なぜ男子と一緒ですの?
列を乱さず静かに講堂を出たわたくしたちは、講堂前の広い庭園で一時、解散となりましたの。そちらには新入生徒のご家族がお待ちになっていらしたようで、生徒たちはそちらへ足を運びます。
わたくしはといえば、初々しい彼らの顔を微笑ましく見つめていますのよ。半分の期待そして不安に彩られた、まだ幼さを残るお顔に浮かぶ表情が、ご家族を見付けると綻んでいくのです。
決して、わたくしの両親の顔が分からずに困っているわけではなくてよ。
確かに見覚えのない方々ばかりですが、みっともなく頭を動かすのもどうかと思いますし、目だけで必死に両親らしき方々をさがしているのですが、面識がないので無駄な努力ですわね。
こういうときは、どうするのでしょう。
簡単でしてよ。黙って微笑んでいればよいのです。
それにしても、見事な庭園ですこと。午午午午学園の庭園にも劣らぬ、いえ、それ以上に素晴らしいですわね。まぁ、あれはミツコではなくて。サリエさんのご挨拶にもあったように、ソメイヨシノの蕾も淡く色づいて。それにしても……随分と大きな蕾ですこと。
「桜子」
あら、あれは、まさか。
「まぁ……なんてこと」
ええ、近付いて見てあまりの美しさに感嘆の溜息が零れてしまいましてよ。
「なんて、美しいの」
青い薔薇! 幻想的な大輪のツルバラのアーチ。月白から紺瑠璃の覆輪を持つ幾輪もの薔薇が白いアーチを彩っているのです。
「桜子?」
そうして、見惚れているとやっとわたくしを呼ぶ声に気が付きましたの。振り返ると、一組のご夫婦がわたくしを見つめていることに気が付きましてよ。
「ぼんやりして何かあったのかい、桜子」
男性はすらりと背が高く、きりりとしたお顔立ちに戸惑いを浮かべております。同じようにすらりとした、やはりきりりとしたお顔立ちの女性は微笑んでおります。
わたくしの何かが、こちらのご夫婦がわたくしの両親だと告げていますわ。見覚えのないご夫婦ですのに。
「あまりに見事な庭園ですので、少々見惚れておりましたの」
「そうか」
「何度見ても聖マローネ坂上学園の制服の似合うこと。とても綺麗でしてよ、桜子さん」
「ありがとうございます、お母様」
お礼を言うと、微笑んでいたお母様が顔を顰めました。
「それにしても、ヒールのない靴だなんて」
今、なんと仰いまして、お母様。
確かに女子生徒の制服は、丸い襟にベルスリーブのプリンセスラインの白い膝丈ワンピース。紺色のシフォンのリボン、黒いストッキング。今は室外でまだ寒いこともあって皆さんショールやケープを羽織っていますけれど。
「お母様、わたくしたちお洒落をするために学園に通うわけではなくてよ。」
「「さ、桜子?」さん?」
まぁ、お父様もお母様も、何をそんなに驚いていらっしゃるのかしら。表情にすっかり出ていましてよ。
「さ、桜子? 何を怒っているのだ?」
「ま、まぁ! 顔に出ていまして? 恥ずかしいわ」
「いつもより目が吊り上って……その、桜子の目はマリアンヌに似てとても美しい」
……どういうことですの。わたくし、そんなに怖い目つきをしていまして? お母様を見ると、やはり目を吊り上げてお父様を見ていらっしゃいます。
「綺麗な栗色の髪も綺麗に巻かれているし、薄い小ぶりの唇も上品だし。とても綺麗だよ、マリアンヌ」
あら、わたくしを褒めたのではないのね、お父様。お母様ますます目を吊り上げて。でも、薄らお顔が紅くなってますことよ、お母様。
こうしてわたくしが初めてお会いする両親と一家団欒を楽しんでいますと、先導してくださった教師から集合のお声が掛かりました。
「では、ちゃんと勉学に励みなさい。それと、定時連絡は欠かさないように」
「はい、お父様」
「生活に不自由するようでしたら、すぐに連絡を寄越しなさいな」
「はい? お母様」
「長期休暇に入ったらすぐに帰ってくるんだよ。迎えを寄越すから」
「ああ、やっぱり心配でしてよ。あなた、桜子さんだけでも自宅から通わせられないかしら?」
どういうことですの? わたくし自宅から通うのではなくて?
