わたくしの華麗なる意地悪 3
教室へ向かう途中、ふとこの前の夢を思い出してしまいましてよ……大丈夫かしら? ……栗色の髪の先輩もいましたし、大丈夫よね?
大丈夫。ですけれど、早めに風紀委員長と接点を持ってもらわなくてはね?
さて、その日も無事に一日を終え部室へ行きましたが、誰もいません。今日一日、雨が降ったり止んだりで部活はあるのかしら、と思いつつ来てみましてよ。ミミちゃんも待ってくれていてよ。
「あ。お、お疲れ様です! マツリバヤシさん」
「ごきげんよう、春さん。あら……サリエさんは?」
いつも二人で来てますのに、今日は春さんお一人のようでしてよ?
「あ、それがですね。今日から生徒会のお手伝いをするらしくて、暫く部活は休むって言ってました」
まぁ、そうでしたの。それで今朝は生徒会室にお呼ばれでしたのね。……拉致監禁ではなくて良かったですわ、切実に。
「中島先輩はご存知なのかしら?」
「それでしたら、エミリオ先輩が昨日のうちに、中島先輩と交渉していたようです」
あら、そうでしたのね。それで昨日、部室までいらしたのね……ふぅん。栗色の髪の先輩はエミリオさんと仰るのね。それにしても、春さん。ずいぶん普通にお話してくれるようになりましたのね。
「ふふ……今日のお庭の手入れはどうなのかしら? また雨が降ってきたようですし」
「今日の部活はお休み、と中島先輩から連絡がありました! 部室に来る前に中島先輩が来て……マツリバヤシさんと入れ違いだったので伝えに来たんです」
「あら、そうでしたの? ありがとうぞんじます」
でしたら、今日こそはミミちゃんを心行くまでモフモフしなくては!
「ふふふ、うふふふ……ふわふわ、モフモフ」
都合の良いことに、春さんはすぐにお帰りになったのでわたくしは暗くなるまでミミちゃんをモフッモフとできましてよ……ふぅ。楽しかったですわ! きちんと夕ご飯も食べさせましてよ。
こうして何事もなく今日を終え、次の日もサリエさんの下駄箱へ嫌がらせの品を入れに行ったのですけれど、やはりそのままでしたので新しい嫌がらせの品と交換しましてよ。
「今日こそは受け取りなさいませ!」
ええ、次の日もその次の日は週末でしたので嫌がらせはお休みしたのですけれど、週明けの月曜日も。なのに、サリエさんは品には手を付けずに、風紀委員に報告した様子もなく、それどころか彼女自身も動じてないようですの。気になったので1-Sまでこっそり様子を窺いに行きましてよ。幸い隣の教室なので怪しまれずに様子を見られたのですけれど。
「困りましてよ」
「こんにちは、桜子ちゃん。何を困ってるの?」
「ごきげんよう、中島先輩。いえ……何も困っていませんでしてよ?」
下駄箱に嫌がらせしているのに、まったく困っている様子がないことに困っている、など言えなくてよ。
「そう? 困ったことがあるなら言ってね。それと……苺の苗が届きました!」
「まぁ、嬉しいですこと! 早く植えましょう?」
そうでしてよ、苺でしてよ! 中島先輩は笑顔で苺の苗がたくさん載った台車を温室へ押して行きました。わたくしと春さんも後に続きます。
「うん、今日はマヒロさんも来るはずだから、ちょっと待ってようね」
そうですわね。サリエさんも楽しみにしていたことですし、やはり部員全員で……。
「すみません! 遅くなりました!」
早速やってきましてよ、溢れんばかりの笑顔のサリエさん――
「俺たちも手伝う」
と、殿下とエミリオ先輩が……。
「サリエ。さぁ、ここに植えるんだ」
「サリエさん、こっちにも植えられますよ」
まぁ、お二人とも。ずいぶんとサリエさんと仲良くなりましたのね?
「マヒロさん、こっちの土は堆肥入りだよ、甘い苺ができるよ」
しかも、中島先輩までサリエさんを誘惑してらしてよ! はっ! これがもしや、万祐子ちゃんが言っていた、逆ハーレム? 不健全と思いましたけれど、なかなかに微笑ましい光景ですのね。ここに風紀委員長と、不本意ですけれど数学の先生が加われば完璧ですのね?
