していましたのよ。毎週木曜日の放課後に部室に集まって、読んだ本について語り合いましたの。楽しかったわ。


 運動部も文化部も充実していて楽しそうでしてよ。わたくしも何か入ろうかしら?

 聞き慣れない部活もありましてよ。乙女部ってなにかしら? 乙男部……何て読むのかしら。それに双丘愛好会(男子生徒のみ)。なにをするのかしら?

 

「マ、マツリバヤシさん、ご、ごきげんよう?」


「あら、屋敷さん。ごきげんよう。気を付けてお帰りあそばして」


 まぁ、二週間目にして初めてクラスメイトから声を掛けられましてよ。いつもご挨拶はわたくしからしていましたのに。嬉しいですことよ。

 それにしても。寮内歓迎会の日は、あれほどはきはきと話しかけてくださったのに、ずいぶん遠慮がちですのね。

 

 では、わたくしも行こうかしら。実は気になっている部活がありますのよ。

 

「では、みなさんごきげんよう」


 ふふふふ、わたくしも歩くのに慣れてきましてよ。体もだいぶ軽くなってきましたし。二週間で八キロ痩せましたのよ。思うに、なにか体調に異常を来して体重が一時的に増加していたのではないのかしら?

 ふぅ、それにしても暑いですこと。


「失礼いたします。中島先輩はいらっしゃいまして?」

 

 汗を拭き拭きやってきのは、庭園西側の温室でしてよ。かなり立派な温室ですわ、半分ガラス張りで半分がログハウス風の可愛らしい小屋と言いましょうか。 

 小屋側の扉をノックをするとほどなくして扉が開きましてよ。


「……どちらさま?」


 出ていらしたのは、白金色の髪の園芸部部長さんである中島シオウ先輩。

 相変わらず美女風の綺麗なお顔立ちでしてよ。


「一年のマツリコ……桜子・フォン・マツリバヤシですわ」


「え? マツリバヤシ? ん……横幅が少し縮んでる?」


 先輩は驚いた顔をなさってから小声で何か仰いましたけれど、聞こえませんでしたわ。


「なんのご用かな?」


「部活見学に参りましたの。先輩のお手を煩わせ、きゃっ!」


 突然何かがわたくしの手に、飛び掛かってきましてよ。落とさないよう上手に受け取めましたけれど、なにかしら? すごく手触りがよろしくてよ。


「まぁ、子猫ではなくて?」

 

 真っ白で毛の長いふわふわの子猫さんでしてよ。可愛らしいわ! もふもふ? 確かに、もふもふでしてよ。なんて、可愛らしのかしら! ふわふわ、もふもふ!


「ご、ごめんなさい。怒らないで」


 わたくしが子猫さんのふわふわのもふもふを堪能していると、中島先輩の後ろから泣きそうな声が聞こえました。

 桜色の髪の毛の少女、サリエ・マヒロさんでしてよ。初めて近くでお目に掛かりますことよ。

 遠目で見た限り色白の可愛らしい方でしたけれど、近くで見ると……ええ、可愛らしい方ですこと。パッチリとした若草色の目は少し垂れ気味で、けぶるような睫毛に覆われています。ふっくらした唇は小振りでツヤツヤとして、頬は朱が差して、桜色の長い髪は片側で緩く纏められています。華奢な体に学園の制服がとてもお似合いでしてよ。


「猫ちゃん、急に人が来て、びっくりしたみたいなんです。怒らないであげてください」 


 瞳がうるうるとして、今にも零れてしまいそうです。

 安心しましたわ。以前、食堂でお見かけした時のように、意地悪したい衝動が沸き起こって来なくて。よろしくてよ。

 それにしても、わたくしそんなに怒りそうな顔をしてまして? 気を付けなくてはいけなくてよ。


「もう大丈夫だよ、猫ちゃんおいで」


 サリエさんが震える手を伸ばしてきました。中島先輩はすっかり蚊帳の外で、不思議そうな顔をしてましてよ。


「ほら。おいで、猫ちゃん」


 優しい声でサリエさんが子猫さんに声を掛けますが、子猫さんは、イヤンイヤン、と小さく泣いてわたくしの胸元にしっかりしがみ付いていましてよ。なんて可愛らしい子猫さんかしら。

