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教室内のピリピリした空気に私は、平然とした様を崩さないーーようにしている。
うん、内心、ビクビクしてるよ。だって、なんの策も労してないから。あちらの自爆を心底願っている。なんかボロ出さないかなー。
「あ、秋月さん」
クラス委員ってこういう時、損だよね。でも、同情はしない。わかってたんだろ。
「馬鹿ね。委員長。あの子は『水穂』よ。ねえ、だって、アナタ、具合悪いって殿にわざわざ保健室の許可証を貰ってくるくらいだったんだもん」
教卓に近い席のニ年の日比谷美憂の妹、日比谷美春とその回りの女子が一斉に笑った。へえ、余裕だね。
泉さんがびくーっとそれに肩を震わせたが、んー、別に構わないか。
どっちも潰す予定だし日比谷さんは、会長を好きな子だ。
あの私と藤咲さんと会長の関係を匂わす紙を回すわけがない。あれに関しては犯人は別にいる、だ。
私が何も言わずにジーッとクラス委員長ーー金田くんを眺めていると、窓際に椅子を持ってきて座っていたうさちゃんに助けを求めるように視線をさ迷わせる。しかし、うさちゃんには根回ししているので、しばらくは黙認してくれる予定だ。
「あ、秋月さん…」
「『呼ばれてるにゃー。アキアキ』」
わざと泉さんの口調を真似て日比谷さんが、泉さんに話しかけている。なんで、クラスのみんなは、私に視線を向けるのかな。お前たちでどうにかしろよ。
日比谷さんのこの悪乗りは何だろう。まさか、アディーか。戸口からちらちら覗いているのが見える。……もう少し、目立たないようにしなさい。あれ、姿消し出来ないんだろうか。
しかし、口を開くのは空気の読めない日比谷さんとその取り巻き。委員長は立場上仕方ないが、うさちゃんに助けを求めるのは自爆行為だぞ。楽しかった遊びが、私の登場で一気に冷や水を浴びせられた空気になったんだろうね。
うさちゃんが黙っているのが、そろそろヤバイと感じているらしいが、多分、ここで止めると本格的に泉さんが攻撃対象になるよ。私的にそれでもいいが、日比谷さんを潰したいのとクラス連中に新しい玩具をあげる気はない。
仕方ない。このクラスで私を一番敵視している日比谷さんの口から塞ぐか。
日比谷さんがまた何かいいかけた瞬間、私は、思いっきり机を叩いた。
「「「ーーっ」」」
固唾をのむ周りにニコヤカに誰が、この場で今一番空気を悪くできる人間かを教えておく。
うんうん。視線が怖いねー。そして、手が痛い。みんなが私に集中したから私は、にこっと笑顔を作る。
そして、自分の都合を口にする。
「委員長。私、忙しいの」
「ーーはい」
にっこり、微笑む。誰が忙しいんだとか聞かないでくれ。
誰かがごくりと生唾を飲んだ音が聞こえたが特に問題はないね。
私は視線を黒板に向ける。どの競技がしたいかの挙手と推薦をする形式だが……空白が目立ってないか?
いや、待て。この様子だと今まで居なかった私にどんな競技を押し付けられているか。
「委員長。私、どの競技に出るのか教えてくれる?全然知らないんだけど」
ーーどうして視線を逸らした。へえ、クラス内のを見渡せば、聞かれたくなかったとばかりに視線を逸らす。
一言一言が突き刺さるようだ。書記をしていた女子の土屋さんにノートを見せるようにおど……頼むと、おずおずと渡してくる。それをめくり……うん。私、ぶっちゃけ運動得意じゃないよ。はっはっはっ。100メートルから始まり800・1500・リレー……あれ?これ無理な注文じゃね?
花形ばっかって私に運動神経がないこと知っての嫌がらせだな。かなり白けるぞ。
「全部白紙にしてくれるよね?」
「………わかった」
ノートを土屋さんに返しながら、クラス委員長に笑い掛けながら確認を取る。本当に君ばかり、責めてるようですまない。
しかし、今日の話し合いは進みそうにないな。
もしかして、石川さんが私に助言してくれたのはこの話しの進み具合に焦れてのことかと穿った見方をしそうだ。起爆剤代わり?