わたくしもっと頑張りましてよ。
「マツリバヤシさん、土被せ過ぎじゃないですか?」
「あ、あら……本当だわ。浅く植えるんでしたわね。ありがとうございます、春さん!」
よそ見をしていたら、いつの間にか苗がほとんど土に埋まってしまいましてよ。春さんがさりげなく、お手伝いしてくださって……。な、なんとなく新鮮でしてよ。そういえばわたくし、男子生徒さんとはご一緒するのは幼稚園以来ではないかしら?
「マツリバヤシさんの手、土だらけになってしまいましたね」
「あ、あら……園芸部ですもの、当然でしてよ。それに、土は洗えば落ちますもの」
ほほほほ、これくらいは想定内でしてよ。長期休暇のときに園芸用の手袋を買っていただこうかしら?
「あ、あの僕……」
「どうなかさいまして?」
「な、なんかマツリバヤシさんのこと、誤解していたみたいで、その……」
ええ、ええ。そうでしょうね。桜子・フォン・マツリバヤシの仕業ですのね? もう驚きませんことよ。
「気になさらないで。仲良くしていただけると嬉しくてよ、ほほほほほ」
「ふふふふ!」
嬉しいですこと。春さんともさらに、仲良くなれそうでしてよ。それから二人で残りの苗も植えて行きます。一人で黙々と作業するのもよいですけれど、やはり誰かと一緒だと楽しいですわ。
それにしても、サリエさん。嫌がらせにまったく動じていないとは……ヒロインともなると、やはり格が違いますのね。
こうして苺の苗を植えた次の日、とうとうそれが起こったのです。
「何をしているんだ? 君」
そうです、毎朝恒例と化したサリエさんの下駄箱へ嫌がらせの品を詰めているときです。昇降口全体に響くような低い声は、間違いなくわたくしの悪事を咎める声でしてよ。
「こんな朝早く何をしている?」
待っていましてよ、と振り向くとまさかの風紀委員長さんではありませんか! 眼鏡がお似合いの知的なお方でしてよ。
「ん……マツリバヤシ、か? だいぶ横幅が縮んでないか? いやそれより、何をしていたんだ?」
「ほほほほ、見て分かりませんの?」
「下駄箱に何かを入れているように見えたんだが。……そこは君のではないな?」
ほほほほ、ようやくお気付き遊ばしましたね。風紀委員長さん!
「最近ずいぶん大人しいと思ったが、陰でコソコソと何をしているんだ?」
風紀委員長さんは、わたくしの手から嫌がらせの品を奪い取ると中を検めましてよ。
「ん? これは……パック入りの牛乳だな。五百mmlか。それと……タオルか? タオルだな……? なぜこんな物を、そこの……サリエ・マヒロの下駄箱に入れていたんだ?」
まあ、なぜ、と? 風紀委員長さんなのにご存知なくて?
「嫌がらせの品の定番の、牛乳タオル、でしてよ?」
「そうなのか? いや……なぜ、これで嫌がらせになるのか聞かせてもらえるか?」
「さぁ、わたくしも知りませんことよ? でも、下駄箱に入れる嫌がらせの定番、と以前(万祐子ちゃんに)聞きましたので……おそらく、サリエさんのように背の小さい方には、腹立たしいのではありませんこと? これでも飲んで背を高くするが良い? というメッセージが込められているのでは、と思うのですけれど」
そう考えると、とてもよくできた嫌がらせだと思いましてよ。
さあ、被害者であるサリエさんを、今すぐこちらにお呼びしてくださいませ! さあ、さあ、さあ! いよいよ二人の出会いのシーンでしてよ!
「おい、大丈夫か? 本気か? というか、お前は誰だ?」
さすがの風紀委員長さんも、わたくしの非道にして陰湿な嫌がらせに恐れをなしたようですわね。
「わたくしは桜子・フォン・マツリバヤシでして……ちょっと、お止めになって、触らないで」
真面目なお顔で詰め寄ってきた風紀委員長が、わたくしの顔やら肩やら背中をペタペタと触ってきましてよ。いったい何ですの? ですから、お止めになって――
「マツリバヤシの着ぐるみ……でもなさそうだな? 何か変な物でも食べたのか?」
「んまぁ! 何ですの、先ほどから?」
「とりあえず、風紀室に来てもらおうか」
望むところでしてよ。ですけれど、被害者のサリエさんはお呼びしなくてよろしいのかしら?
風紀室は、配置としては生徒会室の真下にありましてよ。生徒会室が近いと言えば近いので、早くサリエさんを!
