休暇明け。急接近?
本日は休暇最終日でしてよ。
午前中にお父様とお母様がお見えになりました。恭親様を交えて四人でお昼を頂いたら学園へ出発ですのよ。
「元気そうだな、桜子」
「お父様、お母様もお元気そうで何よりでしてよ」
「ずいぶん痩せたのね、桜子さん」
お母様は厳しいお顔立ちをしていらっしゃいますが、お父様はご笑顔でいらっしゃってよ。
「ええ。学園が広いので歩いている内に痩せてきましてよ」
「そうかそうか。それはそうと、実力テストで一番だったそうじゃないか」
「あら、ご存知でしたの?」
「ああ。担任のジャダン先生がわざわざ連絡してくれたんだよ。勉強も頑張っているそうだな。何よりだ」
ジャダン先生がわざわざお父様にご連絡を?
「まあ、そうでしたの。それほどまで目を掛けてくださっているのかしら?」
ジャダン先生は公平な先生ですから、全ての生徒を目に掛けてくださってるはずでしてよ。きっとクラスの皆さんのご両親にご連絡なさったのね。
「ところでお菓子は足りているか?」
をかし? おかし……。
「あ、お菓子ですわね。ええ、新入生の歓迎会のときに皆さんに召し上がっていただきましてよ。ありがとうございます、お父様」
「そうか。……ならもう無くなっただろう? 休み明けに送るが何が欲しい?」
「え? お菓子はもう送ってくださらないで。まだ残っているし、食べきれませんもの」
「そうか……なら服はどうだ?」
「服も間に合ってましてよ」
そうですわ。これ以上おかしな服が増えたら大変でしてよ。あら……お菓子な服? ほほほほほ、なんでもなくてよ。
「必要な物があったらすぐに連絡しなさい。私は恭親君と話があるから失礼するよ」
「ええ。では、お昼に」
お父様は立ち上がるとそそくさとリビングから出て行きました。忙しそうでしてよ。
それにしても。
「お母様どうなさいまして?」
お母様は先ほどから厳しいお顔でなにか考え込んでいるようですわ。
「桜子さん」
「はい」
「ちゃんとお食事は摂っているのかしら?」
「え、ええ。もちろんですわ」
「なら良いのだけど……」
「どうなさったの、お母様?」
「あなた、小さい頃のことを覚えていて?」
小さい頃。桜子さんの小さい頃……。
分かりませんことよ!
「あなた、骨のように痩せ細って……わたくしたちがいくら言い聞かせても、お願いしてもなかなか食べない子だったのよ」
そんな……。でしたら、あの夢で見た桜子ちゃんは、実際の桜子ちゃんだったということかしら。
「いつからかきちんと食べるようになったけれど……また、あの頃みたいになるのは嫌なのよ」
お母様は手を握り締めてお顔を歪めています。きっと、泣くのを堪えているのでしょう。
「お母様……。大丈夫でしてよ! 学園のお食事は美味しいですし、食べ過ぎないように頂いてましてよ!」
「……良かった……元気になってくれて良かったわ」
「お母様……心配かけてごめんなさい」
「良いのよ……わたくしも、どうしたら良いのか分からなくて」
お母様だけではなく、きっとお父様も分からなかったのね。
親も、初めから親になれるわけではありませんものね。子供を育てながら一緒に成長する、と言いますしね。
「そうだわ、お母様。お庭の藤はご覧になって? 牡丹も綺麗なのよ。一緒に見に行きませんこと?」
お母様の手を引いて一緒にお庭に出ましてよ。
少し子供っぽいかしら? でも、よろしいわよね。
「あなたが産まれたとき、あの桜が満開だったのよ」
「まあ、だから桜子なのね?」
「ええ……あなたには可哀相なことをしたわ。殿下との――」
「それはおっしゃらないで、お母様!」
藪を突くと蛇が出ましてよ。娘可愛さに殿下との婚約をもう一度、だなんて。もうあり得ないと思いますけれど、念のためでしてよ。
こうして、四人で恙なく昼食会も終了して学園へ出発しましてよ。食後に恭親様にリクエストを頂いたので愛の夢を演奏したら、お母様もお父様も喜んで下さいましたのよ。
さて、午後3時に学園へ到着したら、ちょうど車を降りたところでサリエさんがいましてよ。
「ごきげんよう。サリエさん」
「あ、マツリバヤシさん。お久しぶり」
「ほほほほ。お名前で呼んでくださると嬉しいわ」
そろそろお名前で呼び合う仲になっても良い頃ではなくて?
