屋敷紫と牧野千里
二人は放課後、教室で勉強をしていた。
「なんか、マツリバヤシさんに悪いことしちゃったかな?」
「うーん……そう思う」
桜子が目を輝かせながらサリエの恋を応援する、と言ったとき二人は「なぜ?」と思った。
理由を聞いてみれば、納得。そして、桜子が最近リオウとの婚約が白紙にされたことを思い出した。そして桜子が言うように、いくら彼女が気さくで社会的地位に対する偏見がなくとも、彼女の望む恋愛なんて到底無理であろうことに思い至った。
「そういう意味では貴族って柵に未だに囚われてんのは、貴族ってことなんだろうね」
「みたいね……」
桜子のしょんぼりした姿を思い出し、二人で居た堪れない気持ちになってしまった。
「でも、マツリバヤシさん、て噂通りの子じゃあなかったね」
「うん。変わってるけど良い子だよねぇ」
「うんにゃ。本人見てりゃ、嘘っぱちだって分かるけどね……。マヒロさんの噂もすぐなくなるでしょ」
会話をしつつも教科書や参考書を開く。彼女には悪いが、二人とも奨学金が掛かっているため成績を落とす訳にはいかないのだ。
そうして、1時間ほど黙々と勉強をしてそろそろ寮に戻ろうかと帰る支度を始めた頃。
「お二人とも! お勉強は捗っていまして?」
桜子の元気な声が教室に響いた。
「マツリバヤシさん?」
二人が驚いていると、体操服姿の桜子が満面の笑みで二人に近寄ってきた。
「あら、帰るところでしたの? ちょうど良かったわ。お二人ともトレーニングルームへ行きませんか? 体を動かして、お勉強で疲れた頭をリフレッシュ、ですわ!」
「え? 今から?」
「今からです! そして、今日だから、ですわ。さぁ、お二人とも体操服にお着替えあそばして!」
どうでも良いが、千里は「あそばして」という人を初めて見て少し感動している。
「きっと、お夕食も美味しくいただけますことよ?」
桜子の勢いに押された二人は、何となく体操服に着替えて桜子と一緒にトレーニングルームへ行ってしまった。
「わ、すごい……設備が充実してる」
「あたしも初めて来たわ……」
「ほほほほほ! 屋敷さん驚くのはそこではなくてよ? あちらをご覧になって」
紫は桜子に言われて見て更に驚いた。
「あ、赤井里先生がいる……?」
「赤井里先生は火曜日はこちらにいらっしゃることが多いようですのよ?」
それには千里も呆れて桜子をポカンと見つめた。
先ほどまで居た堪れない気持ちになっていたのに、なんだか一気に気が抜けた二人。
そして、紫は火曜日はトレーニングルームの日にすることに決めた。




