街
その日は気持ちの良い天気だった。
「カンナは街に出るのは初めて?」
いつもの綺麗なドレスではなく、街娘の装いで頭にはスカーフを巻いたトリフィラが尋ねる。
「騎士になってからは初めてですね。」
同じく街娘の装いのカンナは不機嫌そうに言った。
遡ること一ヶ月前。
「カンナ!街に視察に行くわ!」
突然目を輝かせてトリフィラが提案…いや、宣言した。
「軍隊を率いてですか」
目を合わせすらせず直立不動のカンナにトリフィラはふてくされた。
「なによそれ…パレードになっちゃうじゃない…」
カンナはため息をついてトリフィラを見た。
「陛下。」
「トリフィラよ。」
「どちらでもいいです。考えても見てみてください。先代の王のお陰で戦争までもいかずとも隣国の圧力のせいか、この国は治安が悪化し続けています。そこへ陛下が」
「トリフィラよ。」
「……が、街へ出るだなんて瞬殺されますよ?」
「…貴方、宰相でもないのにとても情勢に詳しいのね…」
トリフィラが関心したように呟く。
「城で勤めておりますので当然です」
「私は…知りたいのよ」
トリフィラは拗ねたように呟いた。
「は?」
「この国のどこで何が不足しているのか、何処が豊かでどこが幸せなのか…この国を守る者として自分の目で見たいのよ」
カンナは幼い頃を思い出していた。こんな王がもしあの頃にいたらきっと皆豊かで、幸せで、笑っていられて、大人達もきっと苦労しなくて済んだだろうに。
「わかりました。私が責任を負います」
「…え?」
「私が陛下の傍につき、護衛を担当すると言ったのです。」
「本当に!?なら、一緒にお出掛けできるわね!この服で!!!」
あの時は意味が分からなかったが、なんと自分が街娘の装いをするとは。
「カンナ、なんで嬉しそうじゃないの?貴方も女の子なんだから、いつもの軍服よりこっちの方がいいのではないかと思ったのだけれど」
可愛く首を傾げてみせるトリフィラにカンナはため息を返す。
「…私は軍服しか似合いません。なにしろ厳ついですから」
「何を言っているの!こんなに綺麗なのに…私、貴方はこの国で5本の指に入る美女だと思うわ」
何故か鼻高々に言い放つトリフィラ。
この人は何を言っているのだろうか。
社交界の場で女が騎士だなんて、と陰口をたたかれ続けたカンナにとって世辞のように思えたが、トリフィラの真っ直ぐな瞳は嘘をついていないように見えた。
「…そういうことにしておきましょう」
その瞳を直視することはできなかった。
「あ、そうだ。言い忘れていたけれど街でいつもの呼び方だと変だからリフィーとでも呼んでね」
陛下、と呼ばれるのを常に快く思っていないトリフィラは愛称で呼ばれることに憧れていた。
付け足すように言った言葉は、実は本命である。
「…リフィー…ですか」
「様とか付けたら2日くらい連れ回すわよ」
「…わかりました」
慣れないからか、リフィー、リフィー、と繰り返し呟くカンナにトリフィラは満足げに、
「やればできるじゃない」
そんなトリフィラにまた溜め息で返す。
どうも今回はトリフィラのペースに呑まれているようだった。
「ずっとこうやって呼び合いたいわ。いいでしょうカンナ?」
トリフィラはただカンナと出掛けることが嬉しくて羽目を外していた。
「…二人きりの時だけですよ」
でももっと嬉しいことがあった。これからはお互いの距離感がもっと狭くなっていきそうだったから。
街は賑やかで華やかで。カンナは初めて城下町に来た時と何も変わらぬ光景に懐かしさを憶えていた。
「お嬢さんがた、名物のお菓子はどうかな?お茶もつけるぞ」
「土産物を買うならここだ!なんでも揃ってるぞ!」
威勢の良い声が飛び交う中、トリフィラは目を輝かせていた。
「カンナ!あのお店の小物、とっても可愛いわ!」
トリフィラはカンナの腕を引っ張りその店の小物を手にとった。
太陽に透けて蒼く輝く石のペンダントだった。
トリフィラがいつも身につけているような豪奢なものではなく、質素で素朴なもの。
「…リフィーは、そういったものがお好きなのですか?」
「そうね、こんなにシンプルで主張が控えめなものは初めて見るけれど…そこが可愛いなって。ほら!こんなにキラキラして!」
無邪気に笑うトリフィラに、自然と頬も緩んだ。
「お嬢さん、これが気に入ったのかい?」
ずっとやりとりを見ていた人の良さそうな店主がトリフィラに話しかけてきた。
今までこちらを見て微笑んでいた蒼い瞳が店主の方を向く。何だか…
「…これを1つ貰えるか」
「あ、ああまいど」
トリフィラと店主の会話を遮るようにカンナはとっとと会計を済ませる。
「カンナ?」
戸惑うように見つめるトリフィラ。
「…プレゼントです」
不器用に差し出されたカンナの手には蒼く光るペンダントがあった。
「プレ…ゼント?」
「ええ。好きませんでしたか」
「いいえ…嬉しいわ…!!!」
トリフィラは勢い良く首を横に振り、差し出されたカンナの手ごと包み込んだ。
「カンナからのプレゼント…初めてだわ!」
カンナの手を頬に寄せ、嬉しそうに微笑むトリフィラ。
「…今プレゼントしたくなっただけです」
そんなトリフィラをやはり直視することはできなくて。
カンナの様子を見たトリフィラはにこり、と笑う。
「…私もカンナにプレゼントしたくなったわ」
トリフィラが取り上げたのは深緑に輝くペンダント。トリフィラのものと色違いだった。
「ほら、お揃い」
一人は花のように笑い、一人は不器用に微笑んだ。