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さて、鐘は鳴った。
天使の祝福ではないけれど。
前々から、売春の噂を流してる奴をどうにか押さえようとは思っていたから。この場に置いて、ギャラリーが多いのは望ましい。
どっちが悪かったのかという証言を得るために。
私が、どういう人間かしっかりと植え付けよう。
怒りのウリ坊を武装させて……あれ?今日、やる気ない?なんで枯れ草の上で寝てるの?え、私は、こんなにやる気に満ちてるのに。
「アキアキ、ひどい。私が売春してるって言うの」
泉さんが悲痛な声で訴えた。
やだ。こんな写真貼っておいて何?
日比谷さんもよくやるね。姉である日比谷美憂に泉さんと組めって言われた?
神取のホテルから出てくる写真を撮った苦労もすごいよ。きっと、私の周りの大人の男性がお父さんか神取、太刀川さんくらいしかいなかったせいか。
でも、これってお互いの為に言うけれどもろ刃だよ?
泉さんがどこか所属の『花』だって、証拠は盗撮くんのおかげで手に入っているが、所属が違くても神取を敵に回して良い筈はない。もうさー、自分がおかしな行動してるって……、あ、やっぱり、アディーかも。
ちょっと前の私だ。
自分の考えが、いつもよりずれている事に気づけない。……んー、でも、ここ数日だよね。簡単に『堕ちて』ないか?この考えは違うのかな?
アディーに視線を向けたら、野次馬に挟まってそれでも最前列をキープしている。
あの子、頑張ってる。
あ、藤咲さんと会長もどきが並んで見学に来ている。苦々しい表情で私を睨み付ける藤咲さん。……あーあーっ、すみません。『位上げ』をしていた最中だったのかな。これもわかんないけど。その顔は深読みする。
私にばっかり構ってるわけないか。ケッ。あとで藤咲を投げてやる。これからはヌイグルミはひらがなで呼ぼう。ふじさき。なんだか、どっかの食パンみたいだ。
まあ、いい。
「売春?」
私はちらりと黒板を眺めた。
今、何が起きているのかやじ馬にまで一目瞭然にしているのはこれだが、私はあえて、なんて事のないようにへらりと笑む。しらじらしいくらいにしらじらと。
「なんの事?深読みし過ぎじゃないかな。黒板に貼ってある写真が私に身に覚えがないから、この前みたいに泉さんが私のふりしてるんじゃないかなって訊いてるの。ーーねえ、ところで、この前の事をこの場で喋られたいのかな?」
これには、クラスメイト達が必死に首を横に振った。一部は知っている内容だが、もはやクラス全体では黒歴史だ。他の生徒の耳に入れたくないよね。
うん、これで誰の発言が一番優遇されるのかが決まった。余計なことをいいそうな奴はクラスから追い出されている。
なんだか、本当にしもべを従える女王様かって自分にツッコみたい。
しかし、状況的に使えるなら使うべきだろうか。ーーよし、女王様っぽくーーその様子に大仰に頷くと、故かクラスメイトたちが、ありがとうございます!!っていっせいに頭を下げた。
い、異様だ。怖い。女王封印!!
藤咲と会長っぽいものが口を覆って笑いを堪えて居る。他のやじ馬たちは異様な雰囲気に茫然としている。いや、それが一番正しい。ーー話を進めよう。
「それとも、どうしてもそういう話に持っていきたいのかな。何のために?ーー泉さん、ホテルから、私が誰かと一緒に出てくる写真を撮っただけで、なんだか嬉しそうに笑ったけれど、むしろ、私はそれの意味……訊きたいなー」
泉さんににこーって、笑いかけた。秘技、話の論点をずらして、注目ポイントをずらそうぜ作戦!
私、内心、この神取との写真にはヒヤヒヤしている。うん、回収は成功した。あとは、なんて事ないんだぜって顔して、データをぶち壊さなきゃ。…どうやってって?考えはないよ。
そして、『花』なのは実は君じゃないか作戦はこの場ではとん挫した。
私の昨日の数時間って……ん?よくよく考えたら、将来のある少女になんて恐ろしい作戦を立てていたんだ?
