好意と悪意 1
多少不満は残ったようだけれど、きちんと競技表を体育祭実行委員の人たちに渡せた事でクラス委員長に感謝された。……アイツ等、期限過ぎてやがったんだって。へーん。
ハッ、と云う事は、委員会に所属中のお姉ちゃんの役にも立ててる!
……この件以降、私のクラスの立ち位置が微妙になったのは云うまでもない。
「女王様、今日も美人ですね!」
「女王、お荷物お持ちします!!」
リンが吹いた。
「じょ、じょおう……って、」
今日も三人で仲良く、お姉ちゃんと手を繋ぎながら登校したら、校門前で私に気づいたクラスメイト数名が、私を女王と呼び媚びへつらった。……リンがお腹を抱えて大笑いしている。
大変、不本意だ。
「君たち、まず朝の挨拶が先決だと思うんだけど」
「「「イエス、クィーン。おはようございます」」」
ーーこれも新手のイジメだろうか。
ただ、お姉ちゃんがそんな悪ふざけをするクラスメイトが登場してからカタカタと震えながら、私の手をギュッと握る力を込めるようになったのは気づいている。どうやら件の事でクラスメイトを怒っているらしいが、私が大丈夫だからと怒りを収めて貰っているけど、内心複雑らしい……リンに相談したら、お姉ちゃんと色々話し合ってくれたらしい。やはり頼りになるお義兄様だ。
泉さんにメールをしなくなってから、彼女が目に見えて落ち着かないようになった。
私になんとか話しかけようとしてくるが、私を女王と呼んでくるグループが出来て、泉さんの行動を阻害している。
……何が、そんなにお気に召したんだ。君達。
日比谷さんは苦々しく私を睨んでいるが、あちらも時期を見計らっているようだ。そういえば、取り巻きが一人減った。クジを作ってと頼んだ子だけれど。
あの後、仲間はずれのような真似をされていたところを話しかけて、携帯を少しデコって貰った。
正直、自分じゃ出来なくて羨ましいと思っていたから所在なさげにしていたので頼んでみたら、頼まれると断れないらしく渋々デコってくれた。
そうすると、今話題の私と一緒の事をしようと他の子達が羨ましがって、どんどん頼んでいくので、もう新しいグループに入ったようだ。なんてコミュ力。
日比谷さん達がそれに慌てて、また仲良くしようとしても、今の方が居心地がいいのだろうか、何かあれば、私に相談しにくるようになってしまった。居心地が良いほうが良いよね。としかいってあげてないけど、それでも良いらしく礼を言われた。
正直、私は自分がどんな立ち位置になったのかさっぱりわからない。とりあえず、女王は止めてほしいとだけは伝えているけど。
片倉さんが、休み時間に何度かうちのクラスに来る。……私の周りのクラスメイトたちの悪ふざけを苦笑しながら、泉さんが一人でいる事に気づいて話しかけている。そのたびにパッと顔を輝かせる泉さん。
うーん、戦意が削がれそうだから止めて、片倉さん。もしかして、狙ってるの?
片倉さんが優しくしてあげてる子に意地の悪い事をしたくない。どうも片倉さん、イジメの事知ってたらしく穏便に収束させようと泉さんを説得していたらしいと、リンから聞いてしまった。
今はぼっちな泉さんを心配して教室来るし、貴方様はもうチャラいキャラじゃないよ。軽い男のメッキが剥がれてるよー。
しかし、決定打がない。
確実に証拠を持っている人たちがいるから交渉したいんだけど。
私の行動が思惑と外れて居たりしたら、絶対協力してくれない筈だ。むう、めんどくさい野郎どもめ。
しかし、夏休みが終わって以来、会長とは藤咲さんに無理やり生徒会室に連れていかれて以降接点がない。
ひばりんはよく勉強のためにメールをしているみたいだけど。私には忙しいって。ーー男女差別だ。……藤咲さんは、私に近寄らなくなった。都合が悪くなったんだな。私の都合は無視するくせに!
むーっ、やっぱり殴る専用のヌイグルミを……あの店の奴が欲しいけど……財布の中身は来月までピンチ!と伝えている。贅沢は敵なのに。……うちは、いつか、私のせいで財政難になる筈だから、お小遣いとかお年玉とか服代は半分はタンス貯金にしていたけれどなんだか最近、使ってばっかりだ。
それに奢って貰うばかりで、うんーー脳内会議。人の好意に胡座をかくのはなんだっけ?
『最低であります!!』
なるほど、こうやって冷静に訊ねるとわかりやすい。
ん?なんだか。いつの間にか独立してないか?
