紫ちゃんとちいちゃんと
桜子ちゃんがお部屋に戻ってから、3人でスイーツを黙々と……。美味しいのか美味しくないのか分からない。
紫ちゃんとちいちゃんも疲れたのか、静かに食べながら窓の外を見ている。
この世界のこの時期は、前の世界と同じように湿度が高すぎなくてちょうど良い気温なんだよね。だけど梅雨はなくて、このまま夏になる。似て非なる世界。前の記憶がはっきりしてきたせいか違いが色々分かる。
でも、ここで暮らした15年の記憶も紛い物なんかじゃない。ここは間違いなく存在する世界で、私はここに存在している。そして、桜子ちゃんも。
「……だいぶ疲れたようだな、マヒロさんも」
ぼんやりついでに溜息が出てしまったせいか、ちいちゃんが気を使ってくれる。
「うん。でも、大丈夫だよ? 桜子ちゃんはもっと疲れてるんだし」
突然見知らぬ世界で、見知らぬ人たちに囲まれて疲れていない訳がない。
「ねぇ、私はよくわからないんだけど、マツリバヤシさんって昔はもっと……変だったって聞いたんだよね。……あの寮の歓迎会の日に。でも、今でも変わってるけど悪い意味じゃなくて、天然? って言うのかなぁ……。クラスの内部進学の人たちはだいぶ遠巻きにしてるし、あからさまな人もいるし」
そうだよねぇ。だけど、私はそこは全く心配してないんだ。
桜子ちゃんは本当に深窓のご令嬢なせいか、人の悪意に鈍いから分からないと思うんだよねぇ。
「あたしは寮の歓迎会出てないから知らん」
「私も参加しなかったんだよねぇ……日にち間違えて」
でも、内部進学の子たちが話しているのは聞いたことがあるんだよねぇ。たぶん、私が桜子ちゃんと仲良くしてるから、わざと、なのかなぁ。
なんとかちゃんが怪我させられた、とか。転校させられた、とか。今の桜子ちゃんとして覚醒(?)する前の桜子ちゃんだって、意味があってやったことらしいけど。
まあ、そういうのを聞いてたから、初めて会ったときに怖い人って思ったのかなぁ。
ううん、何か違うんだよねぇ。だって、そういう話って桜子ちゃんに出会って仲良くなってから聞くようになったし……。
もしかして、噂のゲーム補正だったのかなぁ。確かにゲームではサリエ・マヒロはヒロインだったけどねぇ。
それに、今日のあの食堂での猪俣ユリアさんのイベント。ゲームであれば殿下ルートで桜子ちゃんが起こすはずだったんだよねぇ。それで、くだらないことで騒ぐ桜子ちゃんは殿下に呆れられて……っていうちょっとしたイベント。
桜子ちゃんが悪役じゃなくなったから、猪俣さんが引っ張り出されたのかなぁ……。いったいどういう仕組みなんだろうねぇ。
それにしても、実際にああやって騒ぐ人見るとあり得ないなぁ、って思っちゃう。たかが鬘ごときで……。
「あのさぁ……マヒロさんも、マツリバヤシさんもなんかあるなら、言っちまいなよ」
ちいちゃんの、野生の勘かな?
何かあるように見えるのかなぁ……。
「あのねぇ、真面目に聞かないでくれると嬉しいんだけどね?」
「「うん」」
桜子ちゃんとは前世からお友達だったんだよ。卒業式の日に死んだところから、桜子ちゃんに出会って……。桜子ちゃんは元の世界に帰れると思ってるみたいだけど、桜子ちゃんもたぶん死んじゃったんだよねぇ。でも、私が前世で仲良しだった万祐子だよ、ということは教えないよ。
と、順を追ってなおかつゲームの世界云々は割愛したけれど。なんで話しちゃったんだろう……二人の反応が怖いなぁ……。
「……え? ちいちゃん? なんで泣いてるの?」
「泣いてない……。や、友達庇って死んで、生まれ変わって再びその友達に巡り合う……もう、お前ら運命で結ばれてるんだな……。お前ら結婚しちまえよ……。で、あたしは中島先輩と宜しくやる!」
「「はい?」」
紫ちゃんと声が重なってしまいました。男泣き(?)するちいちゃんの予想外の反応と意味不明の意志表明。
「ちいちゃんはほっといてあげて」
「うん」
「それでその話なんだけど、それって時間の辻褄が合わないよね? でも、同じ学年にいるってことはマツリバヤシさんも同じ時期に亡くなったってことじゃないのかな?」
ちいちゃんの反応もさることながら、紫ちゃんの真面目な返答にびっくり。
「それは……だいたい、転生の仕組み自体分からないし、本当に生まれ変わったのか、私が思い込んでるだけかもしれないし……」
私も、あの後色々考えてそう思ったけど、実際どういう仕組みか全く分からないんだよね。人間には踏み込みたくとも踏み込めない領域のような気がするし。
「作り話、とは思わないの? 紫ちゃんもちいちゃんも」
「ううん……でも、特待生のマヒロさんと実力テスト1位のマツリバヤシさんの合同の作り話にしては、そういうところが杜撰じゃない? それに、作り話でそんなに悩む?」
「だよねぇ……まあ、時間も絶対的な物じゃないってことだねぇ……じゃなくて! 桜子ちゃんは元の世界に帰れると思ってるの。でも……死んだんだよ、なんて言えない。だからって、元の世界に帰してあげられるからね、なんてそんな残酷な嘘も言えないよ……」
「上手く話をもってくしかないな」
いつの間にか復活したちいちゃん。
「そうよねぇ。マツリバヤシさんて子供の頃のことあまり覚えてないんでしょう? そして、その卒業式の日であっちの世界の記憶も途絶えてるってことなんだよね?」
二人とも本当に真面目に考えてくれる。
私は正直なところあんまり考えたくなくなってきちゃったんだよねぇ。
「そうみたい」
「じゃあ……そうだなぁ。彼女には辛いかもしれないが、卒業式の日のことを思い出させるんだ。そして、その後の記憶がどうなってるか……」
「むり……できないよ!」
だって、きっと桜子ちゃんは自分のせいで万祐子が死んだって、自分自身を責める。きっと自分が死ねば良かったって……。だから、考えたくないの。
「よく分からんが、このままで良いのか? 例えば、このままここで一生を過ごさせて彼女はどう思う? 逆に、元の世界に戻ったときにどう思う? 万祐子が自分を庇って死んだ事実は嫌でも知るだろう? 一生後悔して生きるぞ。彼女はそういう人間だろう?」
「そう、だよね……。少なくとも、あなたが万祐子さんだったことは教えてあげても良いと思うし、あなたが死んだときのことは今は言わなくても良いと思う……だって、恨んでないんでしょう? 幸せになって欲しいって思うよね?」
「うん……ありがとう。紫ちゃん、ちいちゃん」
二人の言葉で分かったことがある。
真面目に考えてくれたことが嬉しい。話して良かった、と思う。




