転入生
1-Sに転入生がやってきましてよ。
猪俣ユリアさんとおっしゃる栗色の髪の可愛らしい方です。ええ、彼女で間違いなさそうでしてよ、わたくしが階段から突き落とした方……。当時のことを覚えている生徒さんたちの声が聞こえてきますので間違いなくてよ。
何度か謝りに行こうとしたけれど、まだダメ、と屋敷さんとサリエさんに引き留められておりますの。それどころか、絶対に近付かないように釘を刺されてしまいましてよ。
ですから、お二人の隙を伺い猪俣さんへ謝る機会を伺っておりますの。
「それにしても、どういうことですの……」
解せぬ……。と誰かが言う声が聞こえましてよ。
猪俣ユリアさんの周りには男子生徒が蟻のごとく群がっております。そこには殿下、エミリオ先輩、風紀委員長まで含まれますのよ。猪俣さんへ話しかけるタイミングを見計らっておりますのに、必ず男子生徒が彼女を囲んでおりますの。
どうしてサリエさんに群がってくれないのかしら。辛うじて中島先輩と赤井里先生がそこにいないのが救いでしてよ。
「そろそろ苺摘みできるかなぁ?」
「中島先輩は初夏、とおっしゃっていたのであともう少しではなくて?」
「楽しみだねぇ! 紫ちゃんも誘おうね!」
肝心のサリエさんはこの通りポヤポヤとして、可愛らしいのですけれど……。
解せぬ!
わたくしが一人悶々としていると、サリエさんがもじもじしながら上目遣いでわたくしを見上げてきました。
わたくしではなく、是非、殿下やその他の攻略対象の方にするべきでしてよ!
「桜子ちゃん」
「何かしら?」
「あの……新しいソフトをね、また買ったの。良ければ、また私の部屋で一緒にゲームしませんか?」
まあ、再びのお呼ばれ!
「まあ! でしたらまたお菓子を持って伺いますわ!」
「うん! 飲み物用意して待ってるね!」
サリエさんは嬉しそうに、食堂を抜けて寮へ向かいました。全身から楽しそうな雰囲気が伝わってきましてよ。
ふふふ……うふふふ。ほほほほほ!
「ずいぶん楽しそうだな、マツリバヤシ。何を企んでいる?」
「あらまあ、ご機嫌よう風紀委員長さん。ほほほほほ! サリエさんのお部屋にお呼ばれしましたのよ」
振り向くと風紀委員長さんが。
「お前に用があるのだが、風紀委員室へきてくれないか?」
「急ぎの用ですの? わたくしこれからサリエさんと用がございますのよ」
お菓子を持って、早く、早く行かなければ! このような所(昇降口)でもたついている場合ではなくてよ。
「ああ。君にとっては重要なことだと思う」
「分かりましてよ」
サリエさん、すぐ行きますのでしばしお待ちくださいな。
無表情の風紀委員長さんの後について久し振りの風紀委員室へ行きましてよ。以前こちらで、サリエさんに「から揚げ」を「あーん」していただきましたわねぇ。ええ、確かに。わたくしたち二人の友情と言う名のパラメーターは上がりましてよ!
「失礼いたします」
風紀委員室へ入ると、ソファに人だかりができて賑わっております。7、8人いるかしら?