ふう、危ない危ない。
「わ、笑ってなんか…」
「そっかー。ごめんね。勘違いか。じゃあ、私がこれ以上勘違いしたくないから、黙っててくれる?ーー今、日比谷さんに用があるから、私に飽き飽きしている泉さんにこれ以上、呆れられたくないんだ。ーーお願い、訊いてくれるよね。それとも、ここで私と何か話し合いたいの?売春の話?……別に良いけどーー本当に私とその話をしても良いんだな」
盗撮くんの写真の中で、泉さんが男性と何度か例の『花』を育てるレストランに行っている写真があった。
まあ、今回はこれは悪手だと判明したが。
この私の顔の写った写真がある以上、私にまでダメージが来る。
だって、神取、愛車に乗って学校来た事があるから、顔を覚えている人がいるかもしれない。神取、やっぱ嫌い。
ひばりんにだって血縁っていっちゃってる。
泉さんが顔を真っ赤にしたのを確認した。
「仲良くなれなくて、ごめんね。……私だけじゃなかったんだよ。泉さんと仲良くなりたかったのは」
断罪が無理なら情に訴えてみる。
盗撮くんの写真は状況証拠が豊かで、私が鞄から、編集したケースそのイチの資料を取り出す。……これには、泉さんに話しかけた人たちが泉さんに無視されている様子がよくわかる写真が載っている。
どうぞーってそれを渡す。これで、少しは我が身を振り替えってくれたら、もっと黒い証拠品は出さずに済むんだけど。
私はキャラ設定だと知っていたが、親しくもない人間が彼女のキャラチェンジの短期さについていける訳がない。
それに、泉さんにとって悪いことは重なっている。
「……泉さんって、あんな人だったっけ?」
「さあ?三年の片倉先輩に媚びてるとこしか印象にないし」
「好きな漫画の真似してるって聞いた事があったけどさ。それ以上はだんまり」
ひそひそと、突然目立ち始めた泉さんの評価を話始めるクラスメイトたちに今度は、泉さんが真っ青になっていく。ーーうんうん、改めて自分の評価を訊くって怖いよねー。
そして、泉さんの本当のアイデンティティーはサポートキャラ特有の何をしても印象に残らないことだったのに。興味持たれちゃったから、これから色々やりづらいぞ。
さて、と。
「ごめん。写真の回収と黒板、誰か消してくれる?」
先生が来る前にやらないと、あとあと大変。
あ、でもその前に。私は携帯を取り出して、パシャりと状況証拠を撮る。
あんまり普通に黒板の写真を撮ったせいか、みんなが唖然とした。
「ふー、じゃあ、よろしくね」
頼んだ後、急いで黒板をきれいにしようとしてくれに来た子達まで動きを止めて呆けてる。え、変な行動だったのかな?
な、何故だ。これからの為の証拠は必要だぞ。
「アンタ!ふざけんな!!」
日比谷さんがいの一番に復活し、私の襟首を掴んで黒板側にどんっと押し付けてきた。
おおっ、乱暴。
しかし、私はニヤーッと口角をあげて、皮肉たっぷりに反芻してやる。
「ーーふざける?」
どうやら、野次馬の中にひばりんが居たようで「秋月!」って声が聞こえた。そちらに顔を向けるとこちらに来ようとしているひばりんを手で制し、私は、クスクスと日比谷さんに向けて笑う。
ついでに声を顰め、彼女にしか聞こえないようにする。ちょっと、人に聞かれると憚りがあるからだが、日比谷さんが何故か身体を震わせた。
「そうだよー。私をこの悪ふざけに乗せてくれたのは、日比谷さんだよねぇ。ねえ、ところで、私の売春の噂って、お姉さんから聞いたんじゃない?今回の証拠の品は泉さんだろうけど。知らなかったでしょ。本当は、『お姉さんが』、言うから『私が嫌い』なんでしょ?」
実の所、日比谷さんの何かしらの悪事の証拠写真はなかった。態度と口は悪いけど。
盗撮くんの趣味の範囲でほとんど、ミユミユとの仲良し部活動風景だ。さわやかだったんだよ。これが。
