2
男性は紳士じゃなかった。
美術室から無理やり引っ張られた私を助けてくれずに、また会おうと爽やかに手を振りやがった。この恨みはいつか晴らしてやる。
生徒会室に来るなり、鍵を閉めソファに押し倒された。
えー、チビとかお子ちゃまって言ってたよね。なに、この状況。ボーリョク反対!
「……返答次第でどうにでもしてやる。なんで俺と俊平を見分けた」
「さ、最初は飴で……あとは、その(会長と)一緒にいる時間で」
「ふぅん…、俺のファンでもあるわけだ。だったら、この状況は光栄だろ?ーー俺は、俊平と俺を区別する存在が心底嫌いなんだよ」
ーー意味がわからない。えーと…、セラ様に貞操の危機は守ってくれるって確約とアマリリスのカードは………教室にあるから、……殴られるのはどうにもならないや!
でも、なんでかお腹に手を置いてますね。冷えてません。止めてください。むしろ、貴方のひんやりした手がセーラー服の下から突っ込まれるとお腹が冷える。背中に手を回され、下着まで手が回りー…、
……うん、認めよう。
貞操の危機だ!!
「お、お子ちゃまじゃ…」
「どうにでもなる」
どうにもしないで!
え?え?……頭が回らない。ーーこわい。
「ーーん、……」
「ん?」
ひっくと目から溢れるものが止められない。
「お姉ちゃんーっ、怖いよーっ!リンーっ!!お父さん、お母さん、太刀川さん………神取ーっ!!」
ビエーンっと、ちからいっぱい泣き始める私。生前プラスαなんて構っていられない。このひと、やだ!とばかりに全力で抵抗する。
天久兄が、突然の大声に耳がキィーンとでもしたのかぎょっとして私から、耳を押さえながら体を離す。
「お、おい」
「セラ様、アディー、片倉さん、マナルン、ひばりん、かいちょー、ココさん、光原さ………ぐずん。ふじさきぃ」
こわいよぉ。
ひぐひぐと泣き喚く私は片っ端から助けを求める。
「おま…、ちょっと待て。この前のあの威厳はどこに…」
あの威厳って何。私はただの三下だもん。怖い怖いと泣く私に天久兄のほうが折れてくれたようだ。ほら、鼻水を拭け。と箱ティッシュとゴミ箱を用意された。
ぐずぐずと鼻を啜り、わんわん泣く私を天久兄は、ほとほと困った顔でティッシュで鼻を拭いている。
チーンしろっていうので遠慮なく鼻をかむ。
「…お、おそわない?」
「……鼻水だらけのお前を襲えるなら本当に特殊嗜好だな」
萎えたし、気が削がれたと…呟く天久兄。
まだ流れている涙にたいして呆れながら、ほら、ハンカチと差し出そうとポケットから出したハンカチに一瞬、動きを止めたが、ーーそのまま、それで私の目を拭う。
ん?見覚えが、
「あ、ひばりんのハンカチ」
ピタッと、天久兄の手が止まる。
「知り合いか!」
ガシッて両肩を押さえられ、さっきの恐怖でまたふえ…っと顔を歪める私に慌てる天久兄。
「落ち着け、なんか、ほら、ーー奢る」
な!!って、なんだか、予想外の事態に思考が追い付かないのか焦っている天久兄。なにが予想外の事態だ。私は、……怖かったんだぞ!?
「そ、んな安い女じゃないもん。コンビニの新発売のチョコレートスィーツを三つ買ってくれなきゃ許さないもん」
「……じゅうぶん、安上がりだな」
あきれ返りながらスマホを出して、どこかに連絡を入れる天久兄を眺め警戒しつつ、部屋の鍵を開ける。うんうん、健全な形になった。
しかし、それを待っていたかのようにドアが開く。
あれーっ、なんでか藤咲さんが、息を切らせている。どうしたの?
