カンナ
カンナは次の日、トリフィラの元へ来なかった。
トリフィラは女王が命の危機に晒された次の日に団長である彼女が来ないことに首を傾げながらも、なんとなく直感で察することはできていた。
彼女はあの日、ずっと謝っていた。
トリフィラを見る目が不安で揺れていた。
何があっても私は大丈夫よ、と言って抱き締めたかった。安心させたかった。
それでも、それ以上にカンナはトリフィラを拒絶していた。
因みに暗殺を目論んだ者と、それを手伝った者は反逆罪で死刑になるのが普通だった。
だから今日、彼らは様々な尋問を受け、明日には刑を執行されるらしい。
そんな大事さえ、トリフィラにはどうでもよかった。どうしてカンナは来てくれないのか、どうして謝っていたのか。
彼女と離れて初めて考えることは、彼女のことだった。
後で思えば、おかしくなったのはこの時期からだったのだろう。
「おいおい、王がなんつー顔してんだ」
扉にもたれかかり、トリフィラを茶化すように見つめる男性が声をかけた。
彼は第二騎士団の副団長であり、カンナに頼まれて勤務している代理の護衛騎士だった。
「もう…そんな言葉を私に使うのはあなただけよ、ヴィクター。」
本来は口をきくことができないような身分であるがこの男に限っては礼儀も何もなかった。勿論、王が訴えたり、他の者に聞かれたら不敬罪でどうなることか分かったものではないが。
「まあまあ、堅苦しいのが苦手なもので」
実は、今日が初対面の彼らであったため最初はヴィクターだって臣下の礼をとり、畏まっていたのだが、一瞬にして本性が出てしまった。
「まあいいわ。誰もいないことだし。」
もともと良く言えば親しみやすいと言われてきたトリフィラは別段気にすることもなかった。
「それで、何でまたそんな顔してるんだ」
これでも一応心配しているらしい大男は言う。
「カンナのことか?」
途端にトリフィラは顔を上げた。
「そうだ…そうだわ。貴方、カンナから頼まれてきたって…」
「ああ…そうだが…?」
ヴィクターはそれが何か問題でも?と言わんばかりに首を傾げる。
「ねえ、カンナのこと知っているでしょう!?」
トリフィラはカンナのことを知りたくて色々な人に聞き回っていた。
騎士に侍女、大臣までも。それでもトリフィラの知っているようなカンナの情報しか得られなかったのだ。真面目で勤勉、賢く、そして誰よりも強い。
「…え?あの…団長のカンナのことだよな?知ってるぜ?同じ騎士だし。あー、でもあいつは何かすげー強くなっちまったから最近話してなかったなあー。身分差ってやつ?それでアレだぜ?やっと会いにきたと思ったら貴殿に王の護衛を頼みたい。…とか言いやがってよぉ…釣れないやつだぜ。まああいつ尊敬はめちゃくちゃされてるけど友達いないし。頼めるの俺しかいなかったってのも分かってるけどさーーー。俺泣きそう」
大男は一人でベラベラと喋って一人で泣き真似までした。
「えっと…ええ…。そういうのいいから。」
でもトリフィラは今まで聞き込んできた人達とは決定的に違うと感じていた。
なんというか、ヴィクターとカンナの間には確かに“思い出”が存在しているような気がした。
「貴方とカンナは…仲がいいの?」
「まあ…そうだな。あいつが騎士団に入る前に一回会っていたんだが…」
「騎士団に入る前!?」
トリフィラは執務机から身を乗り出すようにして驚いた。これはいい情報源!
「え?ああ。でもな…あの頃のあいつは…取り乱していたんだよな。ほら、陛下はまだ子供の頃かな?その時…南の村が隣国に襲撃されたんだ。」
「南の村…?」
記憶に深く刻まれている訳ではなかったが、覚えがあった。そもそもあの頃は隣国から色々な領土を奪われてその対処に追われ、父が酷く疲れた顔をしていた。
「ああ。その時俺はやっとのことで第二騎士団に入ったところでな。初めての仕事だったんだ。襲撃された村の生存者の救護と、敵兵の殲滅ってやつをな」
「そう…ではカンナはその村にいたの?」
「いや… 寧ろ城下からその村に行こうとしていた」
ヴィクターは自傷気味に笑った。
「俺が連れていったんだ。」
「え…?一般市民だったのでしょう?」
ヴィクターは今ではよく分かっていた。
緊急事態で騎士に求められることは、一般市民の救済、そして避難。戦地に一般市民を連れていくなんて論外であると。
あの時の自分は、少女に現実を受け止められるようにすることを優先させていた。そんなことは後でもいいのに。
「ああ。あの時の俺は青かったからな。するべき判断が分らなかった。」
トリフィラは落ち着きを取り戻して腰を椅子に落ち着けた。
「どうやらその村には家族がいたみたいだったんだ。」
カンナの家族…そういえば聞いたことが無かった。
否、なんとなく聞けなかった。
「あいつは、城下に出稼ぎにでていて、それで風の噂で聞いたんだろう。城下から村にむけて無謀にも自らの足で行こうとしていたんだ。そこで俺達の部隊…増援隊だったんだが…そこで見つかったんだ。」
初めて聞くことばかりだった。その頃のカンナは確かに非力ではあったが無力ではなかった。強さがあった。
「それで…貴方はカンナと一緒に村へ行ったのね?」
「ああ。着くまで色んな話をしたよ。俺の話もした。段々と落ち着きを取り戻したカンナは年頃の純粋な少女そのものだったよ。」
可愛かったぞ?と笑うヴィクターは兄のようでもあり、老人のようでもあった。
ヴィクターからは諦観すら感じられたが、そんなふうにカンナをみることができることがトリフィラは羨ましかった。
「それから村につくとそれはもう酷い有様だったよ。カンナはそれをみて震えていたが城下に戻りたいとは言わなかった。まあその後俺の部隊と合流した訳だが…その後カンナはエリアル第二団長に連れていかれたよ。」
嗚呼、怖い怖い。と1人身震いしてヴィクターは言った。エリアルは騎士の中でも恐ろしいということで有名だった。今は確か、騎士ではなく養成所で教官をやっているとか。
「それならエリアル様は第二騎士団団長だった、ってことかしら?」
カンナのその後についてもトリフィラは聞きたかったが、ヴィクターはそれを知っている様子ではなかった。
「ああ、そうだったよ。めっちゃ怖いぜ、あの爺さん。」
第二騎士団団長は主に騎士団の団員の人事を任されている。つまり規則を破った騎士の対処や、志願兵の検査官だ。
「カンナは、エリアル様に見出された…?」
「ああ、確かにその可能性はあるな。残念だがその日は何故か俺に指揮を回されてカンナのことを気にかけてる暇はなかったんだが、でも…いや、だからか…」
ヴィクターはらしくなく吃った。
「何、どうしたの?」
「…その、カンナの、家ってのが…一番初めに襲撃を受けた孤児院だったんだ。だから」
孤児院…カンナは、親がいない?
それで、やっとできた居場所さえ…
「あいつは、あそこで…一番酷いもんを見せられたんだろうな」