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わたくし悪役でしてよ  作者: しぶぬきかき
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わたくしの華麗なる意地悪 1

 

 

「た、たいへんですわ……!」


 サリエさんが……サリエさんが、殿下に拉致監禁されてしまいましてよ! 昨日まで風紀委員長ととても良い雰囲気でしたのに! わたくしも頑張ったのに、なぜですの? どうして殿下がご乱心あそばすの? 殿下はお顔立ちが麗しいだけに、悪そうに微笑むと恐ろしさが倍増でしてよ。あの満足そうなお顔の恐ろしいこと……。

 わたくし、いつどこで何を間違えてしまったのかしら?

 風紀委員長の前でサリエさんに意地悪をしたり、意地悪をしたり、意地悪をしたのに。いったいどこで、殿下がしゃしゃり出てきましたの?


「桜子ちゃん、大丈夫?」


「ま、万祐子ちゃん……わたくし、どこかで選択しを間違えてしまったのかしら? 風紀委員長ルートなのに、ヒロインが殿下に拉致監禁されてしまいましてよ? とても恐ろしくてよ、殿下のお顔が……」


「あ、桜子ちゃん。それ殿下の監禁エンドだよ? 結構難しいんだよ。初めてのプレイでそのエンドは凄いよ、桜子ちゃん!」


「どのあたりが凄いのか分かりませんけれど、わたくしは嫌でしてよ! ……そ、そうだわ、万祐子ちゃん。その本を、攻略本を見せてくださいな」


「これのこと?」


 万祐子ちゃんは可愛らしいお顔を綻ばせて、得意げに攻略本をパラパラと捲っていきます。


「ええ、もう一度やり直すので、見せて下さらないかしら?」


「ふふふふふ! だーめ! もう一度頑張って、桜子ちゃん」


「万祐子ちゃん、そのような可愛らしいお顔で悪役のようなことを仰らないで! 攻略本を!」


――ダメだよー! 頑張ってね、桜子ちゃん!


「――攻略本を! きゃっ!」


 ……ゆ、夢?

 

 自分の声に驚いて起きたなど初めてでしてよ。嫌な夢でしたわ……変な汗をかいてしまいましてよ。

 まだ五時になったばかりですのね、さすがに、まだ寒くてよ。暖かいお茶でも淹れましょう。お湯を沸かす間に、昨夜書き込んだ秘密のノートを持って来て……。


「ふふふふふ、ノートノート」


 淹れたての暖かい紅茶を飲みながら、昨夜考えて書いたことを見直しましょう。頭が冷えてから見直すと、とんでもないことになっていたりしますものね。 


 あら、これはいけないわ。殿下との婚約の件はお父様に相談しませんと。王族と貴族の婚約ですもの、お家の事情が絡むお話でしたら、わたくしの一存ではどうにもできませんものね。


『殿下の監禁エンドだよ!』


 ……そ、そうですわ。きちんとお話をして婚約をなかったことにしなければ、恐ろしいことに。夢のおかげで思い出しましたのよ。

 殿下とわたくしの婚約破棄の時期によっては、いわゆるバッドエンディングになってしまうことを。それが、夢で見た『殿下の監禁エンド』ですのよ。

 そうだわ、四月の末から五月の初めにかけての長期休暇の間に、家に帰ってお父様と話し合わなくては。


 とりあえず、今はサリエさんに意地悪することに専念しましょう。

 風紀委員長さんこと、怜人・ダニエル・フォン・バウワー様はバウワー公爵家のご長男で殿下の従兄弟に当たる方ですのよ。現在はツェプター子爵位を賜っているとのことでしてよ。

 ヒロインのお相手には相応しいのではないかしら? でも、やっぱり王子様である殿下が一番ふさわしいかしら? ……いえ、大丈夫よ。桜子!


 常々不思議に思っていたのですけれど、ようやく分かりましてよ。なぜ、あの洋風建築の校舎に下駄箱があるのか。

 校舎の入り口の鍵が開くのは朝六時でしたわね。早朝ウォーキングをする振りをして、サリエさんの下駄箱に例の物を……。できれば、風紀委員さんがわたくしの悪事を見ていてくださるとよいのだけれど。


「……ええ、大丈夫ですとも」


 学園施設内は夜間の見回りは行っているのですけれど、開錠される時間になると警備員さんは一度警備室へ戻るようですの。それから朝八時になると、風紀委員さんが校舎入り口で生徒さんたちの服装などのチェックを行うのでしてよ。朝からお疲れ様でございます。