その、そういう関係の専門家に知り合いはいるが、私は奴の会社を継ぐ気はないし、嫌いだし……お父さんに申し訳ないから、都合よく頼りたくないって考えていたら、あちらから連絡があったらしい。
会いたいって。
お父さんを通じてだから、私は拒否する言葉を持たなかった。
次の休みに合わせて会う約束をして。
当日、神取が借りている部屋までお父さんに連れて来てもらった。
インターホンを鳴らして、すぐに太刀川さんが出て来たのでお父さんは呆れた様子だったが、私を太刀川さんに任せて行ってしまった。
部屋に入ると、神取が水なのかお酒なのかを飲んでいた。……さすがに昼からお酒はないよね。水だろう。
神取に促されるまま、ソファに座り、元気かどうか聞かれて見ての通りと答える。神取は何が楽しいのか笑って、急に真顔になった。
「近いうちに海外に行かなくてはならなくてね。10年くらい…いや、もっと帰国できないかもしれない」
神取の言葉に私は、ふぅんって返した。
会社経営って大変だ。やっぱり、私には無理だね。
私は、太刀川さんが用意してくれた珈琲を飲みながら、お疲れさまです。と言ってやった。……ショックなんか受けてないもん。
それにしても、なんだか、神取が痩せたような気がする。……そういえば、私のせいで無理を通したって藤咲さんのパーティーの時に言っていた。何か弊害があったのかな。
「……一回も帰国しないの?」
どうせ、金に任せて何度か帰国する筈だと、そんな答えを求めて、チラチラと神取に欲しい答えを求めたら、ただ、黙って私に笑いかけている。……なんだよー。
「少し、しつこい若手の交渉相手が居てね。会社の為にも簡単には帰国出来そうにない」
くしゃり、と私の頭を撫でる神取に私は困惑する。若手くらい、潰せるじゃんとか物騒なことを思ってしまった。ダメだ。仕事上だし私が口を出すべきことじゃないし、その神取を交渉相手は悪くない。
私が、神取なんか嫌いだからせいせいするとか、早く、罪を償えとか。『天川』の範囲じゃないと会えないとか、……色々、口にしていたら、神取は私の隣に座って、ずーっと頭を撫でていた。
うん、お父さんとは違う。……お父さんとは違うけど、安心してやらんこともない。
「ルカ、今年の終わりまでは延ばせるから……私と旅行に行かないか?一泊も無理なら、デートでも良いんだ。それから欲しいものが有ったら、遠慮なく言いなさい。私が居なくなっても太刀川がいるから」
「むっ、愛人に言うような台詞だ。ふふん、プラン次第で行ってやらん事もない。ついでに体育祭が近いから見に来て良いよ。お父さんが許可したら」
それは、嬉しいと微笑む神取にそのあとは文化祭と…あれ、その前に中間テストかな?といろいろ話した。
夕飯前に家に送り届けようと言われ、いつもなら、夕飯も一緒にというくらいなのに今日は随分早く帰らせようとする。と考えていたら夜には会わなきゃいけない相手がいるらしいので代わりに何か買ってくれるようだ。
うーん、あんまり神取に物を貰いたくないが、今回は太刀川さんにまで是非といわれ、物欲に任せて、例の雑貨屋に寄って貰うことにした。
藤咲(仮)を我が手に!
目的地に着き、車から神取にエスコートされながら降りると、私は後ろから来た車に固まった。
パトカーだ。
思わず、神取の後ろに隠れる。大丈夫だ。別に駐禁とかでもないし、警察には程遠い生活をー…、誰だ。今、お前の目の前の人間は誰か問いかけてるのは……、あ、神取蓮だ。
パトカーの助手席の方からスーツを着た精悍でいかにも真面目でお堅そうな感じのする茶髪・茶目の青年が鋭い眼光で神取を睨み付けながら、こちらに向かって歩いてくる。
「ーー見覚えのある車だと思ったが、本当に貴様だったとはな。神取」
「君は年上に対する敬意はないのか」
「敬まいたくもない」
ハッキリと軽蔑の眼差しを送ってくる。ーー神取の裏の顔を知ってるんだ。
どこかで見たような顔つきを血の気が引く思いで見上げていたら、神取の後ろに隠れていた私に気づいたようでーー氷のように冷たい目が私を捕える。
「……こんな男についてくるなんて」
「彼女は、私の友人の娘だ。仕事の事は知らない」
ガタガタと震え出した私に気づいた太刀川さんが車に戻るように促してくれたが、ーー男に腕を捕まれた。
「ひっ」
厳しさが増した眼光に射ぬかれる。
「貴様の仕事を知らないなら、何故、こんなに怯えている。どうせ、裏の顔のしょうひー…」
リアルの声が遠ざかる。ドンドンと誰かが何かを叩く音が響く。ききおぼえのあるこえ……、
『 ーー…から、姉さんをまもらないと……』
ーーねえさん?
前世の私には、兄だけだよ?
そう、いつも優しくしてくれたのはー…、『ーー…のお兄ちゃん』
あれ?
靄がかかったぞ?
「兄貴!ち、ーー秋月さんに何してるんだ!!」
聞き覚えのある声にパッと意識が浮上する。感覚が戻り、また体が震えだす。声がしたのはパトカーとは反対側。
学校方面から、片倉さんの咎める声が響いた。
後ろを振り向くと、制服姿の片倉さんが肩を怒らせ、私と男の間に割って入り私から男の腕を乱暴に引き離した。
「達也、友人は選べといつもー…っ」
咎める男に片倉さんは食って掛かった。
「兄貴が秋月さんの何を知ってるんだ!!秋月さん、行こう。……ほら、あそこに君の好きそうな雑貨屋があるから」
片倉さんが少し、乱暴に私を引っ張る。正直、そこまでされないとまともに動けないくらいに体が硬直している。
店に入って、片倉さんがハーッとため息を吐いた。私はお礼を言おうと口を開いて、パクパクさせてしまった。ーー声がでない。そんな私の様子に片倉さんは痛ましいものを見る目をし、頭を撫でてくれた。
「怖い、思いをさせてごめんね」
「…か、かたくら、さんのせいじゃ…っ」
「オレの兄貴だから。ほら、みんなに『ウザい』とか言われたって」
震える私を店員さんに許可を得て、用意して貰った椅子に座らせてくれた。
「大丈夫だから、秋月さんに兄貴を近寄らせたりしないから」
「は、い…」
こくこく、と頭を撫でる片倉さん、私は反射のように頷く。
優しい手つきで撫でてくれる。安心する手が急に止まって、私が思わず、片倉さんを見上げる。
少しだけ、悲しそうに微笑んだ彼は、ぽつりと、
「『妹としてなら、大丈夫だと思ったんだけどな…』」
その時、片倉さんの言葉が誰かと重なったのに、顔が思い出せないもどかしさと罪悪感で胸が苦しくなった。




