桜咲く
何番煎じか分からない乙女ゲーム悪役転生物です。お暇潰しにどうぞ。
ええ、確かに。
正直に言えば、確かに残念に思いましてよ。それもほんの少しどころではなく。
親友とともに過ごした三年の日々は、この先何年何十年と時を経ても色あせることなく輝きをともない思い出せることでしょう。
初めての親友に浮かれて、門限を破ってしまいわたくしとともに両親に謝罪してくれた親友。
親友とともに初めてのお買い物。自らの足でお店に出向き、お金を支払い、お買い物をする、という社会的活動。初めて飲んだ炭酸飲料の衝撃、そしてポテチの塩分濃度の高さ。
親友の家で過ごして初めて目にしたテレビやパソコン。そして、ビデオゲームとの出会い。それらを駆使してわたくしに色々と遊び方を指南してくれた親友。
親友との出会いは未知との遭遇でした。
とても楽しかった高等科。わたくしたちは、そんな輝かしい日々から今日卒業するのです。
そして次に控えるのは進学です。
残念ながら親友とは進学先が別れてしまいますが、多少は自由になる時間に社交場へ連れて行ってくれるそうですの。
ご存知でして? カフェスタイルの社交場らしいのですが、そこではみなさん寛いで、思い思いに過ごすそうですわ。女性も入れる紳士社交クラブのようなものかしら、と親友に尋ねたら、困ったようなお顔で、行ってからのお楽しみ、と言われてしまいましたの。
確かにそれは楽しみでしてよ。ですけれど、この先は親友と毎日一緒に過ごせないというのは寂しい……。
ああ、今、たった今気付きました。
わたくし、卒業するのが残念、ではなくて寂しいのです。
あの輝かしく愛おしい三年間を二度と過ごせないことが寂しく、その日々との別れが悲しいのです。
校門の近くで待ってくださる両親の姿が見えます。わたくしたちが、この輝かしい日々へきちんと別れを告げ、心置きなく次へ進めるように、と。
わたくしと親友は手を繋いでゆっくり歩いて両親のもとへと向かいます。それでも、わたくしたちはとうとう校門へ着いてしまいました。
まだ冷たい風がわたくしたちの周りに吹き荒びます。親友が口を開きましたが、その言葉は風に流されて最後しか聞き取れませんでした。
「……桜子ちゃん」
優しく可愛らしい親友がわたくしの手をしっかりと握ってくれます。
わたくしもそれに応えてしっかりと握り返します。
「……万祐子ちゃん。わたくしたちは、これからも親友でしてよ」
親友の瞳から止め処なくなく涙が溢れて来ました。それは大変美しく、そしてなぜか寂しく悲しい物でした。
そうして、わたくしたちは高等学園から卒業しました。
ええ、確かに。
確かに何事もなく――胸の痛みはありましてよ――卒業式を終え、校門からも出たはずですのに。
なぜかしら。なぜ、講堂のような場所におりますの。
「聖マローネ坂上学園高等科入学式を始めます」
耳に心地よい声が入学式の開始を告げました。
あら、まぁ、入学式ですの……。そうでしたの……。でしたらここは、講堂そのもので宜しいのですね。
一体どういう状況なのかしら。それでも、式の最中に周りを見るのはお行儀よくなてよ、桜子。しっかりなさいな。
あら、わたくし扇子なんて持っていたのね。これで、顔を隠して周りの様子を観察すれば宜しいのではなくて。
ええ、何となく分かっていましてよ。
顔を隠して周りの様子を窺わずとも。ご来賓の方々、理事長のご挨拶や祝辞。
紛うことなき、入学式。
聖マローネ坂上学園の入学式。ええ、それは分かりましたの。わたくしも、これから新入生徒としてこの学園で三年過ごすことも、分かってしまいましてよ。