 何度かサリエさんの下駄箱に嫌がらせをすれば、風紀委員さんが見回るはずですわ。悪質であれば、風紀委員長さんが見張りに来るはずです。


「ほほほほ、そこでサリエさんと風紀委員長さんが出会うのですことよ!」


 あら、いけない。もう行かないと、時間になってしまうわ。

 この時間ですと、部活の早朝練習の方もいますし、わりと賑わっていますことよ。皆さんやはり食堂を通って行きますのね。


 思った通り、体育施設棟へ行く生徒さんはいますけれど、校舎へ入る生徒さんはいませんでしてよ。

 サリエさんは1-Sでしたわね。


「ふふふふ、これできっとサリエさんも……あら、下駄箱が空っぽでしてよ? 丁度よくてよ、これでしたら、こちらの品も余裕を持って詰められましてよ……ほほほほほ。受け取るがよくてよ! わたくしからの嫌がらせの品を!」


 下駄箱を開けたときのサリエさんの衝撃が楽しみでしてよ……。 

 ああ、わたくしったらなんて悪い女なのかしら? 早く風紀委員に相談に行かないかしら?


「さ、一回りしてから一旦寮に戻りますことよ」


 ああ、なんて清々しい朝なのかしら?


「あ、おはようございます、マツリバヤシさん」


「あら、おはようございます。屋敷さん」


 清々しい気分で寮の階段を上っていると、屋敷さんがちょうど下りてらしてよ。お顔の色があまり優れないようですけれど。せっかくの美人さんが台無しでしてよ。そんなことを考えながら階段を上がろうとすると、屋敷さんから声が掛かりましたわ。


「あ、あのマツリバヤシさん」


「はい?」


「よ、良ければ朝食、一緒にどうかな?」


「朝食? 屋敷さんと?」


 どういうことかしら? 昨日の今日で……。


「い、嫌ならその無理にとは……その、昨日は変なこと言ってごめんなさい!」


「いいえ、いいえ。構わなくてよ! それよりも、是非ご一緒させて下さいな! 嬉しいわ! どちらで頂きますの?」


 まぁ、とても嬉しいわ! わたくしを誘って下さったということは、そういうことですのね!


「マツリバヤシさんは朝はどこで食べてるの?」


「わたくし、いつもは寮のカフェでモーニングセットを頂いてますのよ。屋敷さんはどちらで?」


「いつも、校舎の食堂だけど……寮の朝食はまだ食べたことないから行ってみたい、な」


「では、そちらへ行きましょうか」


 こうして、屋敷さんとは少々ぎこちないながらも、朝食をご一緒しましてよ。これから更に親睦を深められれば嬉しいですわ。


 さて、放課後になりましてよ。

 あら、早いですか? そう仰られても、今日は特筆すべきことはございませんでしたのよ。本日の授業内容や、わたくしの昼食のメニューなど、詳細をお聞きになりたいのかしら? 帰りには屋敷さんは普通にご挨拶してくださいましてよ。春さんは、ご挨拶もそこそこに教室を飛び出て行きましてよ。よほど部活の時間が待ち遠しいのですわね。


 など、と言ってる間にわたくしも部室へ着きましてよ。サリエさんはどのようなご様子かしら? ドキドキしましてよ。


「ごきげんよう、みなさん」


「あ……こんにちは。マツリバヤシさん」


 わたくしが挨拶をしながら部室へと入ると、サリエさんは難しいお顔でミミちゃんを膝に載せています。きっと、わたくしの嫌がらせに多大なる衝撃を受けたのでしょう。ああ、あのようなお顔をさせるなんて! 謝ってしまいたいですわ!

 いいえ、ここで堪えなければ後の幸福には辿り着けなくてよ。


「どうかなさったの? 今日はあまり元気がないようでしてよ、サリエさん」


「な、なんでもないよ。何もないよ」


 まあ、心配させまいと……健気な子でしてよ、サリエさん!


「やあ、みんな揃ってるね?」


「ごきげんよう、中島先輩」


「お疲れ様です、先輩」


「……こんにちは、シオウ先輩」


 サリエさんを見つめながら悶々としていると、中島先輩がいらっしゃいました。


「ん? マヒロさん、元気がないみたいだね。何かあったの?」


 まあ、中島先輩はお美しいだけではなく気遣いもできる方ですのね。……中島先輩とのルートはどうかしら? 可愛らしいサリエさんと、美女風の中島先輩。な、なにやら少し倒錯的でしてよ。それはそれで、捨てがたくてよ。


「な、何もないですよ?」


「そう? でも、何かあるなら相談してね? 君たちの先輩なんだし……みんなも遠慮しないで困ったことがあれば相談してね」


「ありがとうぞんじます」


 本当に素晴らしい先輩でしてよ、中島先輩! パラメーターが……わたくしのパラメーターが上がりましてよ! 春さんもキラキラと輝く眼差しで先輩を見つめていましてよ。春さんの中島先輩パラメーターも上がりましたのね?


