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お姉ちゃんが迎えに来てくれたので、片倉さんの「背負うよ」の言葉を丁寧にお断りし、お姉ちゃんに肩を貸してもらった。
ひばりんの姫抱っこのドキドキ感の心臓へのダメージは大きいし、盗撮くんに見られたら何を言われるか。
「ルカ、天久会長に会ったらお礼言うんだよ?」
「なんでー?」
お姉ちゃんの言葉に私が首を傾げると、片倉さんが苦笑しお姉ちゃんは、パチクリと大きな目を見開いた。
「ルカが1位にならずに済んだのって、天久会長のおかげなんじゃないかな」
あ、確かに。
天匙の生徒は、会長の放送を聞いた時点でゴールに突っ込んで行ったんだった。それにしてもお姉ちゃんも知ってたんだ。
「帝王様の逆鱗に触れたのかと思ってた」
片倉さんがさらに気まずそうな顔をする。
「ある意味、正解だけどね。ほら、秋月さんが1位になったら、救済処置しようって近くに居たら、あのレース展開だったから。……オレが近くでウロウロしてるのを不振に思った俊平に掴まって、説明したら『馬鹿かッ』て怒鳴られてね」
で、あの放送になったって。片倉さんが、ふう…って、本当に気まずそうなので、どうしたのって質問したら項垂れながら、
「オレは、1位になった時の心配ばっかりで。1位にさせない方法が抜けてたなーって、ちょっと恥ずかしい」
そっちの方がよっぽどシコリが残らないのにね。って、片倉さんがしょんぼりしている。やだ、何か言わなきゃ!
ーー特に何も浮かばなかった。えーい。ポンコツ!貴様の頭は飾りか。………会議の応答なし!いい加減、戻ってこーい!!
競技の邪魔にならないように遠回りしながら戻ろうとすると、お姉ちゃんが、あれって首を傾げた。
「誰かこっちに走ってくるね」
紐を持っているので二人三脚の参加者がこちらに向かって走ってくる。あ、本当にその日に申し込む人がいるんだって……、それにしても、こっちにって、まさかー…、
「秋月さん!俺と一緒に走ってくれませんか!!」
目の前まで走ってきた、多分、先輩だと思われる人は、私とお姉ちゃんの真ん前で手を差しのべながら、お願いします!と頭を下げた。
……お姉ちゃんが、無言でマングースを背負ったので私もそれに習って、ウリ坊を背負ってみる。……片倉さんが、ちょっと秋月姉妹から距離を取って、事の成り行きに無言を貫いている。
「ルカは、怪我しているんですけど」
「お姉ちゃんには、リンがいるんだもん」
ゴゴゴッて、炎の燃え盛る中にそびえ立つウリ坊とマングースを背負った私達に無謀にも二人三脚を申し込んできた先輩はヒィッ、て小さく悲鳴をあげたが、しかし、キッと気合いを入れ直した。
「リンには、許可を貰いました!秋月丸代さん。一緒に走ってください!!」
「え?」
お姉ちゃんが目を瞬き、驚きを露にした。
「私、ですか?」
自分だと全然思っていなかったらしいお姉ちゃんは困惑している。コイツ。見る目はあるが、しかし、
「はい。ずっと、いいなって、思っていたんです。その、リンが居るって知ってたけど…、ずっと、頑張っている姿が好きでした。三年間の思い出に一緒に走ってください!」
お願いします!と、もう一度お姉ちゃんに手を差し出す彼にお姉ちゃんが戸惑った様子で、その手を眺めている。
「やー……」
だーっ!!と叫ぼうとしたら、片倉さんに大きな手で口を塞がれた。むがーっ、なんばすっとねん!
「秋月さん、人の精一杯の勇気を踏みにじらないであげて」
ええいっ。そんなもん。私という壁を越えていかん限り、どんとこ押し潰したるッ!!
「ふがーっ」
「わかった。秋月さん、あっちに行こうね」
人が喋れない事を良いことに片倉さんが勝手な事を言いながら、私を軽々抱き上げて、お姉ちゃん達から距離を取らせる。
な、なんだと…っ、たかだか2年違うだけでこの余裕の差はなんだ。
「室内楽部って、そこらの運動部に負けない運動量だからね」
私の疑問に答えるように片倉さんが…ッ。やだ、思考を読むのは藤咲さんだけにして!
「おねーちゃーんッ、リンのバカーっ。どうして、許可なんか出したんだ!!潰す。絶対、リン以外は潰すんだ!!」
「はいはい。わかったから大人しくしようねー」
ジタバタと、片倉さんに子供のように持ち上げられながら自陣まで戻ってきてしまった。
そして、何故か寝ている藤咲さんの隣に置いていくんだ。見張りか!
ハッ、レーンの上にお姉ちゃんが奴と並んでやがる。
リンったら自陣に何故いるだ!救済処置の為に行ってよ。ゴール近くに!