辺りを見回し、すぐ近くにいた私の頭に視線が落ちてくる。
「………はあ」
何かを確認するように私の顔を見るなりのため息は失礼だぞ。ぶーっ。
私の不満なんか知ったことじゃないとばかりに藤咲さんは、天久兄に話しかけた。
「俊平」
「ああ、俺が俊平じゃないってそのチビにはバレてる」
天久兄の言葉に驚愕し、私に視線を戻す藤咲さん。それでも気を取り直して、
「……一応、俺と契約している最中だから無体を強いるのは止めてくれ」
「そうなのか、チビ」
確認の言葉にコクコク頷くと、一度藤咲さんの顔を確認する天久兄。
「まあ、お前と喧嘩になるのも面白くないしな。チビ。それより、『ひばり』と知り合いなのか?」
「ひばりん?」
「……秋月の知り合いの雲雀は男子生徒だよ」
何故知ってるの。藤咲さん。ああ、知っててもおかしくないか。
「このハンカチを持ち主に返したいんだけど、チビ、黒髪で猫目の中身の若干残念なキツメの美人、知らないか?」
途中まで私が該当してたが、中身の残念具合が若干かー。美少女設定は否定できない。だって『秋月ルカ』だし。うーん、でもなー。そのハンカチは、ひばりんのだし。
「つ………じゃなくて、遵、全部秋月に該当しているけど?」
「まさか、鼻水たらして泣く女だぞ」
「………思い込みってひどいな」
藤咲さんの手によって、また、部屋に鍵をかけられた。
えー、健全じゃない。開けたいよー。
「『欠落者』の話をしたいんでしょ。こっちに来て」
ソファに座って。と指定され、一人用の方に座る。だって、押し倒された方は嫌だし。
大きなソファに藤咲さんと天久兄が並んで座り、……藤咲さんが汗を拭っている。
「そのままだと熱中症になるんじゃないか?」
「長い話じゃないだろ」
天久兄の気遣いに藤咲さんは問題ないと返した。……なんで走って生徒会室に来たんだろ?
ジーッと藤咲さんを見つめていたら、私と一瞬目が合い、ついっと視線を反らした。む、あれは、何かを隠しているな。
藤咲さんの特技ー、契約してから……あ、なんか繋がりそー……、
「秋月!」
「ひゃい!!」
突然、大声で呼ばれた。やだ。びっくりして思考が飛んじゃったじゃないか。
「集中して聞かないと、必要な情報を聞き逃させるぞ」
なに、その脅し。
むー、後から考えよう。まったく、意地悪だ。
なんでか、天久兄が藤咲さんに同情の目を向けて、「気の毒…」って呟いた。私の方が気の毒な目に有ってるよ?
「はいはい。『欠落者』っていうのは、」
出だしが適当だ。藤咲さんの癪に障る事態が有ったのだろうか。わ、私じゃないよね?
「『この土地』で生まれた人間は稀に『魂の命題を問われる』。そして、その人間が命題に答えられなかった場合に『祝福』を得られなくなり、『何か』を追い求め、渇き続ける症状。って、俺達は聞いてる」
ーーわかんない。えーと、これを飲み込めってひどくないの?
「俺も、実際この目で見たのは、泉水穂が初めてだから。だから放置して見学してたんだけどね。秋月って、イジメてる方がかわいそうになってくるくらい鈍いから……悪魔が云うには『この土地』が人間を選んで、その人間が生まれたときから、『何か』を得るのを難しい状況を作り出すらしい。そして、選ばれた人間が、その『何か』を諦めた場合やもう手に入らないと判断された場合。『欠落者』が出来るらしいーー訊いてるの。秋月」
途中から意識が飛んでいたのを見破られた。そして、さりげに藤咲が最低なことをしている件について。
「あ、頭がポンコツなのでー…」
「知ってる」
なんですと!?
「簡単な例をあげれば、生まれたときから親に愛されるのが難しい中でも親の愛情がどうしても欲しい子供いる。当然だろって、ツッコミは無しだ。あくまで一例。ーーけど、親の愛情を諦めるしかない理由を見つけたり、親に愛される努力をしないで一定期間が過ぎた場合に『この土地』の権利を駆使し、『祝福』の範囲から離されてしまうって話だよ」
「え!?……人によっては」
「解決するかもって?」
あまりの不条理に思わず、声を荒げたが藤咲さんも顔を顰めて、
「さあ?不条理がまかり通っている『この土地』でなんでって問われても。それに俺には関係ないし。まあ、遵にはあるかもしれないけど」
「さりげにきついことを言うなよ」
はーあって。天久兄はため息をついた。選ばれる基準があるなら教えてくれても。
「『欠けて落ちる者』っていう言い方より、俺は『欠けさせられて堕とされた者』っていう言い方のが方がしっくりくる気がする。そうなった人間は変に何かが特化する場合が多い。……不確定要素が多いから俺たちも詳しくは説明できないけど。泉水穂は『命題に答えられず』に『天使の加護』から外れたんだ。あまり関わると破滅に引き込まれるよ」
ん?
