体育祭 1
「ーー皆さんの輝かしい躍動と健闘を期待して。体育祭の開催の挨拶と致します。」
会長のよく通る声が運動場に響き、花火の音とともに体育祭が開催される。
白組の白である私たちはおにぎりの陣地だが、……青組マスコットのマッシロにゃんこは深託中の生徒をどんどん被害者へと変貌させていたらしい。
紺の上着を脱いでいる生徒が続出していた。正直、誰があのにゃんこの制作者か知りたい。
「さすがだ、桜田だ…っ」
「ああ、悪意なんかないとばかりに毒をまき散らしやがる。この陰湿さ」
誰かがなんか言ってるけど、スルーしよう。
まず、女子の長距離から始まるらしい。8レーン使ってひとチーム二人出場して、4位まで得点がつくのか。へー。まず一年女子か。日比谷さんが私をギロッと睨み付け、
「どちらが優勝に貢献したか勝負しな」
運動音痴になんて残酷な事を言うんだ。最近、ミユミユが、うちの教室に来て|日比谷さん≪妹≫のご機嫌をうかがっていたけど、仲が悪くなったのかな?
まあ、そのおかげか、。私の噂もなりを潜めているからいいのかな?
同じ白組なのにお姉ちゃんは忙しそうだし、リンの周りはたくさん人が入れ替わり立ち代わり、……運動が得意な子とか人気者のイベントだもんね。ーー私?なんだか、生暖かい目が気になるけど……。
保護者の方が気になる。……うーん、混乱するほど、人は集まってないのかな?あれ?校舎にも人影が。
「……何をそんなに物珍しく見ている」
「教室に人影が…」
「体育祭の間、一般的な教室は解放するので、貴重品は鍵のかかる場へ片付け、私物は置いておくなと通達した筈だが」
そういえばそうだった。
「あ、会長、いつの間に」
青のハチマキを巻いた会長が不機嫌そうに私の後ろに立っていた。回れ右!と、会長に向くと、会長が私を見下ろしながら、怪訝な顔をする。
「……なぜ、額を隠すようにハチマキを巻いているんだ」
「負傷を隠すためであります!」
怪我、かさぶたになってかゆい。けど、かかないようにしている。少しでも後が残ると片倉さんの気持ちが沈むだろうし。
「藤堂にそんなに叩かれるほど、迷惑をかけたのか」
リンが誤解されてるのか私への認識が酷いのか悩み所だ。会長は、リンの事をもどきって呼ぶようだ。何『もどき』って?
「お前に訊きたい事がある」
「はい」
「何故、遵と入れ替わってると気づいた」
気にしていらっしゃったようだ。今回は簡単だったと伝える。
「藤咲さんの側に居すぎたせいです。仲悪い二人がそんなに一緒にいちゃ駄目だと思うくらいに」
「なるほどな」
得心がいったとばかりに頷く会長に夏休みも何度か入れ替わってなかったかとか、飴玉の統一の話を何故しなかったのかと聞こうとした瞬間、
「るかーっ!!応援!!」
あ、アディーも長距離に出るのか、白線の上から私に手を力一杯振っている。犬か貴様。
「派手な知り合いばかりだな」
「そうですね」
それには同意して、会長も派手な知り合いだと言おうとしたら、
「ーーおいっ!」
息を切らせ、すでに疲れきっているセラ様が天匙の群れを蹴散らしつつ、私のもとへ来てくださったらしい。ピンクジャージの中に紺ジャージと黄色のハチマキ。目立つね。あ、ピンクといってもコーラルだよ。目に優しいほうだから!
ところで、セラ様の目が据わっている。ど、どうしたの?
「アディーにちゃんと手加減しろと言ったのか」
意味がわからず聞き返してしまった。
「はい?」
「その様子だと言ってないのか!愚か者!!」
美人に叱られたー。やめてください。ただでさえ、クラスメイトの目があるんですから。
「困った女王がすげえ美人に叱られてる」
「さすが女王。嗜好の範囲が半端ねえ」
……私への認識がどんどんおかしくなってないか君たち。
「今からでも、アディーを止めに行け!いや、私がー…」
セラ様がさらに人垣をわけて行こうとした瞬間、無情にもピストルが鳴ってしまった。セラ様、真っ青。ーー私も、レースが進むにつれ血の気が引いていく。
あ、アディーちゃん。君、どんだけ人をぶっちぎる気?