代わりに出てくるのは、姉であるミユミユの悪事写真ばかりだ。恐喝・脅迫・万引きなど、だ。泉さんともよく喋っている写真があった。その写真の泉さんは実に凶悪な顔をしていたが。多分、本性はそっちなのかな。
それに妹の日比谷さんは、私と同類なのかもしれない。好きな相手からの情報を鵜呑みにするタイプ。
ーーさて、仲が良いなら、毒でも混ぜようか。あんまり、お姉さんに影響されると大変だよって。……仲の良い姉妹を裂くなんて実に残念だねー。
「な、なんで、知って…」
「実はさー、私、日比谷さんのお姉さんに色々ご指導いただいててね。その証拠、見てみない?ちょっと時間をくれれば持ってくるよ。それとも他の人間を指導している様子がいいの?写真も映像も証人も事欠かないよー」
私から、日比谷さんはゆっくりと手を離し真っ青な顔で、かぶりを振りながら引いていく。
「み、みたくない」
「そう?良かった。私もお姉ちゃんが大好きだからね。この点では仲よく出来そうだね。だから、わかるでしょ。こういう噂とかこの前の件とか、迷惑かかるのって私だけじゃないの。ーー家族やお姉ちゃんに迷惑がかかるの。ーーわかるよね?」
にこにこ、にこにこ、表情筋を総動員して、笑顔を保ち続ける。一歩引く日比谷さんをさらに一歩追いかける。みるみる血の気が引いていく日比谷さん。一歩引く先々で、クラスメイト達が椅子や机を避けてくれたので教室の一番後ろまで来てしまった。おお、逃げ場無し。
泉さんが噂の発生源だが、喋る広告塔は日比谷姉妹だ。…女子に人気な顔だもんねー。片方を潰せば、必然的にもう片方の真実味も無くなるだろう。
「ーーお返事は?」
やだ。必死に頷いても、言質を取ったことにはならない。
私は、小首を傾げてからもう一度繰り返す。
「お返事」
「ーーはい!!」
うん、実に素晴らしい返事だったよ。
そして、返事が聞こえたと同時に誰かが私の首根っこを掴んでいる。
「何をしているですか」
リンと片倉さんが、いつの間にか私の後ろにいた。そして、私の首根っこを掴んでいるのはリンだ。片倉さんは苦笑している。
「何クラスメイトをイジメているんですか」
ひどい誤解きたーっ!!
家族の平和の為に草の根活動をしている私にイジメだなんて。
「リン、違うもん。私、イジメなんかしない」
「君の存在が邪悪でしたね。すみません」
「謝って欲しいとこと違う!!」
何故かものすごく怒っている。ど、どうして?問題は自力解決したかも、だよ?
「まったく、ルカが大変だからって、聞いてきたのに。大変なのはクラスメイトとルカの頭じゃないですか」
私、さっきまでの対決より、リンの暴言で泣きそうだ。
あれ?アディーが居なくなってる。きょろきょろ確認すると、アディーが誰かを指している。……泉さん?
「ーーどうしたんですか?」
リンが近づいてくる泉さんに警戒しながら、問いかける。
目が充血している。な、泣きすぎ、かな?
「泉さん、少し、保健室へ」
「ーー違うわ。こんなの違う」
片倉さんの差し出した手を振り払う泉さん。あれ、す、好きなんじゃ。
「私のアキアキじゃない。せっかく、算段したのに。何が足りないの?好きな人?片倉じゃダメなのかしら?」
ぶつぶつと、なんだか聞き捨てならないことを言いながら教室から野次馬をどけて出て行く。ふらふらしたその様子にアディーを見たが必死に頭を横に振っている。え、違うの?
片倉さんが泉さんの後ろを追おうとするが、リンが制止する。
「追わないでください」
「リン」
咎める口ぶりの片倉さんに藤咲さんまで、こちらに来て片倉さんを止める。リンが苦しそうな顔をして
「ーー彼女には届かないんですよ。」
祝福が、とリンがぽつりと呟いたのが私の耳に届いた。




