考えてみましょう 1
翌日の放課後、女子更衣室でジャージに着替えてから園芸部部室へ来ました。ミミちゃんが足元へ寄ってきて小さな爪を引っ掻けて上ってきましたわ。
「ふふふふ。可愛らしいわ……可愛らしくてよ」
まだ誰も来ていないので、今のうちにふわふわを堪能しなくては!
「こんにちは、マツリバヤシさん。お友達連れてきちゃいました!」
「あ、あら、ごきげんよう。サリエさん」
サリエさんが元気よく挨拶しながら部室へ入ってきました。わたくし、思わずミミちゃんを後ろ手に隠してしまいましたわ。
「し、失礼します!」
それからサリエさんの後ろから、誰かが入って来ましてよ。見学の方のようでしてよ。背の低いふっくらした男子生徒さんです。
「まぁ! サリエさんのお友達でしたのね。右衛門四朗春さん」
「春くんは私の幼なじみなんです。春くん、座って!」
まぁ、なんて奇遇なのかしら。同じクラスの方と、同じ部活で活動できたら楽しいでしょうね。
「わたくしも春さんとお呼びして良いかしら?」
サリエさんのお隣に座る春さんは、今日はずいぶんと頬に赤味が差してますわ。部活見学が余程楽しみですのね? ミミちゃん、ふわふわでもふもふでしてよ。
「お、お好きにどうぞ!」
三人でお話していると、中島先輩が部室へいらっしゃいました。
「やあ、みんな待たせてごめんね。あ、君が見学希望の子だね?」
「は、はい。右衛門四朗春と申します。きょ、今日はよろしくお願いします」
春さんは緊張しているようでしてよ。中島先輩の美しさにたじたじですのね? 分かりましてよ。
「こちらこそ。あ、苺の苗は昨日発注したので、週末には届くよ」
「わぁ、とっても楽しみ! 春くんも一緒に植えようね!」
「う、うん!」
まぁ、春さんは入部する気に満ち溢れていますのね! わたくしも楽しみですことよ。
それから、四人で今日のお手入れエリアへ向かいました。サリエさんを挟んで歩く三人の姿がとても眩しいですわ。ミミちゃんはやはりお留守番ですのよ。
「昨日も思いましたけれど、よくお手入れされてますのね」
ほどなくして着いたエリアは、十メートル四方ほど。色とりどりの様々な種類のチューリップが咲いていましてよ。
「そうだね。基本的には専門の職人が手入れをしているからね。じゃあ……こういう風に花が散っているのがあれば子房のところから折ってくれるかな? 茎と葉は残しておいてね」
わたくしたちは、はい、と元気に返事をすると作業を開始しました。こうしてお手入れをしてみると、なかなか広く感じますのね。
ありましてよ、花弁の散ったチューリップ発見しましてよ! ここから折って……なかなか折れませんわね。こう……中島先輩がやっていらしたように、上手に折れませんことよ。
「――そう。うん、上手に折れたよ。マヒロさん」
「ありがとうございます、先輩」
……やっと折れましたわ。折った分は袋へ詰めて……あら、あちらのお花も花弁が散ってましてよ。
ふぅ、ふぅ……。何かしら、この作業? なぜか無心になれますわね。
「――ちゃん、桜子ちゃん」
「はい!」
「今日はもう終わりにしよう」
「え、もう終わりですの?」
そんな、まだありますのに……。袋にも、まだまだ入りますのに……。
「だいぶ綺麗になったよ。それに初日にそんなに頑張らなくても……って、ずいぶん頑張ったね」
先輩はわたくしの袋を見て驚いていらっしゃいます。美人さんは、どのような表情をなさっても美人さんですのね。
「はい、分かりましたわ。摘んだ子房はどうしますの?」
「温室の裏のゴミ置き場に置いておくと、清掃業者が回収してくれるよ」
「はい」
では、部室へ向かいましょうか。
とても清々しい気分ですわ。前を歩く三人も、とても清々しい後ろ姿でしてよ!
