家出
カンナは幼い頃ここに来てからずっと思っていた。
孤児院の先生は無理をしていると。
そして成長するにつれて先生の笑顔の裏を感じ取るようになったし、夜中もずっと起きている先生に疑問を覚えていた。
そんな中、ある晩ふと目が覚めた。隣で物凄い音がしたのだ。
見るとマーサのベッドに置いてあった本が彼女の寝相で数冊吹き飛んだようだった。
マーサはカンナに文字を教えてもらってから文字が読めることが嬉しいようで、本を何冊か手元に置くようになったのだ。
本人はというと、眠りから覚める気配もなく、ぐっすりだった。
カンナはまだまだ子供っぽさは抜けないようだな、なんて心の中でくすりと笑って、そっと本を戻してあげた。
そして寝直そうかなと思った時、
「………も、……」
食堂の方から声が聞こえた。
カンナは気になって、そちらへ忍び足で向かう。
「…もう子供たちに食べさせるご飯が無いわ」
「この景気じゃ、国の端まで食料が回らないのよ…どこかからかまた傷んだ野菜を譲ってもらいましょう」
「じゃあ明日私がお願いしてみるわ」
「衣類だってそろそろ買い換えないと」
「衣類はどうしましょう…貰えるところがないわ」
「ボロボロの服を着せているのもなんだか…」
先生の声は真剣で、切実で。
カンナは、息を殺した。
カンナが感じとっていた笑顔の裏とは、先生達が無理をしていたことは、抱える沢山の子供たちの生活を支えることだった。
孤児院を出た子供たちが働けるところは決まっている。だから彼らから寄付なんて望めないし国からの援助も限られている。
お人好しの孤児院は放っておけない子供たちを抱えすぎた。
この孤児院の中では年長組となったカンナは、なんとかしないと、という責任感が芽生える程には大人だった。
この孤児院にずっと守ってもらっていたカンナは誓った。私がこの孤児院を守ってやる、先生に恩返しをしてやる、と。
手紙を書き、布団を畳み、その上に手紙を置く。荷物なんて無いから手ぶらで同室の子を起こさないように部屋を出て、足音も立てずに廊下を歩き、誰にも気づかれぬように孤児院を出た。
自分があそこに一日でも多くいる分、孤児院には負担になることくらい分かるから。
私はもう子供ではない、守られる側ではないんだと言い聞かせ、城下町を目指す。
きっとそこまでいけば何かあると思った。
野宿なんて小さい頃に経験済みだし、何日かは食べなくてもやっていける。
飢え死にする前にどこでもいいから仕事をもらって、少しでもお金を貰えればそれでいい。
朝が来るまでになるべく遠くにいくんだ、見つからないように
城下町にやっとついた時は三日後の早朝だった。
少しずつ活気を取り戻している城下町は、孤児院の近くのように寂れてはいない。
初めて見る美しい街は、この国は本当に戦争をしているのか疑いたくなる程だった。
遠くにそびえ立つ城は荘厳で、街は美しい白亜の石畳。人々は新しい綺麗な服を着て、開店準備に精を出す。特に街娘の装いが羨ましかった。彼らは地味な装いであると言うかもしれないが、カンナにとってそれは、ドレスであった。
自分が酷く場違いなものに思えた。
この三日小川の水を飲み、草花を食べる生活をしていたカンナは服だってボロボロだし。ろくに体力も残っていない。
ふらふらと歩くみすぼらしい少女に人々はちらほらと目線を投げかける。
「お嬢ちゃん、どうしたの?よければ家に来て休みなさい」
そして誰かがカンナを揺さぶり、声をかけた。
見るとそこには初老のふくよかな女性。孤児院の先生と同じくらいの歳だろうか。
「…大丈夫です…あの…働けるところはありますか…?」
カンナの言葉に女性は目を見開く。
「え?…」
そして何か納得したように戒めた。
「こんなにガリガリの女の子を城下町に出稼ぎに寄越すなんてどんな親だか見てみたいねえ。ほら、取り敢えずその服と身体をなんとかしないと。こんなんじゃ恥ずかしいだろう」
カンナの言う事も聞かずにぐいぐいと手をひく女性。
城下町にもお人好しはいるようだった。