いつになったら着きますの?
さあ、気を取り直して新しい生活の始まりでしてよ。
と、意気込んで着替えを始めたのですけれど、わたくしの着られるようなお洋服がありませんのよ。
いえ、決してサイズの問題ではなくてよ。なんと言いましょうか、ヒラヒラとして可愛らしいのですがデザインが……。幼い子が着たならさぞ可愛らしいのでしょうけれど。
ためしに着てみましたけれど……滑稽でしてよ! まるでピエロでしてよ!
山積みのお洋服は全てそのような感じでしたの。
よろしくてよ。
今からすることには、可愛らしいお洋服などいりませんもの。ええ、これで十分。学園指定のジャージで十分でしてよ!
今から学園敷地内の散策もかねて、日課のジョギングに行きますのよ。今の体型では無理をすると膝など傷めそうですのでウォーキングにしておきましょうね。
階段の昇り降りだけでもかなり運動になりますわね。
ふぅ、ふぅ……。
ふっ、ふぅ……。
「――の? まぁ――ほほほほ!」
息切れしながら一階まで降りると、華やかな笑い声が奥から聞こえてきましてよ。
そういえば、奥はおよそ百名が集える談話スペースになっていましたわね。
「あ、マツリバヤシ? さん。こんにちは!」
わたくしが、階段横の寮内配置図を確認する振りをしながら息を整えていると、明るい声が後ろから聞こえました。同じクラスの奨学生の方ですわ。薄紫の髪の毛をショートカットにした目鼻立ちのスッキリとした背の高い美人さん。自己紹介ではきはきとした話し方をしてましたわ。
「あら、ごきげんよう。屋敷紫さん」
わたくしも挨拶を返すとニコリと屋敷紫さんは綺麗に微笑みました。
「マツリバヤシさんも、新入生歓迎会に呼ばれてるのよね?」
「あら、歓迎会?」
「ええ。有志の先輩方が一年生全員を招待してくださったのよ。一緒に行きましょう」
ちょっとお待ちになって、わたくし招待されていなくてよ?
引っ張らないで下さいませな。力が強くてよ、屋敷紫さん。
「お待ちになって、屋敷紫さん! わたくし呼ばれてなくてよ!」
思わずいつもより大きな声を出してしまいましてよ。
「え、嘘? 何かの手違いじゃないかしら? 一年生全員って先輩が言ってたもの……あ、私から先輩に言うから行きましょうよ!」
「いえ、それでも呼ばれてない者が参加するのはよろしくなくてよ」
「どうして? 同じ寮内の仲間でしょう?」
それはそうですけれど、それとこれとは話が違いましてよ。
「屋敷紫さん。よろしくて? 例え非公式なカジュアルなパーティーであろうと、手違いがあろうとも主催した方にお呼ばれしない限り行くことなどできなくてよ」
わたくしには、そのような真似できなくてよ。分かってくださいまして、屋敷紫さん。
「んー、よく分からないけど。早く行かないとお菓子なくなっちゃうわよ、行きましょ!」
「分かって……え? お菓子?」
「ええ。お菓子パーティーって言ってたわ」
まぁ、なんて奇遇……いえ、お父様もお母様もきっとこれを見越していたのね!
「そうよ、わたくし沢山お菓子を持っていますの。みなさんで食べてくださると嬉しくてよ。今、持って来ますわ」
「あ! じゃあ、手伝うわ。部屋はどこなの?」
「……四階ですわ」
「そっか……」
とりあえず、緊急事態ということでわたくしたちはエレベーターで四階に行き、二人で四箱持ってエレベーターで降りましたわ。
せっかくの歓迎会ですもの、緊急事態でしてよ。
「わたくしから、というのは秘密ですことよ? お願いしますわ」
「ありがとう、マツリバヤシさん。でも、本当に参加しなくて良いの?」
お菓子を運びながら屋敷紫さんには、きちんと納得していただきましてよ。
「ええ。わたくしのような(一度高等部を卒業して十九歳にもなる)者が(初々しいみなさんと一緒に)参加するなど場違でしてよ。では、楽しんでらして。ごきげんよう」
「うん、じゃあ……え、と。ご、ごきげんよう」
屋敷紫さんはハニカミながら談話スペースへと向かいましてよ。
よろしくてよ。彼女とも仲良くなれそうでしてよ。
さて。では、今日はどちらを散策しようかしら。
「今日は初日ですし、気の向いた方へ行ってみましょう」
とは言ってみましたけれど、うふふふ。
体育施設棟へ行ってみましょう。温水プールや球技のコートの他、二階にはトレーニングルームが併設されていますのよ。
完璧ですのよ!
庭園を抜けて、一度校舎前へ行ってから食堂とは反対の西側でしたわね。うふふふ、ふぅ……。
「ふぅ、ふぅ……」
それにしても息が苦しくてよ、頭がクラクラしてきたわ。まだ庭園に着いたばかりですのに。
ベンチで一休みしましょう。
「ふぅ……ふぅ……五百メートル歩くのに、十五分、ふぅ……ふぅ」
こ、このままでは、ふぅふぅしてばかりで話が進みませんことよ。ふぅ……。
「ふぅ、それにしても本当に綺麗な庭園ですこと……やっぱり専門の方が手入れなさってるのかしら?」
「お褒めに与り光栄です、お嬢さま」
「きゃっ」
今日はよく後ろから声を掛けられる日ですのね、息切れと動悸に気を取られて全く気付けませんでしてよ。
「驚かせてごめんね」
「い、いえ。わたくしも、変な声を出して申し訳ありません」
振り向くとそこにはジャージを着た方がおっとりとした微笑みを浮かべて立っています。
白金の髪の背の高い、とても綺麗な方でしてよ。男性かしら?
着ているジャージは学園指定のジャージではないようですわ。
「初めまして。僕は園芸部部長の中島シオウです。三年生なんだ」
「まぁ、初めまして。わたくし、新入生徒のサクラバヤシ・フォン・マツリコと申します」
「サクラバヤシさん? は貴族なのかな?」
……断じて違いましてよ! フォンがいけないのよ、フォンが余計でしてよ!
先輩、そのように怪訝な顔をなさらないでくださいませ!
「桜子・フォン・マツリバヤシですわ。ほほほ、初めての寮生活に少し緊張していますの」
慌てて訂正をすると、先輩は優しそうにおっとりと微笑んでくださいましてよ。
「ああ、分かるよ。僕も初めてだらけで緊張したり失敗ばかりしてたからね」
「まぁ、そうでしたの? それにしても園芸部、ということは先輩が庭園のお手入れをなさってますの?」
「あ、ああ、そうだよ。とは言っても今は僕一人だし、専門の庭師の手伝いみたいなものだけどね。君は園芸に興味があるの?」
「園芸の知識は乏しいのですけれど、綺麗なお庭には興味がありましてよ。あの青い薔薇のアーチはとても綺麗ですわ! あれほど綺麗な青い薔薇は初めて見ましてよ」
「ああ、あれか……褒めてくれてありがとう。じゃあ、僕はこれで失礼するよ」
「え、ええ。ごきげんよう」
あら、わたくしなにか余計なことを言ってしまったかしら? 先輩は、どこか頑なな雰囲気になって去って行ってしまいましたの。
とても悲しそうな後ろ姿でしたわ。
……息も整ったことですし、わたくしも行かなくてはね。
トレーニングルームへ!