「うん。じゃあ桜子ちゃんて呼ばせてください」
サリエさんがにこりと笑って頷いて下さいましてよ。ふふふ、お名前で呼ばれると嬉しいですことよ。そうだわ、二人でミミちゃんに会いに行ったらどうかしら? 久し振りにミミちゃんのふわふわを……。
「桜子ちゃん」
「何かしら?」
「あの……新しいソフトを、連休の間に買ったの。良ければ、これから、私の部屋で一緒にゲームしませんか?」
まあ、お呼ばれ!
初、お呼ばれ! でしてよ。
「まあ! でしたらお菓子を持って伺いますわ!」
「じゃあ、手伝うね」
首を傾げて微笑むサリエさんと、並んで寮へ向かいます。まるで、万祐子ちゃんと一緒にお話ししているようで、懐かしい感じがしましてよ。
そして、たくさんの学園生が楽しそうにお話しをしながら寮へ向かっております。
「お聞きになりまして? マツリバヤシ令嬢とリオウ殿下の婚約が白紙になったんですって」
まあ、早速皆さまに伝わっておりますのね。
そうですことよ。サリエさんと殿下たちとの邪魔をする者はありませんわよ。
さあ、サリエさん、殿下でも風紀委員長でも赤井里先生でも、お好きな方の胸へ飛び込みなさいませ! はしたなくない程度に。
わたくしが期待に満ちた目でサリエさんを見つめると、サリエさんは大きな瞳をさらに大きくして、わたくしを見つめております。
「え……と? あ、あのね、防衛ゲームなんだけど、桜子ちゃん好きかな?」
まあ、わたくしに気を使っているのかしら?
「サリエさん、気になさらなくて良いのよ? 今どき、婚約破棄なんて珍しくもありませんから」
エミリオ先輩や風紀委員長さんも、サリエさんが好きなあまりあっさりと婚約破棄をしていましたもの。ゲームの中では珍しいことではありませんでしたわ。
「そ、そうなんだ? 私みたいな庶民にはよく分からないな……」
「まあ、今どき! 庶民も貴族も王族もなくてよ!」
王族など君臨すれども統治せず、ですし。貴族も同じでしてよ。今では貴族、というのは名前だけの物のようですし。
「ですから! サリエさんも遠慮なさらずにお好きな方がいるのなら当たって砕け……たら大変ですわね。いずれにしても、そのときはわたくしにお手伝いさせてくださいませ!」
「え? え? 急にどうしたの、桜子ちゃん?」
ほほほほほ。あなたの淡い恋心は分かっておりましてよ。
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お部屋にスーツケースを置いて、お菓子の入った段ボールの箱を持ってサリエさんとお部屋へ向かいます。
「本当に、良いの? お菓子こんなにたくさん」
「ええ。遠慮なさらないで!」
チョコレートもクッキーもポテチも賞味期限の長い物ばかりですから。他のお友達がサリエさんを訪ねてきたときにも召し上がってくださればよろしくてよ?
「お呼ばれ!」
は! 嬉しさのあまり声に出てしまいましてよ。サリエさんに変な人だと思われてしまいましてよ!
「桜子ちゃんが楽しそうだと、私も楽しい!」
ですがサリエさんは本当に楽しそうに笑って。首を傾げて顎に一指し指を置いて、まるで――。
「あのね。「マリモバトル」っていう防衛ゲームなの!」
「変なタイトルでしてよ?」
「でも、結構はまっちゃうんだよ? コンピューター対戦もできるから連休はずっとやってたの!」
「まあ、そうですの? 色々なジャンルのゲームがありますのね?」
恋愛シミュレーションゲーム以外にもあるなんて。奥が深いのですわね?
ええ。結論を申せば「はまって」しまいましてよ……。
可愛らしいマリモもを配置して、自分の陣地を守る。
ええ、端的に言えばそれだけですけれど。それだけなのに、はまってしまいましてよ。防衛線で得たお金で陣地を強化したり、マリモたちを強化したり、武器を買ったり……。
「……決めましてよ……」
「桜子ちゃん?」
「わたくしも、お父様にゲーム機を買って頂くわ! 絶対に!」
そのためにも、成績は維持しなくてはなりませんわ!
婚約者は譲っても、成績一位の座は渡しませんことよ、サリエさん!