「えーじゃあ、全部。それ水穂にやらせればいいよ。今まで秋月の代わりしてやってたんだから」
やだ。愚か者。
ケラケラ笑っているのが自分の取り巻きだけだと、いい加減気づけよ。日比谷さん。それ、一番の禁句。他の生徒は青白くなっている子もいるわ、黙れバカ!と口パクしている子もいるわ。まあカオス。
悪いことしてる気がなかったって一番怖いよ。……うさちゃんがその空気の読まなさと悪びれる様子のなさに愕然としているのが見える。
てっきり、皆が黙って私の判決を待つ状態かなって予測してたけど。ーー泉さんにたどり着かないな。まあいい。この場は日比谷さんを上手に使うか。
「えっと…秋月さんはどの競技したいの?」
委員長が私に媚びた。
えー、助けるのやだよ。あー、でも、仕方ない。クラス全体の最大の罰ね。うん、楽しみにしてた子もいるだろうけど自業自得。それにあんまり彼ばかり不遇なのはかわいそうだ。精神年齢プラスαな分、少しは譲ってやろう。
「なんで、そんなブスにーーっ」
「クジにしましょう」
日比谷さんに噛みつかれる前に私は、さっさと提案する。
「花形競技は推薦。挙手あり。どうしても決まらなかったら運動神経で選ぶ。あとクジで。2競技決まった子から外れていく。どうしてもしたい・したくない競技はその子達同士の話し合いで。明日の朝までに委員長に報告」
「えっと…」
戸惑った顔の委員長。不満の声もあがったが、私はその声を上げた奴をひと睨みする。それだけで不満の声が多少収まる。
「これは意見の一つだよ。他に何か案があるなら委員長に提案したまえ」
私があくまで提案だといえばみんな黙ったが、代案は出さない。うん、文句はあるが意見はない。
「嫌みを言えば、私がいない間で決まらなかったなら、これからも時間をかけるだけ無駄」
今度は誰も何も言わなかった。
私は随分ずるいなことしている。つまり、自分たちでは時間をかけても進まなかった事柄を自分たちがいらないと排除した人間が解決案を提出する。これは、だいぶ堪える筈だ。特にグループリーダーを自称している奴と、私が嫌いで仕方ない奴は。
よしんば、そうじゃなくても、どの面下げて、私の提案に乗れるのか。プライドの問題にもなるだろう。
誰かが思いつく案なのに。
遊びに夢中になりすぎたか。
クラス全体を眺めて、反対意見も賛成意見もない。もうひと押しか。
と、いうより飽きた。
「手先が器用な松本さんと太田くんと水沢さんと菅原くん、クジ作り手伝って」
私が指定した中に日比谷さんの取り巻きがいて、目を丸くしている。ついでに私が泣くかどうかの賭けをしている子達の中にいる筈と勝手に断定しているお調子者も入れておいた。
本当に手先が器用なのは日比谷さんだが、私は無視した。……普段、自分のネイルアートを自慢している彼女には屈辱だろう。
「ま、まだそうしようって…決まったわけじゃ」
日比谷さんの取り巻きが腰をあげながらもそう反論してきたが、私はパンっパンっと手を叩く。
「このまま、気まずい時間を過ごしたいなら、どうぞ。委員長は、私に競技指定券をくれたから私だけ決めてさっさと帰るよ。どうなの。それってズルくないの?」
さて、賭けではあるな。私への罪悪感はあるだろうが、気まずくて動けない。と。……日比谷さんが睨んでいる。泉さんは、俯いて視線を向けない…と。
「委員長。多数決して」
「え。は、はい」
何故か、丁寧に対応されている。みんなが私を目を丸くして見ている。なんでだ?
「多数決を行う。クジに賛成なひとーっ」
ひーふーみーっ。うん。日比谷さんとその取り巻き四人と泉さん以外が賛成に回っている。やはり、脅しって効くんだね。
「じゃあ、その…クジで決めるから。頼まれたひと、よろしく」
「なに休憩しようとしているんだ。待ってる間は花形競技の推薦だよ。これをだらだらさせるとクラスとして体育祭が面白くなくなるよ」
「あ、は、はい。誰か100メートルって推薦を…やりたい奴でもいいよ」
委員長が挙手を求める。ーー日比谷さんと残った取り巻きたちはすっかり、静かになった。ようやく空気が変わったことに気づいてくれたか。
それでも、私がクジ作りに指定した子以外は私を睨んでいるけど。
しかし、ふざけていて決まらなかったんじゃなく、もしかして、日比谷さん達がああやって茶々入れてたから進まなかったのか?
そうじゃなければ、とっくに決まっているべきだ。……さて、次は、泉さんか。
「泉さん、いい加減に私、自分の席に座りたいんだけど」
「あ、アキアキ」
推薦をしている間に荷物を持って、自分の席に行く。これは、はっきりさせるべきだ。
「うわ、秋月、こええ」
空気を読まずに茶々を入れてくる奴は、日比谷さん以外にもいたようだ。
「はあ?!」
注意事項として中身がどんなに残念な私だろうと、『秋月ルカ』は、本気で目つきがきつい。悪女キャラとしてその容姿を存分に発揮したことはなかったが、私はいつでも心の中で君たちに助言していたはずだ。
関わんなきゃ無害だと。
寝不足と怒りがいり混じった目つきは今朝、お姉ちゃんからも有り難くもない評価をいただいたものだ。
当然、茶々を入れてきたやつは私に睨まれ短い悲鳴と椅子から転がり落ちる失態を犯した。ふん、知るか。
「あ、あの、私……」
「いいの。どいて」
「う、うん」
涙目になりながら、私を見上げてきた席を譲ろうとした泉さんににこやかに笑んで見せる。この笑みの意味を知るのは後々の楽しみにしてくれていいよ。泉さん。
今回の件で、私にまとわる噂の出どころをなんとなく察したから。
アディーがまだ、室内を覗きこみながらヘラヘラしている。そういえば、他者からも力を供給出来るようになったって。
余計なことしてなきゃ良いけど。
うさちゃんの手前、プレッシャーをかけるだけと約束しているので、この場は引こう。
さて、日比谷には切り札があるからいいとして、泉さんはどうやり返していこう。
……なんだか悪役っぽいことをしていると思うのは気のせいだろうか。