「おはようございます、委員長。朝早くに何事ですか? って、桜子ちゃんじゃないですか? 何やらかしたの?」
室内中央には一人掛けソファが二脚と三人掛けソファが一つ、ガラステーブルの周りに設置されていて、奥の窓側に大きな机があります。
男子生徒さんがソファに掛けていらっしゃいます。風紀委員の方ですのね。委員長さんはわたくしをソファに座らせると、今までの経緯を彼らに説明しましてよ。すると、生徒さんが口を開きましてよ。紺色のベリーショートの髪で、耳や鼻や唇に飾りをたくさん着けている生徒さんです。
「それ、もしかして牛乳雑巾のコト? いや、牛乳雑巾だから、ソレ」
「……牛乳雑巾、ですの?」
「うん。床に零した牛乳を拭いた雑巾だね! 本当はソレを下駄箱に入れるんだヨ!」
……嫌だわ。汚いのではなくて? 紺色の髪の生徒さんは頷いています。
「そんな……恐ろしいこと、そのような物を人様の下駄箱に入れるなんて……人でなし!」
「イヤイヤイヤ。桜子ちゃんだって、サリエちゃんに嫌がらせしようとしてたんデショ?」
「いいえ。「しようとしていた」ではなくて「していた」のです! そこを間違えないでくださるかしら? ですから、早く被害者のサリエさんを連れて来てくださいませんこと?」
「なんで嫌がらせしてたの? やっぱり庶民は嫌いだから?」
「いいえ。庶民も貴族もありませんことよ。わたくしは、ちゃんと意味があって嫌がらせをしていたのです!」
「だから、何で?」
「そ、それは……言えませんことよ。とにかくサリエさんをこちらへ!」
そう言って、紺色の髪の生徒さんを見据えると、彼は首をちょこんと傾げました。それから、彼は――
「きゃっ! それは、いったい何ですの? お止めになって!」
「え? 何が?」
「それ、それですわ……」
唇に着けている小さな石の飾りを引っ張っているのです。そうすると、唇も一緒に引っ張られて……。
「止めて下さいな、お願いですから! その唇の飾りを引っ張るのを、お止め下さいませ!」
わたくしがそれを見ないように手で顔を覆いながら懇願すると、彼はやっと手を止めましてよ。
「……そ、それは、いったいなんですの? その鼻や唇についている飾りは」
恐る恐る尋ねると、彼はにっこりと笑いました。
「鼻ピアスと口ピアスのコト? 舌にもついてるヨ? ほら。穴開けて石着けてるんだヨ……ふふふ、桜子ちゃんて、こーいうの苦手なんだー?」
穴を開けて……? ピアスとは、耳につけるものではなくて? なぜ鼻や唇! い、嫌です! 引っ張りながら近付かないでくださいませ!
「ほら、なんで嫌がらせしてたのかなー? 言わないとコレ止めないよー? ほらほらほーら」
「ひぃっ! わ、わたくしは絶対に言いませんことよ!」
「泣きそうな顔しちゃってー。あははは! 桜子ちゃんてそんなキャラだったけー?」
わ、わたくしのキャラなど、どうでもよろしいでしょう?
「おい、珊瑚島。それくらいにしておけ。泣かれたら面倒だ」
今まで黙ってらした風紀委員長さんに窘められると、紺色の髪の彼は不気味な行動を止めてくださいました。
「ありがとうぞんじます、風紀委員長さま。このご恩には必ず報いてみせましてよ。ですので、サリエさんをこちらへ!」
「サリエ・マヒロをここへ呼びたいことは分かったが、なぜだ?」
なぜ、と聞かれましてもお答えはできません。
「お呼びしていただければ分かりましてよ。サリエさんは可愛らしいし、健気ですし……その、これ以上は申し上げられなくてよ」
風紀室に来たサリエさんに、風紀委員長がメロメロになってみなさんで取り合いが……きゃっ! 破廉恥でしてよ。楽しみでしてよ!
「え……もしかして、桜子ちゃんって……(百合的な意味で)サリエ・マヒロが好きなの?」
突然何を? もちろん、同じ部活の仲間ですし(友情的な意味で)好きでしてよ。
「え、ええ。もちろんそうでしてよ?」
「そうなのか? そんなに(レズ的な意味で)好きなのか? リオウはどうするんだ?」
そんなに驚くことでして、風紀委員長さん? そして、真顔で詰め寄らないでいただけますこと?
「殿下との婚約は白紙に戻そうかと思ってますのよ……もうこれ以上は言えませんでしてよ。サリエさんを呼んでいただけないのなら、寮に戻りますわね」
「あ、ああ。とりあえず、もう下らない悪戯はするな」
「では、ごきげんよう」
残念でしてよ。あと、少しでサリエさんと風紀委員長の接点ができましたのに!