「桜子ちゃん? どうしたの? あ、そうだ。ミミちゃんに会いに行かない?」
「そ、そうでしたわ! ミミちゃん! ええ。一緒に行きましょう!」
わ、忘れていたわけではなくてよ。ええ、ゲームが終わったらサリエさんと行こうと思っていましたのよ。
二人でエレベーターを出ると、ちょうど屋敷さんが寮のエントランスへ入ってくるのが見えましてよ。
「ごきげんよう、屋敷さん」
「あ、マツリバヤシさん。お久しぶり! マヒロさんも元気?」
「こんにちは、紫ちゃん」
特待生と奨学生どうしなせいか、サリエさんと屋敷さんは面識があるようでしてよ。
「ねえ、マツリバヤシさん、ちょっと良い?」
なぜか声を潜めた屋敷さんがわたくしの手を引っ張って隅へ行きます。とっさにサリエさんの腕を掴んでしまったためサリエさんも一緒です。
「転入生が来るって。さっき学年主任と1-Sの担任が話しているの聞こえちゃったんだけど……」
「え?」
サリエさんもわたくしも首を傾げてしまいましてよ。
今の時期に転入生とは、これいかに?
「変な時期の転入なんだねぇ……? え? Sクラスに入るのかな?」
多分、と屋敷さんは頷きますがわざわざ隅で声を潜めてお話するような内容かしら?
「それでね。その転入生って以前この学園にいたらしいんだけど、マツリバヤシさんがどうの、って先生が言ってたの……」
「まあ、そうですの?」
では、”桜子さん”の知っている子なのかしら?
「あの、言いにくいんだけど。でも、悪くとらないでくれると……」
「ええ。おっしゃってくださいな?」
「あの、あなたが意地悪して、転校させた子……って聞こえて、その……」
んまあ! やはり、”桜子さん”の旧知の方ですのね?
屋敷さんは何か言いたそうにわたくしを見ています。そのお顔は好奇心というより、不安、とか心配という感じの表情でしてよ?
はっきりと言うのはあまり感心致しませんけれど、彼女の少し青い顔を見れば彼女なりにわたくしを心配してくださっている、ということは分かりましてよ。
「心配してくださっているのね? 大丈夫よ。先生はなんておっしゃていたのかしら?」
「「階段から突き落とされた」、とかなんとか……」
「まあ、では、あの……!」
手記に書かれていた……”桜子さん”が階段から突き落とした子?
はっ!?
「屋敷さん……サリエさんも、あの、わたくしもう意地悪はしないと誓いましたの。心を入れ替えましたの……! お願い! 嫌いにならないでくださいませ!」
わたくし、思わずお二人の腕を力いっぱい掴んでしまいましてよ。
「う、うん。分かってる、と思う……」
屋敷さんは自信なさそうですが頷いて下さいました。けれど、サリエさんは顔色を変えて硬直しております。
そんな! せっかくできたお友達が……!
「……桜子ちゃんがそんなことするなんて……何か理由があったのかなぁ?」
サ、サリエさん! わたくし、あなたが大好きでしてよ!
「あ、あの……つまらない理由ですのよ」
「言いなさい」と、お二人の目が語っております。
「……わたくし、この通りの体型でしょう? そのことで少々彼女と揉めていて……あのような愚かな真似をしてしまいましたの……言い訳にしかなりませんけれど、デブとか不細工と言われてカッとなってやりましてよ。後悔も反省もしております」
幸い腕の捻挫だけで済んだようですけれど、打ち所がわるければ……。ゾッとしましてよ。
「きっと、彼女はわたくしのことを案じて言って下さったのでしょう。わたくしを見るたびに指摘してくださったのに、幼いわたくしはそれに気が付かず……」
「え? マツリバヤシさん……それって苛められてたってこと!?」
屋敷さんがわたくしの肩を揺さぶって詰め寄ってきました。
「違うと思いますわ。いえでも、どちらにしても、わたくしのしたことは愚かなことでしたわ……」
いけません。思わず涙が……なぜ、あんな真似をしたの”桜子さん”。
ああ、サリエさんに軽蔑されて屋敷さんにも馬鹿な子と嫌われてしまう。
「……桜子ちゃん、またその子に何か言われたりしないかな?」
「ううん……高校生にもなってそれはないと思うけど……でも、近寄らないに越したことはないわね」
「そうだよね。でも、その子も大人になったぶん狡くなってるかもしれない……」
「その可能性はあるわね。でも、一度、痛い思いしたから二度と近寄ってこないかも……」
お二人で深刻なお顔で何やら話し合っていましてよ。
きっと、もう……。
「お、お二人とも……み、短いお付き合いでしたけれど、楽しゅうございまし――」
「待って! なに早とちりしてるのよ!」
「そうだよ?」
「お、お二人とも?」
「事情は分かったから……。それにもう、桜子ちゃん、そんなに馬鹿な真似はしないでしょう?」
わたくし、お二人のことが大好きですわ!