「じゃあ、今日もチューリップのお手入れに行こうか」


 わたくしたちは揃って返事をしてチューリップ畑へと向かいました。

 本日は少し曇って風が冷たいです。でも、花弁の散ったチューリップを折っていると無心になれます。


「――す。ご心配お掛けしてすみません」


「本当に、大丈夫?」


 無心ですけれど、サリエさんと中島先輩の会話が耳に入ってきて、思わず手が止まりましてよ。

 中島先輩の優しい言葉にも、サリエさんは、大丈夫です、の一点張り。そうですわ。ヒロインがやたらと、殿方にふら付いては示しがつきませんことよ。

 ああ、でも中島先輩ルートも捨てがたくなってきましてよ……いけないわ、わたくしがふら付いてどうするの? しっかりなさいな、桜子!


「――ちゃん、桜子ちゃん」


「はい」

 

「雨が降りそうだから、今日は終わりにしよう」


「は、はい、分かりましたわ」


 確かに、分厚い雲で空が覆われて暗くなってきましたわ。直ぐにでも降りそうな予感がしましてよ。


「わたくし、ゴミを捨ててから戻りますので、先輩と春さんは急いで寮へお戻りになって」


 男子寮は反対方向ですから、遠回りになってしまいましてよ。わたくしは急いで、三人の袋を回収すると、温室へ走って向かいました。

 

「ふぅ、ふぅ……結構、ふぅ、降って、きましたわね、ふぅ……」


 ふぅふぅふぅ、こんなに、ふぅ、息切れするの、久し振りでしてよ……。走ったせいか、寒くはないのですけれど……大雨でしてよ。

 部室で雨宿りするしかありませんわ。部室に入ると、ミミちゃんが飛びついてきましてよ。ほほほほ、可愛らしいわ。雨があがるまで存分にモフモフを堪能しなくては。


「あ、お父様にもお電話をしなくては」


 四月の末からの連休に帰る旨を伝えなくてはならなくてよ。……お休みの間、ミミちゃんはどうするのかしら?


「一人でお留守番は可哀そうですことよ。可愛いミミちゃん、わたくしのお家に来ますか――」


「失礼します、中島先輩はいらっしゃいますか?」


「んにゃっ!」


 び、びっくりしましてよ。雨の音で人が入ってきたことに気付きませんでしてよ。


「誰ですの? ノックもせずに、不作法でしてよ?」


「ノックはしたのですが、聞こえなかっただけでは? ……マツリバヤシ侯爵令嬢ですか? だいぶ横幅が小さくなったような?」


 あら、いつぞやのトレーニングルーム前の栗色の髪の先輩ではなくて? 何か仰っているみたいですけれど、雨音でほとんど聞き取れませんでしてよ。


「ここで何をしているのです?」


 何を、とお尋ねになられても……。


「わたくし園芸部員ですから……。帰ろうと思ったら土砂降りになってしまったので雨宿りですわね」


 それと、少しミミちゃんと遊んでいただけでしてよ。悪いことなどしておりません。なのに、なぜそんな目を眇めてこちらを見ていますの?


「あなた、いったい何を企んでいるのです?」


 はい? 企むって……。この方もしかして、知っているのかしら?


「いいえ、そんな……! 今度の休暇中に子猫さんを家に連れて帰ろうだなんて、これっぽちも思っていませんことよ!」


「……ずいぶん大人しくしているようですけれど、私は騙されませんからね」


 あら、そちらでしたの。そうですの。そうですわよね。


「わたくしは何も企んでなどいませんことよ。ただ、心を入れ替えただけですのよ」


 本当は、心が入れ替わった、が正しいのですけれど、他の人には関係ないことですものね。それに、そんなお話信じてくれる方などいないでしょう? わたくしだって、自分自身に降りかからなければ到底信じられないお話ですもの。


「まあ、良いでしょう。では、中島先輩も寮へ戻ったのですね?」


「たぶん、そう思いますけれど……お急ぎですのよね?」


 だから、この土砂降りの中こちらへいらしたのよね?


「サリエ・マヒロさんも園芸部ですよね?」


「え、ええ。そうですけれど、サリエさんも今日は寮へ戻ったはずでしてよ」


 あら、どのようなご用件かしら? そうです。こちらの方もサリエさんのお相手……プレイヤーによってはお相手になる方ですのよね。


「わたくしでよろしければ、サリエさんにお伝えしましてよ。さ、遠慮なさらずどうぞ」


 心が入れ替わった桜子にお任せくださいな。そんな、考え込まずともよろしくてよ。


「分かりました……では、サリエ・マヒロさんに、明日の朝八時に生徒会室へ来るように伝えて下さい」


「お任せくださいませ。では、行ってまいりますわ! ミミちゃん、また明日お会いしましょう!」 


 ミミちゃんを置いて行くのは忍びないですけれど。お利口さんですからね。


「あ、いえ。雨が止んでから……」   


 ほほほほ、サリエさんが生徒会に入れば意地悪する口実ができましてよ!



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