 わたくしが、子猫さんをサリエさんに渡そうと小さな爪をそっと制服から外していると、その指にじゃれついてきますの。……園芸部に入部したらこの子も漏れなく付いてくるのかしら? い、いえ。子猫さん目当てで入部するわけではないのですことよ。


「中島先輩、よろしいですか?」


 そのとき、後ろから男子生徒の声が聞こえました。あら、見学の方かしら? 盛況ですわね。

 振り向くと、あらまぁ、殿下でしてよ。


「なんだ? ん……お前、桜子か? 少し横幅が縮んだか?」


 殿下はわたくしを見ると、なにかを呟きましたが聞こえませんでしてよ。


「ミギャッ!」


「もう大丈夫だよ子猫ちゃん。怖かったね」


 まあ、可哀そうに。いつの間にかわたくしの傍に近付いていたサリエさんが子猫さんを引き剥がしましたの。


「何をやっているんだ? いったい」


 まぁ、何をやっているとは……子猫さん見学に決まっていましてよ。それにしても、サリエさんたら。あんなに乱暴に子猫さんを引き剥がして。子猫さんの小さな爪は大丈夫かしら?


「あ、リオウ殿下。どうぞ、お入りください」


 我に返った中島先輩が、殿下に中に入るように勧めましたので、入り口を塞いでしまっていたわたくしも除けましてよ。

 促された殿下は、子猫さんを抱くサリエさん、わたくし、中島先輩を交互に見遣りましたわ。それから、わたくしに視線を定めました。強い意志の籠った視線でしてよ。


「……なぜ、この女子生徒は泣いているんだ?」 


 驚いてサリエさんを見ると、彼女は子猫さんを抱きしめて泣いていますの。あら、本当。なぜ、泣いているのかしら?


「どういうことです? 中島先輩」


 殿下は今度は中島先輩に詰め寄りましたが、先輩は困った顔をしてるだけですの。それはそうでしてよ。今のやり取りで泣く必要はありませんでしたもの。


「すみません、リオウ殿下。僕には全くどういう状況か理解できません」


 ですわよね。でも、もしかして……。


「わたくし――「シオウ先輩は悪くないんです、殿下! 子猫ちゃんがマツリバヤシさんに飛びついて、それで私、びっくりしてしまっただけなんです」――ですわ」


 あら、まぁ。サリエさんたら。

 わたくしの名前ご存知でしたのね? それにしても、さきほどの子猫ちゃんの痛ましい鳴き声が気になりましてよ? 大丈夫かしら?


「桜子」


「はい」


 有無を言わせぬ殿下の声にわたくしは、ヒヤリとしました。


「お前の庶民嫌いは知っているが、好い加減に歩み寄ってはどうだ? 今度、前みたいな真似をしたらこの学園から退学させるからな」


 まぁ、前みたいな真似とはなんですの? わたくし何かしたのかしら? そういえば、トレーニングルームでも栗色の髪の先輩にも何やら言われましたけれど。

 ひょっとして、わたくしの知らない間にわたくしが――そういえば、わたくしがこの体の持ち主になる前はどうっだのかしら? ……ええと、わたくしはわたくしに違いありませんでしてよ? でも、わたくしは祭囃子桜子であって、桜子・フォン・マツリバヤシとは違う人間でしたわ。入学式の日まで……。

 まぁ、たいへん!


「……わたくしこの体を乗っ取ってしまったのかしら?」


「聞いているのか、桜子」


「はい。ご心配なさらずとも、わたくしみなさんとは仲良くしたいと思っておりましてよ」


 ええ。以前のこの体の持ち主は分かりませんけれど。


「……なら、なぜ、この女子生徒を泣かせた?」


 なぜと仰られても、泣かせた記憶はなくてよ?

