部室にて
「ごきげんよう、皆さん」
次の日、部室へ行くと中島先輩と春さんが「(仮)フラワー」という変な名前の園芸雑誌を読んでおりましてよ。園芸のユージン社出版の隔月刊雑誌ですの。
ミミちゃんは尻尾をユラユラさせてわたくしを見上げております。大きくなってきましてよ。ふわふわ感も増していますわ。
そして、サリエさんはおりません。
「サリエさんはまだいらしてないのですか?」
「あ、今日も生徒会のお手伝いだって」
「中島先輩! わたくし、昨日お願いしたではありませんか!」
「うーん……でも、生徒会の仕事はやっておいて損はないし。何より本人が承諾しているから僕が断わるのもおかしいだろう?」
「わたくし、昨日、あれほど申しましたのに!」
「どうしたの、昨日から? 小さい子みたいになってるよ? ほっぺた膨らませて」
それだけではありません。どんどん、と足を踏み鳴らしていましたの。確かに大人げなさすぎでしたわ。春さんがびっくりしていてよ。わたくしもびっくりですけれど……。
「お、落ち着いて、マツリバヤシさん。サリエちゃんなら大丈夫だから」
春さんにも窘められてしまいましたわ。
「でも、どうして大丈夫だと分かりますの? 春さん!」
「サリエちゃんのことは小さい頃から知ってるけど、ああ見えてしっかりしてるし……あああ、怒らないでください! 怒らないでくださいませ!」
納得いきませんわ! 納得いきませんことよ!
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「まあ……サリエさん!?」
サリエさんにお会いするのは2週間久振りでしてよ。ふらふらと部室へやってきたのですけれど、ずいぶんとお疲れのようですわ。
なんども1-Sを訪ねたりお部屋を訪ねたりしたのですけれど、いつもいなくて……。
先週お見かけしたときには猪俣ユリアさんに引きずられて、いずこかへ連れ去られていくところでしたの。そのときは、廊下だということも忘れて走って追いかけたのですけれど……。5メートルほど走ったところで酸欠で倒れてしまい、挙句の果てに筋肉痛になってしまいましてよ。わたくしの役立たず……。
それから体を鍛えて、今では時速3キロメートルで歩けるようになってきましてよ。
「あ、桜子ちゃん、お久しぶりだねぇ……ずいぶん痩せたんだねぇ……」
「大丈夫ですの? こちらへ座ってくださいな。今、お茶を淹れてきますからね」
お茶と、あとお菓子がありましたわね。中島先輩とっておきのプリンと水羊羹ですけれど、構うものですか! 可愛い後輩を蔑ろにしたお仕置きでしてよ。
部室に備え付けのミニキッチンで先輩とっておきの玉露を淹れて、プリンと羊羹を器に載せてサリエさんへ持って行きます。
「ありがとう……プリン、美味しいねぇ……羊羹も美味しい」
「ええ。美味しいですわねぇ。お父様にお願いして送っていただこうかしら?」
では、なくて! なにやら最近わたくし大きな声を(心の中とは言え)出してばかりでしてよ。
「お疲れのようでしてよ? 無理しているのではなくて? 殿下たちに無体なことを強いられているのではなくて?」
「……ううん……大丈夫、だよ?」
「嘘おっしゃい。そんなに疲れたお顔をして……」
どんよりと曇ったお顔をなさってますもの。新入生代表として輝かんばかりのお顔でご挨拶したころとは比べものになりませんことよ。
「わたくしに話せないのでしたら、仲の良い方にお話しして、心をすっきりさせてください……」
「あははは……そうだねぇ。桜子ちゃんとは仲良しだと思ってるよ? 殿下とかはどうでも良いんだけどねぇ……それにしても、猪俣ユリア使えねぇ……」
「え? 何とおっしゃったの? 聞こえませんでしてよ?」
仲良し、までは聞こえましたけれど、その後サリエさんらしからぬ低いお声で呟いたのが聞こえませんでしたわ。しかも、サリエさん……なんて言うのかしら? 剣呑というか殺伐とした雰囲気で……。
「サリエさん、しっかりして。わたくしでは力になれないのかしら?」
頼りないかもしれないけれど、サリエさんのお力になりたいのです。
その思いが伝わったのか、サリエさんは意を決したようにわたくしを見つめました。
「桜子ちゃん。猪俣ユリアちゃん――」
「あ! サリエちゃん、久し振り……ひぃぃぃ! 睨まないで、マツリバヤシさん!」
「久し振りだね、春君! 元気だった?」
「う、うん。元気だよ? サリエちゃん、疲れてるみたいだけど……。あれ? それ中島先輩の秘蔵のプリンと水羊羹?」
「気のせいですわ。さ、春さんも召し上がってくださいませ」
ちょうど三人分ありますし、証拠隠滅ですわ。
「ねぇ、サリエちゃん」
「なぁに、春君?」
「あの……猪俣ユリアさんに付き纏って、リオウ殿下に気に入られようとしてるって、本当?」
まあ! 突然何を言い出しますの、春さん!
わたくし、あ然としてしまいましたが、サリエさんの驚きようはわたくしの比ではありませんでしてよ? 目が大きく見開かれ、口を開いたり閉じたりして。悲しそうなお顔になってしまいましてよ。
「ち、違うよ! 春君! 私そんなこと……だって、生徒会のお仕事は頼まれたからだし、猪俣さんだって仲が良いわけじゃないし!」
「だ、だよね!? 小耳に挟んだだけで、気になっただけだから……」
「う、うん!」
「でも、なんか結構そういう噂が、広まっちゃってて……僕、聞くたびに違うよ、って否定してるんだけど。その、面白がってる人とか……サリエちゃん、特待生だし」
妬んでいる方、悪意のある方ですわね。
サリエさんが戸惑ったお顔で、春さんは俯いて、わたくしはきっと怖いお顔でしょうね。三人で無言でいると部室のドアが開きました。
「お疲れ様! あ、今日は皆揃ったんだね。でも、雨が降って来たから今日は部活お休みだよ」
先輩はそう言いながら制服を脱ぎ始めましてよ。
「きゃっ! なにをなさっていますの? 先輩」
「あ、ごめんね。制服が濡れちゃったから上だけ着替えさせて」
先輩は悪気のなさそうに言いながら豪快に脱ぎ始めてしまいましてよ。
いくら美女とはいえ、男の方でしたのね……。サリエさん! そんなに見つめるなんて、はしたなくてよ!
「……シックスパック」
「サ、サリエさん?」
そんなに熱心に中島先輩を見つめて……。
も、もしや……サリエさんのお好きな方は、中島先輩!? ですのね?
上は学園指定の体操服、下は学園の制服、というおかしな恰好をしてもお綺麗な中島先輩のことがお好きでしたのね!?
「さ、とっておきの僕のスイーツを……あれ? ない? え? ……君たち、それは、僕の……」
「あら、先輩? サリエさんがお疲れな上に、おかしな噂で落ち込んでいましたので気分を和らげていただくために召し上がっていただきましてよ? ついでにわたくしと春さんも」
「美味しかったです! ごちそう様でした、先輩」
「そ、そっか……そうなんだね……どういたしまして……」
まあ、これほどがっかりなさるなんて。早急にお父様に送っていただかなくては。




