小さい桜子ちゃん
「……疲れましてよ」
お部屋に着くと、気が緩んだせいか弱音が出て来てしまいましてよ。
でも、本当に疲れましたのよ。午前中にたくさん歩いたからでも、初めて華やかなウィッグを被ってはしゃぎ過ぎたせいでもありませんわ。
なにか心にずっしりと重石が乗ったような、きっと気疲れですわね。少しお昼寝でもしようかしら……。
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「あら? ここは」
窓も扉もない暗い部屋。ええ、覚えていましてよ。
だとしたら、あの子もいるのかしら。また一人で蹲って泣いているのかしら。狭い部屋をくるりと見回すと、白い物がみえましてよ。
「桜子ちゃんね?」
驚かさないように静かに近寄って、桜子ちゃんに声を掛けます。
「わたくしのこと覚えているかしら? あなたと同じお名前の桜子よ?」
この前と同じように顔を上げずに俯いて、お返事をしてくれません。ですが、やはり彼女の隣に座ります。
「桜子ちゃん、あれからきちんとお食事はしているのかしら?」
「……し……?」
桜子ちゃんはお顔をお膝につけたまま、小さな声で何か呟きました。わたくしに問いかけているような感じもしましてよ。
「どうしたのかしら?」
「ど、して?」
「……なにが、どうしたのかしら?」
怖がらせないように、優しく聞いてみます。
「ど、して、そんなに、たのしそうなの?」
「どうしてかしら? そうね。だって、このお部屋は暗いのですから、わたくしだけでも楽しくしていないと、桜子ちゃんも楽しくないでしょう?」
「だって、さくらこのせいで、死んじゃったんだよ?」
まあ、だから桜子ちゃんはこのお部屋でずっと泣いていたのかしら。でも、いつまでもここにいてはいけなくてよ。
「誰がお亡くなりになったの? その方も桜子ちゃんの悲しんでいる姿を見たら、きっと悲しんでよ?」
「ちがう!」
桜子ちゃんは叫びながら立ち上がりました。棒のような体でふらふら、と。それでも全身で怒りを表しています。
「きっと、おこってる! さくらこのせいで死んだから! ――ちゃんは、さくらこのせいで!」
「桜子ちゃん、落ち着いて。どなたが亡くなったの?」
「わすれたの? どして、わすれたの? ひどいよ!」
ひどいよ……。
桜子ちゃんの悲痛な叫びが部屋中に響いて……。わたくしの体に響いて、体の中まで揺さぶられるような声です。
「桜子、ちゃん……落ち着き、なさい」
痛い!
頭が、体が、体の中も……!
助けて、助けて、万祐子ちゃん! ――さん!
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「桜子ちゃん? 桜子ちゃん!?」
ああ、頭がとても痛いわ……それにぼんやりとして……。
「ああ、万祐子ちゃん……? なぜ、ここに?」
いつのまに髪をピンクに染めたのかしら? でも、とても似合っていてよ。
「大丈夫? 私、サリエだよ」
「サリエ、さん……?」
サリエさん、どなただったかしら? 思い出せそうなのに……。
「勝手に入ってごめんね……インターホン鳴らしたけど返事がないから、寮母先生に開けてもらったの……そしたら床に倒れてるんだもん」
ああ、そうだわ。サリエさん。わたくしの新しいお友達。
「どこか痛いの? 大丈夫?」
「いいえ……ありがとう」
頭もいくらか、はっきりしてきましてよ。
「ちょっと、疲れたので横になろうとして……それで」
多分、床で寝てしまったのですわね。ほほほほほ、床で寝るなど初めての経験でしてよ。背中が少し痛いですわ。
「ところで、サリエさん。何か急用でもおありでしたの?」
「あ、ううん……桜子ちゃんの体長が良くなってからにしよう!」
「いいえ。今、お話になって?」
「でも……」
サリエさんは、言い淀みながら躊躇しています。
「わたくしのことは構わなくてよ」
お話の内容は分からないけれど、今聞かなくてはならない。なぜか、そう思いましてよ。
先日、お話した件ではないかと。
「分かった。ちょっと、待っててね」
サリエさんはそう言うと、走ってお部屋から出て行きましたの。