 何かあったかしら……びっくりして泣いた、ということは。


「わたくしの顔が怖くてびっくりしたから?」


「本当にそれだけか? ん? 君は、特待生のサリエ・マヒロか。大丈夫か? 俺の婚約者(・・・)が済まなかったな」


 殿下が腰を落としてサリエさんに目線を合わせて謝ると、サリエさんは俯いてもじもじしてしまいましてよ。可愛らしいですこと。子猫さん、もう一度貸して下さらないかしら?


「い、いえ。殿下に謝っていただくことでは……びっくりしただけですから」


「ええ、そうでしてよ。わたくしが謝らなくては、例え婚約者(・・・)でも殿下が謝る筋合いじゃございませんことよ! 本当にごめんなさいね。サリエさん」


 サリエさんは俯いたまま、はい、と言ってくださいましてよ。これに懲りて表情に気を付けなくては。


「それで、どのようなご用件でしょうか? 殿下」


 殿下が難しい顔で呻っていらっしゃると、中島先輩が殿下に尋ねましてよ。


「ああ、そうでした。非常に心苦しい話ですが。園芸部ですが、入部希望者数によっては……今年のみの活動で廃部に……」


「そうですか……そうですよね」


「もともと先輩が創設なさった部ですし、その。理事会でも正式に決定してしまったので……」


「まぁ、確かに。ごり押しして立ち上げてもらっただけですしね……」


 聞こえてしまいましてよ……。美女風のお顔立ちに憂いが浮かんで、せっかく立ち上げた部を残せないなんて……子猫さんが寂しがるわ。わたくしも寂しくてよ。


「あ、でも、今年いっぱいは活動しても良いのですよね?」


「それはもちろんです。……では、そういうことで失礼いたします」


 殿下は必要事項を告げるとさっさと出て行きましてよ。先輩は悲しそうなお顔で殿下を見送ってらっしゃいます。


「……中島先輩」


「ん、なに? マツリバヤシさん」


「わたくし入部しますわ」


 わたくしは自然に、そう口に出していました。わたくしだって、草むしりくらいできましてよ。


「そう。でも、今年いっぱいで活動は終わりなんだよ?」


「あら、でも部員がいたら残るのではありませんこと? サリエさんもいますし」


 サリエさんも入部するためにいらしたのよね?


「え? 私? そ、そうです、私もいます!」


「……同情ならやめてくれないか?」


 先輩は寂しそうなお顔で微笑みました。とても絵になるのですけれど、悲しい絵でしてよ。


「けっして同情ではありませんことよ。入学式の日に庭園の素晴らしさに感銘を受けましたのよ、わたくし。毎日の通学も楽しいですし」


 日ごとに少しずつ変化する庭園を通っての通学なんて、素敵ではなくて。庭師さんのお手伝いだけ、と仰ってもこれだけ広い庭園を維持するのは大変でしてよ。


「そうか……。……ん? 女子寮から庭園前を通って通学してるの? 遠回りじゃない?」


「え? 他に通学路がありますの?」


「女子寮だと、みんな食堂を通って校舎に来てるみたいだよ?」


「え? 食堂はお食事をするところではなくて? 通路ではなくてよ、先輩。まぁ、だから通学のときに誰もいませんでしたの?」


「っぷ……くくく、ふふふふふ……あはははは!」


 憂い顔を楽しそうにくしゃ、とさせて先輩は突然笑い出しましてよ。わたくし、おかしなことを言いまして?


「きみ、面白い子だね! そっか。そうだね! では、ようこそ園芸部へ、桜子(・・)ちゃん」


「ええ、子猫さんもいますし」


「私も入部します!」


「あ。ありがとう、マヒロ(・・・)さん」


 ほほほほ。部活も決まりましたし、これでさらに充実した学園生活を過ごせますことよ。ほほほほ、ではそろそろ子猫さんを貸してくださらないかしら?





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