「秋月、あれは人間か…?」
会長が私を白い目で見ながら、アディーを指している。いいえ、あれは悪魔です。
一週800メートル分の運動場をどんどん2位を引き離し、ぶっちぎるアディー。ひどい。最下位に追い付きそうだ。
周りも応援どころじゃなく、ざわついている。
「こらーっ!アディー、頑張るなーっ!!」
セラ様、それは応援として大分アウトだ。
アディーったら、セラ様に気づいたのか余裕で手を振っている。駄目だ。最下位を越しそう。だが、なにかに気づいたのか不自然に立ち止まり、一点を見つめたと思った瞬間、どんどん失速していくアディー。むしろ、ゴールするのを躊躇っている。
その様子にセラ様がほっとしたが、私はホッと出来ない。
「……藤咲はいつの間にゴール前に行ったんだ?」
「さ、さあ」
やだ。お怒りでしょうか。アディーをはっきり睨んでるのが遠目でもわかる。具合悪いのにわざわざ釘刺しに行ったんだ。
2位だった日比谷さんに抜かれ、ようやくその後ろに隠れるようにゴールに向かうアディー。私の方向をチラチラ見るな。その人から、私は君を救えない。っていうか、そもそも問題児認識はアディー以上だと思われている筈だ。
2位の旗を持ってしょんぼりしているアディー。
あとで褒めてあげよう。そして、オリンピックは目指さないでくれと頼もう。
しかし、周りがざわついて静かになってくれない。セラ様がそんな周りを一瞥し、
「全員の記憶をー…」
セラ様が物騒な事を言い始めたーっ。やだ、最低天使!
「止めてください!ほら、アディーの件はなんとか誤魔化しますから!」
「ーーどうやってだ」
ギロッて、天使に睨まれた。やだ、無策がバレてる。えーと、うーんとって唸っていたらやはり、記憶消去かって。セラ様!!
しかし、誰かが応援パフォーマンスで扱う太鼓を敲いてざわつきを一時的に静める。あ、リンだ。
「はい、静かにしてください。次のレースが始まりますよ」
のんびりと声をあらげる事もなく、響くリンの声に周りが静かになっていく。
「うん、ありがとうございます。それから、一つ注意があります」
ニコッと微笑みながら、リンは周りを確認する。
「アディーさんは、一ヶ月くらい前に転校してきたばかりだと聞いたのですが、そんな右も左もわからない子に親しい子やクラスメイト以外が質問攻めにするような真似は止めましょうね。クラスメイトの子も質問を嫌がったり、答えづらそうにしたら引いてあげて下さい。まあ、ここにそんな心ない真似をする人はいないでしょうが」
リンの言葉の締め括りに皆、熱が冷めたようシィン…となった。
「軽い脅しだな」
さすが、藤堂って。会長の中のリンって…。
セラ様もほう…って頷いている。まあ、みんなのテンションは下がったけど、アディーを質問づけにされないことは有りがたい。
長距離を終えて、戻ってきたアディーを待ってはいられず自陣に戻るセラ様。仕方なく、アディーに2位狙いでお願いと頼むと半泣きになってしまった。いやだって、存在が卑怯だとすっかり失念していたし、手加減が難しそうだもんね。
「次がパン食いか」
準備してくださいと呼ばれ、出場者の枠の中に入れば、あ、セラ様がいる。あきれ顔で、
「…食い意地の塊なのか。お前は」
「いいえ、厳正なるクジです」
セラ様は、決まっていたところに入ったせいで押し付けられたらしい。年頃の女の子はパン食いは恥ずかしいのか。頑張ってって、虎の恰好をしている光原さんに話しかけられた。笑顔で、手を振って見送って貰ったが、
「あれは、罰ゲームなの?セラ様」
「ああ、断らない男の末路だ」
お怒りになりながら能力もあるのが災いしたと吐き捨てるセラ様。なんだろ、もう完璧に恋愛モードじゃなく、ふらふらした弟を持ったお姉ちゃんに見えるよ。
「ココの奴も、面倒って言いながら練習や作業に誘われようとうろちょろしているところを捕まえて、頼みこんで中に入れてもらったり、遵のアホは決まった事を『面白くない』と、滅茶苦茶にして。会長としてお前が前日決めたことだろって、叱りつけたら『昨日までの俺は別人』と意味のわからぬ事を言い放って。いや、確かに魂の質が微妙に変化していたがあの日まで気にも留めていなかったせいで…」
セラ様の永延と続く愚痴を聞きながら、あれー、セラ様、ものすごくストレス溜まってる。セラ様ったら保育園の先生に見えるなーっていう喉元まで出かかった言葉を懸命にも飲み込む。
今、それをツッコんだら全部お前のせいだって叱られそうだ。うん、黙ろう。