なんかいま気になることができた。えーと、
確か、『秋月ルカ』と天久兄弟の弟は『悪魔ルート』しかなくて、会長は未攻略としても、『秋月ルカ』は、主人公ともども相手を破滅させていた。そうだ。『秋月ルカ』がもし『欠落者』なら、『祝福』が受けられず『天使ルート』がないのは当然として、うん。一応仮説として成り立つんじゃないかな?
でも、これって、藤咲さんに聞いても大丈夫なのかな?
「どうした。チビ。心ここにあらずって」
「悪魔ってどこから生まれるんですか?」
あ、天久兄が話しかけてきたから反射的に聞いちゃった。…どうして、藤咲さんと天久兄は頭を抱えているんですか。え、その顔って、がっかり?ーーがっかりしてる顔?
天まで仰がないでください。
「なんだろう。いま、チビが『ママー。赤ちゃんってどこからくるの?』って聞く幼稚園児に見えた」
「それだと俺たちはパパとママか。キツイな。こんなバカな子供いらない」
失礼な。いいもん。アディーに聞くから。
でもなー、『秋月ルカ』がもし、『欠落者』として何が『魂の命題』とやらだったんだろう。
「救う方法ってないんですか?」
………どっちも答えてくれないんだ。
「……普通には生活できてるだろ」
「正直、そうなると何が問題なのかがいまいち」
確かに。存在が薄くなったようなとか、危うい感じがするとか全部勘だし。仮説もまだ立証されてないから、ほ、保留?
「問題は、泉水穂の側にいる片倉の気がする」
「どうでもいいじゃん。あんないい子ヅラ」
「藤咲さん、その人の横っ面殴るんで押さえてください」
これ以上話合っても埒が明かないという藤咲さんの言葉に従うしかなかった。
ついでに、天久兄の頬を赤く腫れさせたし、コンビニスィーツは、しっかり手に入れた。
うん、余は満足じゃ。
じゃなかった。そうだ。藤咲さんが、生徒会室に走って来た理由。……あれ、結論的に達する理由が一つしかないような気が……。
「藤咲さん」
「秋月、天使とも契約した?」
「ひゃう!?」
いま、一番ツッコまれたくないことを!!チッと舌打ちをして、だから、そんなにボケボケ危険な目に遭いやがってって、おーい。
「言っておくけど、天使の加護も届かない相手がいるから過信しないように。遵はその例だ。だいたい、秋月は少し貞操概念がおかしい。男と二人っきりとか平気だものな。好意を持った相手は、自分に無害とかおかしい。リンだって、男なんだ。何が、お父さんと同じだ。ーーもしかして、平気で風呂まで入ってないか」
「そ、そこまでは」
「じゃあ、どこまで」
「……膝枕と抱っこ?」
「ーー二度とするな」
ガミガミと今まで思っていたんだけど、と続ける藤咲さんに私はもう半泣きだ。
生前プラスαがこ、こんな年下の子に貞操概念というものをしっかり植え付けられいる。
「返事」
「はい」
まったく、返事ばっか良くって。とお怒りのご様子だ。……あれ、なんか藤咲さんに言わなきゃいけないことがあった気が。怒られすぎて、今日はもうなんも口にしたくない。
「送る。帰るよ」
何たる暴君。
爽やか風イケメン、腹黒が本性を曝け出しどんどん暴君化していく。
わ、私のせいじゃないよね。
とりあえず、その日は、ふじさき(ヌイグルミ)にお礼を述べておいた。気分的に。
次の日になったら、普通に私を見た瞬間、渋面を作った会長の方だと目される会長を発見したので、かいちょーと言ったら、開口一番、「馬鹿がっ」って怒られた。
うんうん、これこそ我が校の会長だ。
その後、体育祭が終わったら話があると、長い溜息と一緒に言われた。なんだかあわせなきゃいけない相手が出来たらしい。なんでー?
「興味を持たれるようなことをしたからだ。馬鹿」
会長はどこまでも辛らつだった。