「リンのバカーっ」
「具合の悪い人の前で喚かないであげてください」
リンがアイスロン持って私の近くに来たので、目つきを鋭くしギロッと睨み付ける。
「よくも許可など出しおったなー」
「どこの悪役ですか。ほら、テルも出てるみたいですから、応援してあげなさい」
「ハッ、確かに。光原さーん、ガンバレーっ」
「……深託をよく天匙の陣地で応援できますね」
確かに!
一斉に睨まれた。リンの巧妙すぎる罠に嵌まってしまったようだ。
「ほら、これで足を冷やしてください」
リンが手渡したアイスロンなんか…ありがたく受け取りアイスロンを足に押し付ける。……光原さんの相手ってセラ様だ。わかってんのかな。一位はキスだよ。キス。ケッ。
リンがやさぐれている私に気づいて苦笑する。
「言っておきますけど、男子がよっぽどしつこく言わない限り拒否できますよ」
なんだと!?私の葛藤は何だったんだ!!
「どーして、そういう重要な事を教えないんだ!リンは!?」
リンをねめつけたら、リンは呆れたようにため息を吐いた。
「……愛川君がしつこくないと思いますか?」
……ごめんなさい。
リンが、ごもっともすぎて泣ける。
「ルカは、危機感が足りないので、煽ってようやく人並みなんですよ。ああ、そこに居るなら藤咲が起きたら、熱冷ましを飲むように言ってくださいね……あと、誰かが藤咲と写真を撮りたいって言ったら絶対断らないで、藤咲を起こしてください。」
「具合悪いなら帰せばいいんじゃないの?」
リンに頭をポカッて叩かれた。痛くないけど、リンが、怒ったのはわかります。
「お世話になってるんでしょ。少しは、気持ちを尊重してあげなさい」
「だって、意地悪なんだもん」
「女性は精神年齢が実年齢プラス七歳なんですから。ほら、藤咲が五つ年下の子供に見えてきましたね。………可愛いでしょ」
何、その理屈!?
しかも、言ってるリン自体が目を逸らすのって、どういう事だ。
いや、しかし……私ったら大変だ。生前プラスαだぜ。五つ年下ところじゃないや。ふ、そうだ。うんうん。藤咲さんなんて、年下だった。やだ。ムキになって恥ずかしい。藤咲さんなんて、かわいいかわいいしてやるんだから。
むむっと、葛藤した私の中で何かが掴めた。
「リン、光明が見えた!」
「そうですか。レースは終わりましたけどね」
「リンのアホーっ!」
お姉ちゃんの勇姿をこの目に焼き付けれなかった。私の時と違ってグダグダしないこの展開。2位だったらしい。なんだか、すごく感謝されてる。
1位は、光原さんとセラ様で、レースが終わったら、あっさり解散している。うん、恋は始まらないね!
「……むー」
「ほら、あとは二種目と白と赤の応援パフォーマンスが終わったらお昼ですよ。僕は、手伝いに行きますから。大人しくしててくださいね」
そう言って、リンがさっさとどっかに行ってしまった。あ、片倉さんも何か手伝っている。
ふむ、暇だ。
辺りを見回すと、結構深託と天匙の生徒で交流をし始めているようだ。
ココさんが男子に囲まれてはいるが、威嚇しているようだ。お姉ちゃんも色んな人に囲まれている。藤咲さんは眠ったままだ。ピクリともしないから逆に心配だ。
それにしても、歌う牧師が言っていた『選定』のし直しって、こんなので私、選ばれるんだろうか。もう、私が出る競技みんな終わったし、『神光』にアピール出来ているのか。さっぱり、わからない。
不安だ。
「アキアキ」
やだ。怖い。
突然、現れた泉さんに私はびくりと身体を震わせる。忘れてた訳じゃないよ。ただ、意識しないと、居るのか居ないのかはっきりしなくなったよね。
ピンクジャージのと紺のジャージの中にセーラ服って異様なのに誰も突っ込まないんだ。
彼女は、それはそれは綺麗に微笑んだ。
「あのね。私のアキアキが帰ってくる方法を思いついたんだ」
「……」
彼女は、じゃらっと鍵の束を私に見せつける。
「アキアキ……秋月さんなら、美術室に付き合ってくれるよね?」
にやーって、嫌な笑みを浮かべるね。チッ、お姉ちゃんの絵があるあそこか。
「調べたね」
「うん、だって、『あの日』から、私。アキアキが帰ってきたんだって信じてたから」
髪型もツインテールに戻し、夢見心地に微笑む泉さん。微妙に会話がずれてるのも恐ろしい。
「足が痛くて、動けないよ」
「大丈夫。手伝ってあげるから」
さあ、って差し出してきた手に一瞬、眠ったままの藤咲さんに視線を向けたが、やはりぴくりとも動かない。……具合、本当に悪いんだ。
「身の危険を感じたら叫ぶよ?」
「アキアキにそんなことしないわ」
ニコニコ、微笑む泉さんに肩を貸して貰いながら、さっき私の事一度、『秋月さん』って呼んだよねって言いそうになった。