あら、殿下にエミリオ先輩まで……。あとは、良く知らない方達でしてよ。
「連れてきたぞ」
委員長の一言で全員の視線がこちらへ集まりましてよ。なんだか皆さん怖い顔をしておいでです。
「なにごとですの?」
「謝ってもらおうと思ってな」
「え?」
「猪俣ユリアだ」
殿下がそうおっしゃって初めて、そこに猪俣さんがいることに気が付きましてよ。
「まあ! わたくしも謝りたかったの。良かったわ……」
猪俣さんは小さくなってソファに座っておいでです。その隣にはエミリオ先輩、斜め前には殿下。向かい合って立つ私の後ろには風紀委員長さん。
「わたくしが悪うございました。いくら子供とは言え、あなたのお心づかいを慮ることもできず、階段から突き落とすなど恐ろしい真似を。本当に申し訳ありませんでしてよ」
「私、あのとき本当に怖かった。殺されちゃうって思って……私がリオウ様と仲良くしたのが原因だって気付いたのは後になってからで……私も悪いことしちゃったなって」
わたくしが精一杯謝ると、猪俣さんは小さく震えながらお顔を上げました。
「あら、殿下のことは全く関係ありませんでしてよ! あなたがせっかく指摘してくださったことを、真摯に受け止められなかったわたくしの未熟さが原因でしてよ!」
「……なにかあったのか?」
「つまらないことですのよ……猪俣さんがせっかくわたくしのだらしない生活態度を指摘してくださったのに、わたくし、ついカッとなって……」
「だからと言って、階段から突き落としたりするか? 一歩間違えば大惨事になっていたかもしれないだろうが」
「……そうですわ。本当に浅はかでしたわ。謝って許されることではありませんわね」
本当に恐ろしいことをしてしまいましてよ。
「怒らないであげてください、殿下。幸い捻挫だけで済んだし。謝ってくれたし」
「……まあ、君がそれで良いのなら。マツリバヤシ侯爵令嬢、君はもうユリアに近付くな」
やはりそうですわね。それにしても、殿下……。婚約が白紙になった途端”マツリバヤシ侯爵令嬢”呼びですのね。
ごめんなさいね、”桜子さん”。あなたの望む未来はきっと来ないわ……。
恭親様とお幸せに……。
「それより、マツリバヤシさん? わたしが殿下と仲良くしたことは怒ってないの?」
「そうでしたっけ? ……あら! そう言えば、よくお二人で手を繋いで遊んでいらしたようでしたわね」
まあ、でしたらお二人とも懐かしいのではなくて? 旧知を温める? やけぼっくい?
「あらでも……。先日までは殿下もエミリオ先輩もサリエさんを囲んでいらしたのではなくて? まあ! では、サリエさんを弄んで……!」
許せませんわ! このような不実な方達にサリエさんは渡せません!
「わたくし失礼いたします。金輪際サリエさんに近付かないで下さいませ!」
このような場所にいたくありませんことよ! サリエさんにはもっと素敵で誠実な……。そうですわ、あっさり婚約を破棄してしまうような心変わりの激しい男性は認めませんことよ!
********
「なんなんだ、いったい?」
桜子が出ていくと、その場にいた全員で顔を見合わせた。
なんだか肩透かしを食った感じがするわ。
だいたい、あの子に突き落とされるなんて思いもしなかったわ。
いつも何かを口に入れて、見ているのも気持ち悪い子。何を言っても俯いてモグモグと口を動かしてるだけ。言葉が通じないんじゃないかって誰もが言っていた。
テストだって自分の名前を平仮名で書くのが精一杯。
なのにリオウ様の婚約者だなんて許せなかった。他の子だって皆そう言ってた。だからあの子がデブで不細工でみっともないって教えてあげたの。殿下には相応しくないって。でも、あの子は何にも言わないでクチャクチャもぐもぐ。
あの日も教えてあげようと思って、階段のところで待ち伏せしてたの。毎日何度も言っても全く分からにみたいだから、痛い目を見せようと思って。そしたら分かるんじゃないかなって思ったの。なのに、あの子が私のことを押して、私が階段から落ちて行ったの。
馬鹿なだけじゃなくて、暴力まで揮うなんて! あれで侯爵家のお嬢様だなんてとんだお嬢様だわ!
その後、暴力を揮う子がいる学校に通わせらないって、転校させられるし。踏んだり蹴ったりね。
まあ、いくら桜子が取り繕ったって直ぐに襤褸が出るに決まっているわ。家柄だけが取り柄の育ちのなっていない似非お嬢様だもの。
案の定、殿下との婚約は破棄されたって聞いたし。
「猪俣さん、とりあえず。今後はマツリバヤシに近付かないように。こちらでも注意は払っておくようにはするがフォローしきれないこともあるからな」
「は、はい」
「そうだ。生徒会の手伝いをして貰うか……そうすれば、ある程度俺たちの目も届くしな」
「そうですね。連休前に手伝いも終了しましたし」
「はい。ありがとうございますリオウ様、エミリオ様」
「「様」はいらない。昔のように呼んでくれないか?」
リオウ様、相変わらず、ううん、前よりもっと格好よくなって大人の男になってる。
あの、デブでブサイクの桜子にはもったいない。
「でも、私としてはサリエさんに引き続き手伝って頂きたかったですけれど。彼女、素直だし伸び代が相当見込めますよね」
「ああ、そうだな。たしかに……。そちらも打診してみるか?」
サリエ? さっき桜子も言っていたけど誰なのかしら? 知らないってことは外部入学生よね? リオウ様もエミリオ様も目を掛けているみたいだけれど。
きっと、桜子なんかと仲良くしているなんて碌でもない子に決まっている。桜子ともども化けの皮が剥がれるのが楽しみだわ。




