休暇3
お休み二日目、わたくし真面目に勉強しております。今更ですけれど、おかしなことに気が付いたのです。ささいなことでしたので気が付かなかったけれど、おかしいのです。
地理や歴史など、元の世界とは明らかに違いますのに、わたくし社会科の実力テストでも遺憾なく実力を揮えましたの。あまりにもスラスラと解けたので何も思わなかったのですけれど。
おそらく、以前の桜子さんがきちんと勉強を頑張っていたから、と考えられましてよ。
あまり綺麗ではない字で書かれた平仮名ばかりの手記。ところどころ、別人が書いたような綺麗な文が見られましてよ。
「桜子さん」がどのような方だったのか分かりませんけれど、苦労なさっていたのは分かりましてよ。ゲームの中では憎らしい役でしたけれど。
わたくしが帰った後、こちらの桜子さんはどうなってしまうのかしら? 桜子さんなりに努力していたのに、何一つ報われてはいなかったようですし。わたくしが最善を尽くして努力を重ねれば、桜子さんが帰って来た時に何かが変わるかもしれなくてよ。
そう思いましたので、真面目に勉強をすることにしたのですわ。
でも、殿下との婚約が白紙になったのは、桜子さんにとっては喜ばしいことではありませんのね。
それにしても婚約が白紙になったということは、ここから先は悪役の出番はありませんわね。
では、どうしたら元の世界に帰れるのかしら? どちらにしても、ヒロインであるサリエさんに幸せになっていただかなくてはなりませんわね。
ああ、万祐子ちゃんがいれば相談できましたのに……。
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あら、いつの間にかこんなに暗くなっていたのかしら。勉強に夢中になっていて気が付かなくてよ。
「あら……ここはどこなのかしら?」
部屋が暗いだけではなく、クリーム色のカーテンもカーペットも机もベッドもなくなっていてよ。
「まさか、泥棒!? 大変だわ!」
早く、どなたかに知らせなくては。まあ、ドアが無くなっているわ! お部屋のドアまで持っていく泥棒なんて……。どうしましょう。
「……あら?」
何もないお部屋をうろうろしていると、隅に誰かがいるのに気が付きましてよ。
もしかして、泥棒……。にしては、小さくてよ?
よく見ますと、白いワンピースを着た小さな女の子だと分かりましたわ。座って膝を抱えて震えています。泣いているようですわ。
「あなた、ここで何をしているのかしら?」
できるだけ優しく問いかけたつもりですが、女の子は答えてくれなくれません。
「ねえ? どうして泣いているのかしら?」
女の子はこちらを見てもくれません。困りましたわ。迷子さんかしら。
わたくしも女の子のお隣に座ってみました。お部屋から出られないし、他にすることがありませんものね。
しばらく女の子のお隣に座っていると、ようやく女の子がお顔を上げてくれましてよ。
痛々しいほどに痩せているせいか、目が異様に大きく感じられますわね。
「初めまして。わたくし桜子といいますのよ。あなたのお名前も教えて下さるかしら?」
「……さくらこ……」
「まあ、あなたも桜子というお名前なのね? わたくしと同じだわ。あなた、もしかしてマツリバヤシ家の桜子ちゃんかしら?」
なぜか分かりませんけれど、わたくしには違和感なくそう感じられます。
「どうして泣いているのかしら?」
桜子ちゃんは首を横に振るだけでお返事してくれません。
困りましてよ……。ドアのない暗いお部屋。泣いている子供……。なぜこのような状態に……。
いけない、しっかりしなくては。わたくしがオロオロしていては、小さい桜子ちゃんまで余計に不安になってしまうわ。
楽しい明るい話題を!
「ええと……。そうだわ、ドアが開いたら一緒に美味しいお菓子を頂きましょう!」
桜子ちゃんは首を横に振るだけです。
ど、どうしましょう……。
「そ、そうだわ、一緒にお歌でも歌いませんこと? きっと楽しくてよ。「さくらさくら」なんてどうかしら? わたくしたちのお名前がお歌になっているのよ?」
……だ、だめですわ。
マイナー調のメロディだからますます暗くなってしまいましてよ。チューリップの歌は……。
「わたし、わるいこだから、たのしいこと、したらいけないの……」
桜子ちゃんは俯いたまま言いました。小さい子に似つかわしくない悲痛な声に胸が張り裂けそうですわ。
「まあ、どうして? 桜子ちゃんは悪い子なんかではなくてよ?」
「……だめなの。ごはんも、おかしもたべたらだめなの。おうたも、うたったらだめなの」
わたくしに向かって言っているのではなく、自分を責めているようでしてよ。
どうして、こんなに小さな子がこれほどに痩せ細るまで?
お父様とお母様は何をしてらっしゃるのかしら?
どうしたら……どうしたら笑ってくれるのかしら?
「……そうだわ! 殿下は知っていて?」
「りおう、でんか?」
「桜子ちゃんは殿下がお好きなのでしょう?」
桜子ちゃんはビクリと体を揺らして、驚いた顔でわたくしを見上げました。ええ、女の子は――わたくしもですけれど――恋のお話は大好きですものね。
「ええ、そうよ? 殿下は元気な子がお好きって言っていたわ。元気でたくさん食べる子がお好きなのよ」
「……だめなの」
「どうして? だって、桜子ちゃんはもう殿下のことが好きなのでしょう?」
桜子ちゃんは弾かれたように立ち上がりました。泣いていたのが嘘のように怖い顔でわたくしを睨んでいます。
「だめなの……だめなの!」
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「はっ! ……夢?」
いつの間に寝ていたみたいでしてよ。なにか、変な夢を見ましたのよ。いいえ。変と言うより、胸が潰されそうな夢でしたわ。
何もない暗いお部屋で小さな桜子ちゃんとお話をする夢でしてよ。手記を読んでしまったからかしら。 小さい頃の桜子さんの姿かもしれなくてよ。
だとしたら、なぜ悪い子なのかしら?




