機械仕掛けの
「カンナー…お話してくれないと不敬罪で訴えちゃうわよ?」
さらっと物騒なことを言うのはこの国の女王、トリフィラである。
「陛下。私は本来執務室の外で待機するべきはずですが。」
無表情でさらっと戒めるのはこの国の士団のトップである第一騎士団の団長、カンナである。
始まりは戴冠式の後のことであった。戴冠式を終えて正式に王のとなった者は国で一番信頼の置ける者を傍に置き、護衛の任を任せることになっている。
男性を凌いで女性がこの任に就くのは史上初のことであった。
ずっと会うのを楽しみにしていた。ドレスで着飾る女達が普通であったトリフィラにとって、騎士団団長である彼女は噂を聞くだけでも輝いて見えたし、王女として大切に育てられたトリフィラだからこそ外の世界に憧れるように彼女に憧れていた。
しかし実際出会った彼女はにこりともしない堅物。
鋭い深緑の瞳は何も映さず、艶やかな黒髪は彼女のもつ冷たさをより一層際立つものとし、トリフィラより頭一つ分以上違う長身は圧力を感じさせた。
正式に挨拶に来た時は会うのをとても楽しみにしていた為に会えたことが嬉しくて女王らしからぬ態度をとってしまったが噂を頼りに作り上げた彼女の印象とは全く別の、人間味のない彼女に足が震えた。
でも今は、彼女が纏う冷たさには何か理由があるのだと、彼女の芯の強さには背景に何かがあるのだろうと考えるようになった。
心を開かぬ彼女に心を開いてほしかった
『トリフィラ。誰かに心を開いて欲しいのなら、自分から心を開くべきですよ。誰かの秘密を知りたいのなら、まず自分の秘密を打ち明けるべきです。したことは必ず返ってきます。これは愛も、憎しみも同じです。』
幼い頃に病気で亡くなった母の言葉だった。優しく、強い妃だった。
説得力があって、幼いながらもずっと覚えている言葉の一つだ。
「…カンナ。城下町へ出たことはある?」
「はい、何度か。」
カンナはじっと窓の外を伺いながら応じる。
質問をすると返してくれるようになったのは我ながら進歩だとトリフィラは思う。
「どう思った?」
「なかなか賑わっていました。」
「皆幸せそうだった?」
トリフィラは羽根ペンを置いてカンナの背を見た。
「恐らくは。」
カンナは妙な質問をし続けるトリフィラを訝しんで、振り返った。
二人の視線がぶつかる。
「私は、この国を幸せで満たしたい」
女王の青い瞳はまるで水晶で、晴天で、深海で。
汚れのない澄んだ瞳にカンナは目を逸らすことができなかった。
自分には無い、幼いときに失ってしまった純粋さがそこにはあった。
「私の父のように、人を不幸にさせる国家の存続はきっと何も生まない。だから私は、必要とあればこの国を受け渡してもいいと思っている」
何故自分にこんな話をするのか分からなかった。
でも、嘘のない決意はカンナの心を打った。
「愚かだと思う?」
見つめるトリフィラを真摯に受け止め、カンナは言い放った。
「王という立場から見ると愚かでしょうね」
しかしそれは、鼓舞であった。
「ですが、一人の女性という立場から見ると、立派な決断でしょう。国を守るのと、国民を守るのは全く違いますから。」
――『貴方がなりたいのは、王ですか?慈悲深い女性ですか?』
機械仕掛けの殺人鬼。そう呼ばれる第一騎士団団長の顔は、僅かに優しく微笑んだように見えた。