「中島先輩。あ、あの、僕、入部したいです」
「ああ、歓迎するよ。あ、桜子ちゃん。袋はそこに置いておいてね」
「はい、ここですのね」
ふぅ、ふぅ……やっとみなさんに追い付きましてよ。久しぶりに息が切れましてよ。
「みなさん、お疲れ様でした。じゃあ、春くん。部室に入部届があるから書いていってくれるかい?」
「は、はい!」
「お疲れ様でした。では、ごきげんよう。みなさん」
春さんは入部しますのね。では、教室で春さんと部活についてお話をしたり……そのうちお昼もご一緒したりなど……。ほほほほほ、楽しみですこと!
寮に着くと、五時になっていましてよ。ホワイエを抜けて階段へ行くと、ちょうど屋敷さんが降りてきましたの。
「あ、ご、ごきげんよう、マツリバヤシさん……」
「ごきげんよう、屋敷さん……。どうかなさって? あまり元気がないようでしてよ?」
屋敷さんは少々おどおどした様子でしてよ。余計かと思いつつも、つい尋ねてしまいました。
「え、えっと、その……あの、ごめんなさい!」
「あら、どうしましたの? なぜ謝りますの? 頭を上げてくださいな」
屋敷さんは突然、勢いよく頭を下げましてよ。そのまま下げたら、床に頭をぶつけてしまいそうな様子に、わたくし驚きましてよ。通りすがりの方も何事かと驚いているほどですのよ。
とりあえずホワイエのソファへ促すと、屋敷さんは項垂れたまま付いてきました。初日の勢いはどこへ行ったのかしら?
「どうなさったの? 何があったのか話してくださらないと、分からなくてよ?」
「あ、あの……怒ってない、ですか?」
「何をですの?」
「え、えと、歓迎会の日……その、マツリバヤシさんに、失礼なことしちゃって……」
あら、あの日は何かあったかしら? 誰か覚えてまして?
「マツリバヤシさん、歓迎会に、その、お呼ばれしてなかったのに……しつこくしたり」
お呼ばれしてない方が参加しないのは当たり前ではなくて? 何を気にしているのか、全く分かりませんでしてよ?
「え、と……マツリバヤシさんは、侯爵家の令嬢で、気に入らない人は……て」
なにかしら? 聞き取れなかったわ?
「はっきり仰って構わなくてよ?」
屋敷さんは唸りながら考えてましてよ。言って下さるまで待ちましょう。
部活帰りの生徒さんが、ぽつぽつと寮へ戻って来るのが見えます。だいぶ日も落ちて暗くなってきましてよ。
しばらくしてから、ゆっくり顔を上げて、わたくし見る屋敷さんのお顔は真っ青ですが、瞳には力が篭ってます。
「気に入らない庶民の子は侯爵家の力で転校させたり、イジメたりするって聞いたんです! ……先輩から」
まぁ、なんですって? わたくしが?
落ち着いて、桜子……ええ、落ち着くのよ、桜子……。桜子……桜子・フォン・マツリバヤシの仕業ですのね!?
「屋敷さん……あの、それはわたくしでは……。いいえ、わたくし、心を入れ替えましたのよ!」
「……マツリバヤシさん?」
「わたくし、侯爵家の人間として今まで恥ずべき行いをしてきましたが、気が付きましたのよ。それではいけないことに」
自分で言っておいてあれですが、わたくしが、もし屋敷さんの立場でしたら疑う発言でしてよ。
今まで、この桜子・フォン・マツリバヤシが何をしてきたのか分かりませんけれど、あまり褒められたことはしていないようですし……なんと言いましょうか、胡散臭い? ですわ。
案の定、屋敷さんは訝しむようなお顔でわたくしを見ております。
でも、他に言葉がありませんもの。ああ、どうしましょう? 屋敷さんとも仲良くなりたいと思ってますのに。
「わたくしとしては、あの歓迎会の日のように接して頂きたいの……もし、屋敷さんがわたくしを信用できる日が来たら、声を掛けてくださいな……では、ごきげんよう」
「あ……」
わたくしは、屋敷さんをその場に残してお部屋へ戻りました。
なんだか、心に靄が掛かったようでしてよ。