「マリアンヌ。殿下が寮生活をしていらっしゃるのに、そのような我儘が許されるわけないだろう」
殿下が寮生活……。
まぁ! まぁ、そういうことでしたのね。ええ、分かりましてよ。ここは全寮制の学園ですのね。とても楽しみですわね、寮での生活。
特に不安だなど思っていませんことよ。
「ええ、そうですわ。わたくしも寮生活が楽しみでしてよ。心配なさらいで、お母様」
今年の十月にはわたくしも十九歳になりますもの。そして、来年は二十歳。何か大切なことが控えていたような気がしますわ……。そのうち思い出せますわね。それより、みなさんをお待たせしてはいけなくてよ。
「それでは、行ってまいります。ごきげんよう、お父様、お母様」
「ああ。行ってらっしゃい、桜子」
両親に挨拶をして急いで列に並びます。ほどなくして、みなさんも揃いました。
先導の教師は厳しいお顔立ちの、金色の髪をきっちりと結い上げた女性です。
「みなさん揃いましたね。では、これから教室へ向かいます」
こちらの方がクラスの担任の教師になるのかしら?
ところでさきほどから気になっていることがありますの。
どうして男子生徒も一緒に行動しているのかしら? 同じ敷地内に男子学園と女子学園の校舎があるのかしら?
わたくしの疑問をよそに、見事な庭園を北に向けるとクリーム色の大きな建物が見えてきました。浅葱色の屋根の建物はボザール様式のようですわね。庭園を抜けて十段ほど階段を上がり、立ち並ぶ中央の列柱の間を抜けると……下足置き場になってますのね。
「みなさんの下駄箱はここです。名前が貼られているのでそちらを使うように。上履きは持ってますね? 速やかに履き替えるように」
外観と建物内のギャップが……これが万祐子ちゃんの言っていた、ギャップ萌え! ですのね!
それはよろしくてよ。わたくしの下駄箱はどこかしら……。
「まぁ……なんてことですの? 桜子・フォン・マツリバヤシ」
不自然極まりない名前に何度も読み返してしまいましてよ。
わたくしの名前は、祭囃子桜子。決して、名前から始まったり、間にドイツ貴族の前置詞が入ったりなどしませんことよ。不自然極まりなくてよ。
あら? まぁ……。
この名前、いえ、わたくしのであってわたくしのではない名前。どこかで聞いたことがありましてよ。どこかしら? 出てきそうで出てこないわね。
ああ、もどかしいわ!
「どうかしましたか? 桜子・フォン・マツリバヤシさん」
「は、はい!」
「どうしたのです。上履きにはきかえるだけですよ? 早くなさい。桜子・フォン・マツリバヤシさん」
「はい」
初日から教師に厳しいお声を出させるなんて。十九歳になるのに先生に叱られるような真似をするなんて、恥ずかしいことよ。
それにしても、おかしいですわね。男子生徒と同じ校舎なのかしら?
上履きに履き替えたわたくしたちは、広いエントランスの中央階段から二階に上がって左に曲がり、三番目の教室に入りました。教室の入り口には「1-C」と書かれたプレートが下がってましてよ。
わたくし「1-C」クラスですのね!
黒板に貼られた表に従い、席へ着きます。廊下側の一番後ろ。右は壁、左隣は一つ空いてますわね……あら、寂しい席ですのね。
いいえ、桜子。わたくしは二回目の高等学部生活でしょう? 初めての高等学部生活を始めるみなさんにお譲りしなくてはね。
「では、改めて。入学おめでとうございます。1-Cの担当教諭、ミネット・ジャダンです。学生生活で不安があれば相談に来るように」
はい、とみなさん揃ってお行儀よくお返事をします。とてもよいクラスですのね。
それにしても、おかしいですわ。なぜ、男子生徒と同じ教室なのかしら?