分からないのは、原因。なぜ、聖マローネ坂上学園に新入生徒として入学式を迎えているか、が分かりませんのよ。そもそも聞き覚えのない学園のはずですのに、名門校であることは理解してますの。
卒業するのが、寂しい、悲しいなどと思ってしまったからかしら。もう一度、高校生活を送りたいなどと切望してしまったからかしら。でしたら、なぜ母校である午午午午学園ではないのかしら。もう一度、万祐子ちゃんと過ごせるのに。
いいえ、きっとこれは夢に違いなくてよ。頬を抓ってみれば……普通に痛くてよ。
どうしましょう。
「続きまして、在校生代表。リオウ・アマデウス・フォン・フロイデンベルク殿下より祝辞を頂きます」
「まぁ! でっ……」
わたくしは急いで広げた扇子で口許を隠しました。
何かに取り憑かれたように、殿下、と叫びそうになってしまいましたの。寸でのところで堪えましたけれども。
わたくしとしたことが、このような厳粛な式の最中に大失態を犯すところでしたわ。ああ、でも今なら万祐子ちゃんの気持ちが分かるような気が。魂の叫び、と言いながら、萌え! と叫んでいた万祐子ちゃんの気持ちが……。何か釈然としませんけれど。
どちらにしても、状況が分からない今、わたくしのすることは決まりましてよ。
この厳粛な式に新入生徒として、そして、祭囃子桜子として恥じないよう式に臨むこと。最後まで、背筋を伸ばして椅子に座り皆様のご挨拶、祝辞に静かに耳を傾けること。
「学園の名に恥じぬよう、そして、一度きりの学園生活を悔いのないよう過ごしてください」
殿下、とても良いお声をしておいでですのね。ご挨拶のお言葉は聞いたことがあるような気がしますけれど。
それにしても殿下は相変わらず、いえ、最後にお会いした時より麗しく凛々しくご成長あそばされて。銀色の髪は室内であるにも関わらず靡いてきらめいて、雪のように白い肌はわたくしでも嫉妬してしまいそう。そして、綺麗に整った目鼻立ちと言ったら。麗しさに凛々しさを滲ませて。本当にこれ以上わたくしを誑かそうだなんて、罪作りなお方……。
あら、わたくし、どうしたのでしょう。先ほどの魂の叫びといい、フロイデンベルク様とやらを拝見するのは初めてですのに。まるで昔から知っているような。
「それでは、新入生代表挨拶」
「はい!」
んまぁ! あの子一体どこの馬の骨ですの!? 壇上で離れているとはいえわたくしの殿下と並ぶなど!
サリエ・マヒロ……? 聞いたことの無い家名……なんですって? 特待生?
まぁ! なんてこと!? 庶民ごときがこの栄えある学園の代表挨拶だなんて!
それにしてもなんですの、あの髪の色。おお、嫌だわ。あんな色に染めて目立とうなんて浅ましいこと……。
「桜の蕾が淡く色付く今日、わたくしたち――」
はしたなくてよ、落ち着くのよ、桜子。あの髪の色はストロベリーブロンドというのではなくて。桜色ですけれど、きっとそうに違いなくてよ。
それに、特待生だなんて素晴らしいことではなくて? きっとここへ入学するために努力に努力を重ねたに違いなくてよ。ええ、とても素晴らしいわ。
一般のご家庭からもたくさん入学するようですし、学園生活が楽しみでしてよ。
「在校生起立」
先輩方が起立したようです。静かに音も立てずに。在校生による校歌斉唱で式終了ですわね。
「国家独唱!」
「え!?」
幸いなことに、わたくしの驚きの声はオーケストラの前奏で掻き消されました。
結論から言いますと、殿下のお声は歌っても素晴らしいものでした。不服そうなお顔ではありましたけど。
「以上を持ちまして、聖マローネ坂上学園、第百七十八回入学式を終了致します。新入生起立」
何事もなく乗り切れましたわね。
それにしても、確かに卒業式を終えたばかりですのに、入学式だなんて不思議なこともありますのね。